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序章
序章ー完
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一度溢れ始めると、なかなか止まらないものだ、涙は。
人前で大泣きしてしまうだけでも恥ずかしいのに、お昼時の大食堂で、人の多い場所で泣いてしまったとなると、その恥ずかしさは更に増すばかり。
ちょっとしばらく顔が上げられない、と顔を伏せるミナギを横目に、ナギトとユヅキはマイペース。何事もなかったかのように、昼食を進めている。それでも、ミナギの分として取り分けておいたおかずは残しておくのだから、少し面白い。
鼻をスンッと鳴らし、目尻に残った涙を手の甲で拭うミナギを心配そうに見上げるのは、手の平サイズの小さな精霊達五人。彼等の言葉はわからないが、なんとなく言いたい事はわかる。
大丈夫だと笑いかけ、とりあえず食事を再開。泣いたせいか、一度は忘れかけた空腹を思い出した。
「……そういや……僕は、ナギトさん達のパーティに入ればいいんですよね?」
「ふぇ?」
「もぁ?」
食べてる途中に訊いてしまったのミナギも悪いが、なぜ二人同時にそんな驚いた顔をして、驚いた声を上げるのだろう。そもそも、二人に呼び出された理由はパーティの勧誘の為だった筈なのに。
思わずミナギが眉を顰めれば、ちょっと待ってとユヅキが片手を挙げる。あ、はい。
ほぼ同時に二人が食べていた物を呑み込み、ミナギを見る。席に着いた時から思っていたが、本当にこの二人は何気ない動作のタイミングが同じでビックリする。見ているだけなら面白いかもしれない。
「え、はいんの?」
「え、だってそう言う話だったでしょ」
「うん?精霊達には、あたし達のパーティにミナギを入れてーとは言われたけど……」
「最初に言っただろ、『断ってもいいけど』って。精霊達に頼まれた時、俺達は言っといたんだよ。『誘うのはいいけど、本人がヤダって言ったら話はナシだ』って」
そう言えばそんな事言ってたな、なんて。記憶を辿ってミナギは思う。
ほんの数分前くらいの話なのに、その後に続く話のインパクトがでか過ぎて、すっかり記憶から抜け落ちていた。だが自分は悪くない、と心の中でミナギが零す言い訳。あれはその後にインパクトのでかい話をしたナギト達が悪い。
さて、話をパーティ加入に戻そう。誘われたミナギからしてみれば、パーティに入る事は問題ない。むしろ、結界術師単体で受けられるクエストは限られているし、魔法剣士や精霊術師と組めば、受けられるクエストの幅も広がるのだから、美味しい話になる。
何より、クエストは依頼達成すれば授業参加の単位になったり、お金と交換出来たりと、これまた美味しい話だ。
特に、出来るだけ実家からの支援を受けたくないと思っているミナギなら、尚更。
考えれば考えるだけ、ミナギにとっては二人とパーティを組む事は良い事ずくめな勧誘だ。だが、一つだけ、気になる点がある。
「自分としては、ありがたい、けど……」
「「けど?」」
「……オレをパーティに入れたら、ランク落ちると思うんだけど……。オレ、初歩のトリアングロ・バレッラが作れて、クアドリラテロ・バレッラがちょっと安定させにくい、超初級のFランクだから……Sランクコンビのパーティに入るのは、どうかなぁ、って……」
本音を言えば、場違い感が半端ない。
先日あった、ランク認定試験。その試験において、今ミナギの隣と斜め前に座っている魔法剣士と精霊術師は、一年生なのに最初から最高ランクであるSランクに認定された規格外の新入生ソキウスコンビ。そんな二人とパーティを組む自分が最低ランクのFとなると、二つ返事でパーティに入るとは言い難い。
パーティのランクは、メンバーのランクの平均で決まる。ナギトとユヅキの二人ならSランクだが、そこにミナギが入れば、一気にBランクまで落ちてしまう。
そうなると受けられるクエストも変わって来るし、単位や報酬にも関わって来る、のに――ミナギの心配を他所に、ナギトとユヅキの答えは単純明快だった。
「「別に全然気にしないけど?」」
「いや気にして?」
真顔でツッコミを入れたミナギは間違っていない。絶対間違っていない。だってそうだろう、高ランク認定された生徒は、往々にして自分のランクが下がる事を嫌がる傾向にある。あくまでも傾向であって、ナギトとユヅキがその枠から外れるだけと言えば、それまでだけども。
これでは遠慮して躊躇っているミナギの方がおかしいように見えてしまうのではないか。本当どうなってるんだこの二人の感覚。
思わず両手で頭を抱えるミナギの前で、なんて事はないとナギトは語る。
「あれはあくまでも『学内認定ランク』だろ。生徒の間だけ適応されてるランクで、卒業した後もそのランクが適応されるわけでもねぇし」
「学内クエスト受けてなくても、成績によってランク付けられるから、学内認定ランクって当てにならないんだよね?」
「ナギトがぁ、前ゆづにそう言ってたわよねぇ?学内クエスト受けなくてもぉ、ランクは上がるからぁ、学内ランクに意味なぁい、ってぇ」
「学内ランクによっちゃぁ、卒業後はDランク認定で活動出来るけど、クエスト一度も受けてなかったら、色々勝手がわかんなくてクエスト成功しなくてランク落ちるだけ、なーんてヤツも多い」
例えばそう、ナギトが受けたランク認定試験の実技担当の生徒のような、と――。きっとそう続くのだろう言葉を、ユヅキとミナギは読んでいた。たまに口を挟むアルバや、完全にリラックスモードに入っているセラータも。あえてナギトは言わず、黙っていたけれど。
魔法剣士学科のランク認定試験でナギトを中心に起きた一件は、既に学園中に知れ渡っていた。
入学してから三年間ずっと留年していた生徒が、ランク認定試験を受けたら魔力測定器で計った結果、属性は闇のみ、保有する魔力は十八歳にしては平均以上。加えて実技では、実戦慣れした戦い方を見せて、誰も文句なしのSランクに認定された。
その流れもあって、認定試験会場で教師と実技担当の生徒の言動はかなり問題視された。他の生徒にも似たような言動を繰り返していたそうで、教師は謹慎。生徒もランクを落とされてしまったと噂に聞く。
後から知った事だが、生徒の方は入学してから一度もクエストを受けておらず、成績だけでランクの上がったタイプらしい。あれは卒業後に苦労してランク降格されていくパターンだ、と影で囁かれているそうで、今更彼をパーティに誘おう、なんて人も早々出て来ないだろう。相当の変わり者でもない限りは。
「……そっか、そもそも学外じゃ、最低ランクがG。でも学園内だとFだから……」
「比べるのもバカらしい。認定基準だって違うしな。だから、学内ランクでS認定されても、なぁ?」
「あんまり意味ないよねぇ?」
二人で顔を見合わせて、ねー、なんてお互いに首を傾げて声を重ねるナギトとユヅキ。
確かに、二人の言い分もわかる。それなら、学内認定ランクに無頓着なのも、納得出来る。だから本当に、本当にミナギの気持ち一つなのだ、パーティへの加入は。
俯き、悩むミナギが見るのは、アルバとセラータ。
彼等が何かはわからないが、少なくともパーティに入るとしたら、共に行動する事になるのは確実。それなら、一応彼等にも話を聞いた方が良いのではないだろうか。
「えっと、二人?は、いいの?オレがパーティ入るの」
「あぁらぁ?いいわよぉ?」
「んー……っ」
これまた随分と呑気な言い方である。アルバはなぜ訊くのかと言った感じだし、セラータなんて答えと言うよりも大きく伸びをした時の唸り声に近い。
ユヅキやナギトに似たのか、はたまたユヅキとナギトが彼等に似たのか、気になるところ。
と言うかそもそも、彼等はなんなのだろう。今更過ぎる程、今更な疑問だけど。
「……えっと、この……鳥とねこ?って」
「ああ、自己紹介がまだだったわねぇ?私はぁ、光の精霊のアルバよぉ。コッチの猫はぁ、闇精霊のセラータねぇ?すぅっごく無口でぇ、滅多に喋らないけどぉ、よろしくねぇ?」
「………………はあ?」
大食堂に来てから、自分の中の常識が破壊されていく。
ミナギが知る限りでは、精霊は手の平サイズから最大三メートルか四メートルくらいの大きさを持つ人型で、女性っぽく見えたり男性っぽく見えたりしても、基本的には無性別――の、筈なのに。今目の前に居る白い鷹は、アルバは、自分が光の精霊であり、セラータは闇の精霊だと語った。
露骨に信じられないと表情で訴えるミナギに、それも知らないのかと衝撃を受けるのはユヅキ。残るナギトは、「なるほどなー」なんて零している。
「だぁって、人の姿のままだとぉ、乗り物に乗った時料金がかさむでしょぉ?でもぉ、この姿なら安く済むのよぉ」
「精霊ってのは、動物の姿にもなれるんだよ。契約してりゃ精霊術師の声に応えていつでもどこでも来られるけど、二人の場合は『いつでも傍にいる』ってのが希望だからな。んで、乗合馬車とか列車乗る時の節約でその姿になってるな」
「……運賃気にする精霊って…………」
「お金気にしてなかったら、食べたいとか欲しいとか思ったもの、勝手に取って行っちゃうよ?精霊達」
納得してしまった自分が悲しい、と言うのはミナギの心の声。
確かにそうだ。精霊に関するあれこれの中で、精霊術を使う為に精霊の協力を仰ぎ、そのお礼にあれこれと精霊の頼まれ事を解決する、と言う話もあった。内容的には、食べたいものとか欲しいものを用意する、と。
それを含めて考えれば、確かに運賃を気にする精霊が居てもおかしくない、の、かもしれない。多分。
けれどすぐには納得出来ず、うーんと唸るミナギを、横目で楽しそうに見ているのはナギトだ。自分も昔はこうだったなぁ、なんて、懐かしく思いながら。
「精霊かどうかを見分けたいなら、そいつの影を見ればいい。契約精霊は普通の人間の目に見えてても『実体』があるわけじゃないから、影が出来ない。ほれ、アルバもセラータも影ないだろ」
ナギトの言葉に驚きつつ、見るのはテーブルの上に座っているアルバと、ごろんと横になっているセラータ。言われてみれば、日当たりの良い窓際なのに、テーブルの上にアルバとセラータの影が落ちていない。
そろそろと、ミナギがアルバに向かって手を伸ばす。
後もう少しで触れると言うところで躊躇って、首筋に指先で触れる。
触れた。確かに、触れた。
触れた感覚は、確かにあるのに。温かいだとか、柔らかいだとか、羽毛の感触すら、ない。
温かさはなく、冷たくもない。目を開いていなければ、本当に触っているのかもわからない、そんな不思議な感覚。
空気の塊に触れている、そう言われた方がまだ納得出来る。
アルバの首筋に触れながら、思考停止。頭の上に疑問符を浮かべる勢いで固まるミナギを見て、わかるわかると頷くのはナギトとユヅキの二人。アルバは面白そうに笑っているし、セラータは大きな欠伸を一つ。
慣れは怖い。それを今、ミナギは実体験している。
「ついでに言うと、俺は学内ランクなんてどうでもいいから、認定試験はテキトーに受けるつもりだった。だってたいぎいもん」
「あ、『たいぎい』は、めんどくさいとか、疲れたとかだるいとか、そう言う意味ね?」
「えぇ……?」
聞き慣れない単語に首を傾げる必要はなかった、ミナギは。すぐにユヅキが、補足してくれたから。
だがそれはそれ、これはこれ。学内ランクなんてどうでもいいと言い切るなんて、それはそれでどうなのだろう。ドン引きするミナギだが、人が違えば感覚が違うのは当然か、と、思っておく事にする。そうでもしないと、二人の独特の感覚に振り回されて気疲れしてしまう可能性が高い。と言うか、既になっている気がする。疲れた。
「たいぎい?のに、真面目に試験受けたの…?」
「だぁって、真面目に受けて結果出さなきゃ締め上げられるんだもんよー……!!」
「誰に」
「ナギトパパとナギトママに」
ぐでーんと背もたれに上半身を預け、顔を天井に向け、心底うんざりだとばかりに語るナギトに、ミナギは眉を顰めた。学内認定ランクとは言え、Sランクを取っているナギトを締め上げられる人なんて、一体誰だ――と思えば、ユヅキ曰く、ナギトの両親らしい。
訊けば、父親は魔法剣士、母親は魔法銃士で、どちらもいまだに現役だと言う。
二歳の頃にはおもちゃとして木剣を与えられ、六歳の頃には本格的に魔法の練習も追加され、挙句の果てには両親が受けたクエストにも当時三歳だったユヅキも一緒に連れ回されたと話が続く。本格的に、どこからツッコミを入れるべきか悩む。
だがしかし、成る程。そんな両親に幼い頃から鍛えられていた結果が今のナギトなら、Sランクを取る強さに説明がつく。
かなり無茶苦茶な幼少期を過ごしていた事に関して驚く反面、三歳だったユヅキの話も入っていた事を考えると、やっぱり二人は幼馴染らしい。随分長い付き合いだ。
二人の独特な感覚やテンポ、よく似たやり取りも、幼馴染となると納得出来る。
「……えっと、パーティ入るとして、なんかルールってある?」
「ん-?……んー……とりあえず、リーダーは俺がやる。受けたいクエストがあるなら自己申告。でも実際に受けるかどうかはパーティメンバーで多数決。クエスト受けるけど、参加は任意。報酬の受け取り方は報告の時に各自申告、くらい?」
「絶対参加じゃないの?」
「学科によっちゃぁ必須授業とか、必須試験あるだろ。その場合はそっち優先で。俺等は子どもで、まだ学生なんだ。ベンキョーが一番」
「それに、結界術師にも魔法の勉強する授業あるでしょ?精霊術師にもあるし」
意外とまともな事を言うんだよなぁ、なんて。もし口に出したら怒られそうな事を、心の中でミナギはぽつりと零す。
しかし、ユヅキの言葉には少々引っかかる。
なぜ、結界術師や精霊術師なのに、他学科の魔法の勉強をする必要があるのだろう。あれが一番必要ない授業に思えたのに。モンスターの行動パターンや、どんな攻撃をしてくるかの授業なら、まだ出る気はあるけれど。実は面倒くさくてサボろうとまで思っていた授業だったのは、ここだけの話。
露骨に眉を顰めて表情で訴えるミナギに、ナギトは肩を竦め、ユヅキはクスクスと楽しそうに笑う。責める事はないらしい。
「じゃあミナギ、敵がフエゴ・エスフェラ使おうとしてたらどうする?オスクロ・ランサは?魔法銃士のムニション・ペルフォランテなら?」
なぜだろう、突然魔法の授業が始まった気がする。
どうする、と言う事は、結界術でどう防ぐか、と言う事だろうか。フエゴ・エスフェラは、前方に飛ぶ五つの火球の魔法。オスクロ・ランサは、地面から突き上げる闇の槍、のはず。魔法銃士が使うムニション・ペルフォランテは、と考えたところで――ミナギの思考停止。なんだその魔法、知らんのだが。
動きが止まったミナギを見上げ、五人の小さな精霊達が首を傾げている。顔を見合わせ、また心配そうにミナギを見上げて。次に見るのは、ユヅキの顔。
向けられる視線に笑い返し、ユヅキは「大丈夫だよ」と精霊の言葉で返す。
「魔法も変われば防ぎ方も変わる。結界術師なら、次にどんな魔法が来るか予測して対応すんのが要求されんだろ。魔法見てから結界作るなんて、一秒二秒の世界になるぞ。そんで適した大きさと強度の結界作れるか?」
「モンスターだけじゃないからね、『敵』って。モンスターよりも、人間の方が怖い時あるから」
言われて、二人が何を言わんとしているのかミナギは理解した。
確かにそうだ。各大陸にそれぞれ特色があり、魔法剣士などの冒険者パーティや騎士団、自警団が居るとしても、盗賊や強盗は存在するわけで。子供だらけの学生のパーティだからと見逃されるはずもなく、むしろ狙われる可能性は高い。
強盗の中に魔法を使う人間が居ないなんて事はないし、死んでも構わないと本気で襲い掛かって来る事もあるだろう。
そうなると、対人用として魔法を覚える事が必要になる。魔力を持っていなかったとしても。
魔法の種類がわかっていなければ、対処が遅れる。相手が使おうとしている魔法がわからなかったから守れなかった、なんて言い訳は通用しない。そう考えると、大事な授業なのか、魔法の授業も。
ついでに、ムニション・ペルフォランテとは、壁を破壊する高火力の魔法の弾丸で、魔法銃士特有の魔法。中途半端な結界だと破壊される可能性があり、危険らしい。
そんな魔法の種類や危険性も、知らなければ意味がない。ナギトとユヅキも、ナギトの両親からそう教えられ、大体の魔法は覚えているそうで、どれだけ小さい頃から叩き込まれたのかとも、思う。
「わかった、授業出る。……でも、受けるクエストとか、ナギトさんが決めればいいんじゃない?リーダーなんだから」
「えー、たいぎい。パーティリーダーは、たいぎい手続き関係と、戦闘中に最低限の指示出ししときゃいいんだよ。メンバーの意見無視して強制するクソがリーダーなんて言えるか」
「ナギトが強制することないよ?ちゃんといつも要望訊いてくれるから」
「そぉよぉ。ナギトは見た目とか闇属性単一だからぁ、色々勘違いされてるけどぉ、ちゃぁんとイイコなのよぉ?」
見た目で判断するなとはよく言うが、ナギトの場合はそれに加えて保有する魔法属性が闇属性単一なのもあって、ランク認定試験以降、多くの生徒からは怖がられている。
それが実際話してみれば、きちんと意見を聞いてくれるわ、丁寧に説明してくれるわ、予想外ばかり。しかもユヅキと一緒の時は、独特のテンポとペースを持って喋るのだから、怖いどころか面白さすら感じる。慣れれば、の話。
ナギトから聞いたパーティのルールを思い返す。
他のパーティがどうなっているかはわからないが、ミナギの体感としてはかなり融通が利くルールだとは思う。
視線を、テーブルに向ける。ミナギの視線の先では、五人の小さな精霊達が居る。ナギト達に、ミナギをパーティに入れて欲しいと、頼みに来た五人。
契約していない為、今ミナギがナギト達と交わした会話の内容は、彼等には伝わっていない。と思いきや、ユヅキがその都度通訳していたようで、五人の小さな精霊達は、後はミナギの返事を待っている状態だった。
だからさっきまでユヅキはあまり会話に参加していなかったのか、と納得。
どうするのかな、どうするのかな。五人の小さな精霊達は、それぞれ顔を見合わせ、ミナギの返事を待っているように見えた。
初めて彼等に逢ったのがいつだったか、もう覚えていない。
気付いたら傍に居て、一族中から罵られ虐げられる自分を励ましてくれて。言葉は通じなくとも、何を訴えたいかは、わかる気がした。
見ない振りをした。見えていない振りをした。時には煩わしいと振り払う事もあった。それなのに、こうして心配してくれるなんて、優しいのかお人よしなのか、それとも愚かなのか。
でも、そんな彼等の気持ちを嬉しいと思うのは、確かで。
「……ホントに、オレ……僕が、パーティ入ってもいいの?」
「良くなかったらそもそも精霊の頼みでも断ってる」
「私たちもぉ、いいわよぉ?ねぇ、セラータ?」
「なぁ」
「ってわけでー。後はミナギくんの気持ちひとつ!」
まあ確かに、ナギトもユヅキも、周りの意見に流されるタイプでもなし、嫌なものは嫌だと答えるだろう。それなら本当に、ユヅキの言う通り、後はミナギの意思一つ。
五人の小さな精霊達に対する、恩義じゃない。ナギトとユヅキが強いから、その強さにあやかろうとしてるわけでも、ない。独特の二人のテンポに振り回されて、大変な日々が待っている予感はするけれど、でも今までの自分では見えない視点で世界を見る事が、出来る気がして。
テーブルの上に置いていた両手を、ぎゅとミナギは握り締める。
「じゃあ……お願い、しますっ!」
「ん。じゃあ『僕』なしでな。どーせもう素が出てるし」
「う…っ。だって、一応年上で……初対面で……」
「あたしは同い年だよ?」
にやにやとナギトが笑えば、ユヅキもからかうように自分を指さして笑う。何も言い返せなくなったミナギに、また二人は笑う。完全に遊ばれている気がするが、ここで何かしら文句を言えば、更にからかわれるのは明白。
と、言う訳で、変に誤魔化す事も出来ず、選ぶ沈黙。
しかし、黙ったら黙ったで、二人がまたにやにやにこにこ。ちくしょう、なんなんだこの二人。アルバや五人の小さな精霊達まで楽しそうにミナギを見ているのだから、もうどうしようもない。
パーティ加入は早まったかもしれない。そう思ったものの、前言撤回を、しようとは思わなくて。
「ああもう!みんな笑い過ぎ!!」
「アハハッ!ねえねえナギト!ご飯食べ終わったら、パーティ申請行きたい!」
「ん。じゃあ、さっさと食べてさっさと行くかぁ!」
わーいと諸手を上げて喜ぶユヅキや五人の小さな精霊達を横目に、気を紛らわせるようにミナギは残っていた昼食を口の中に押し込む。
教室で呼び出されてから、まだ三十分くらいしか経っていない。
けれど、たった三十分。されど三十分。その三十分の間にミナギは、自分の置かれた世界ががらりと変わった気がして。これからどうなるのかな、と楽しみにしている自分に気付いていた。
人一人の人生に、運命の分岐点がいくつあるかは知らないけれど、自分の運命の分岐点は間違いなく二人とパーティを組んだこの瞬間だったと、後にミナギは振り返ってそう語る。
序章ー完
人前で大泣きしてしまうだけでも恥ずかしいのに、お昼時の大食堂で、人の多い場所で泣いてしまったとなると、その恥ずかしさは更に増すばかり。
ちょっとしばらく顔が上げられない、と顔を伏せるミナギを横目に、ナギトとユヅキはマイペース。何事もなかったかのように、昼食を進めている。それでも、ミナギの分として取り分けておいたおかずは残しておくのだから、少し面白い。
鼻をスンッと鳴らし、目尻に残った涙を手の甲で拭うミナギを心配そうに見上げるのは、手の平サイズの小さな精霊達五人。彼等の言葉はわからないが、なんとなく言いたい事はわかる。
大丈夫だと笑いかけ、とりあえず食事を再開。泣いたせいか、一度は忘れかけた空腹を思い出した。
「……そういや……僕は、ナギトさん達のパーティに入ればいいんですよね?」
「ふぇ?」
「もぁ?」
食べてる途中に訊いてしまったのミナギも悪いが、なぜ二人同時にそんな驚いた顔をして、驚いた声を上げるのだろう。そもそも、二人に呼び出された理由はパーティの勧誘の為だった筈なのに。
思わずミナギが眉を顰めれば、ちょっと待ってとユヅキが片手を挙げる。あ、はい。
ほぼ同時に二人が食べていた物を呑み込み、ミナギを見る。席に着いた時から思っていたが、本当にこの二人は何気ない動作のタイミングが同じでビックリする。見ているだけなら面白いかもしれない。
「え、はいんの?」
「え、だってそう言う話だったでしょ」
「うん?精霊達には、あたし達のパーティにミナギを入れてーとは言われたけど……」
「最初に言っただろ、『断ってもいいけど』って。精霊達に頼まれた時、俺達は言っといたんだよ。『誘うのはいいけど、本人がヤダって言ったら話はナシだ』って」
そう言えばそんな事言ってたな、なんて。記憶を辿ってミナギは思う。
ほんの数分前くらいの話なのに、その後に続く話のインパクトがでか過ぎて、すっかり記憶から抜け落ちていた。だが自分は悪くない、と心の中でミナギが零す言い訳。あれはその後にインパクトのでかい話をしたナギト達が悪い。
さて、話をパーティ加入に戻そう。誘われたミナギからしてみれば、パーティに入る事は問題ない。むしろ、結界術師単体で受けられるクエストは限られているし、魔法剣士や精霊術師と組めば、受けられるクエストの幅も広がるのだから、美味しい話になる。
何より、クエストは依頼達成すれば授業参加の単位になったり、お金と交換出来たりと、これまた美味しい話だ。
特に、出来るだけ実家からの支援を受けたくないと思っているミナギなら、尚更。
考えれば考えるだけ、ミナギにとっては二人とパーティを組む事は良い事ずくめな勧誘だ。だが、一つだけ、気になる点がある。
「自分としては、ありがたい、けど……」
「「けど?」」
「……オレをパーティに入れたら、ランク落ちると思うんだけど……。オレ、初歩のトリアングロ・バレッラが作れて、クアドリラテロ・バレッラがちょっと安定させにくい、超初級のFランクだから……Sランクコンビのパーティに入るのは、どうかなぁ、って……」
本音を言えば、場違い感が半端ない。
先日あった、ランク認定試験。その試験において、今ミナギの隣と斜め前に座っている魔法剣士と精霊術師は、一年生なのに最初から最高ランクであるSランクに認定された規格外の新入生ソキウスコンビ。そんな二人とパーティを組む自分が最低ランクのFとなると、二つ返事でパーティに入るとは言い難い。
パーティのランクは、メンバーのランクの平均で決まる。ナギトとユヅキの二人ならSランクだが、そこにミナギが入れば、一気にBランクまで落ちてしまう。
そうなると受けられるクエストも変わって来るし、単位や報酬にも関わって来る、のに――ミナギの心配を他所に、ナギトとユヅキの答えは単純明快だった。
「「別に全然気にしないけど?」」
「いや気にして?」
真顔でツッコミを入れたミナギは間違っていない。絶対間違っていない。だってそうだろう、高ランク認定された生徒は、往々にして自分のランクが下がる事を嫌がる傾向にある。あくまでも傾向であって、ナギトとユヅキがその枠から外れるだけと言えば、それまでだけども。
これでは遠慮して躊躇っているミナギの方がおかしいように見えてしまうのではないか。本当どうなってるんだこの二人の感覚。
思わず両手で頭を抱えるミナギの前で、なんて事はないとナギトは語る。
「あれはあくまでも『学内認定ランク』だろ。生徒の間だけ適応されてるランクで、卒業した後もそのランクが適応されるわけでもねぇし」
「学内クエスト受けてなくても、成績によってランク付けられるから、学内認定ランクって当てにならないんだよね?」
「ナギトがぁ、前ゆづにそう言ってたわよねぇ?学内クエスト受けなくてもぉ、ランクは上がるからぁ、学内ランクに意味なぁい、ってぇ」
「学内ランクによっちゃぁ、卒業後はDランク認定で活動出来るけど、クエスト一度も受けてなかったら、色々勝手がわかんなくてクエスト成功しなくてランク落ちるだけ、なーんてヤツも多い」
例えばそう、ナギトが受けたランク認定試験の実技担当の生徒のような、と――。きっとそう続くのだろう言葉を、ユヅキとミナギは読んでいた。たまに口を挟むアルバや、完全にリラックスモードに入っているセラータも。あえてナギトは言わず、黙っていたけれど。
魔法剣士学科のランク認定試験でナギトを中心に起きた一件は、既に学園中に知れ渡っていた。
入学してから三年間ずっと留年していた生徒が、ランク認定試験を受けたら魔力測定器で計った結果、属性は闇のみ、保有する魔力は十八歳にしては平均以上。加えて実技では、実戦慣れした戦い方を見せて、誰も文句なしのSランクに認定された。
その流れもあって、認定試験会場で教師と実技担当の生徒の言動はかなり問題視された。他の生徒にも似たような言動を繰り返していたそうで、教師は謹慎。生徒もランクを落とされてしまったと噂に聞く。
後から知った事だが、生徒の方は入学してから一度もクエストを受けておらず、成績だけでランクの上がったタイプらしい。あれは卒業後に苦労してランク降格されていくパターンだ、と影で囁かれているそうで、今更彼をパーティに誘おう、なんて人も早々出て来ないだろう。相当の変わり者でもない限りは。
「……そっか、そもそも学外じゃ、最低ランクがG。でも学園内だとFだから……」
「比べるのもバカらしい。認定基準だって違うしな。だから、学内ランクでS認定されても、なぁ?」
「あんまり意味ないよねぇ?」
二人で顔を見合わせて、ねー、なんてお互いに首を傾げて声を重ねるナギトとユヅキ。
確かに、二人の言い分もわかる。それなら、学内認定ランクに無頓着なのも、納得出来る。だから本当に、本当にミナギの気持ち一つなのだ、パーティへの加入は。
俯き、悩むミナギが見るのは、アルバとセラータ。
彼等が何かはわからないが、少なくともパーティに入るとしたら、共に行動する事になるのは確実。それなら、一応彼等にも話を聞いた方が良いのではないだろうか。
「えっと、二人?は、いいの?オレがパーティ入るの」
「あぁらぁ?いいわよぉ?」
「んー……っ」
これまた随分と呑気な言い方である。アルバはなぜ訊くのかと言った感じだし、セラータなんて答えと言うよりも大きく伸びをした時の唸り声に近い。
ユヅキやナギトに似たのか、はたまたユヅキとナギトが彼等に似たのか、気になるところ。
と言うかそもそも、彼等はなんなのだろう。今更過ぎる程、今更な疑問だけど。
「……えっと、この……鳥とねこ?って」
「ああ、自己紹介がまだだったわねぇ?私はぁ、光の精霊のアルバよぉ。コッチの猫はぁ、闇精霊のセラータねぇ?すぅっごく無口でぇ、滅多に喋らないけどぉ、よろしくねぇ?」
「………………はあ?」
大食堂に来てから、自分の中の常識が破壊されていく。
ミナギが知る限りでは、精霊は手の平サイズから最大三メートルか四メートルくらいの大きさを持つ人型で、女性っぽく見えたり男性っぽく見えたりしても、基本的には無性別――の、筈なのに。今目の前に居る白い鷹は、アルバは、自分が光の精霊であり、セラータは闇の精霊だと語った。
露骨に信じられないと表情で訴えるミナギに、それも知らないのかと衝撃を受けるのはユヅキ。残るナギトは、「なるほどなー」なんて零している。
「だぁって、人の姿のままだとぉ、乗り物に乗った時料金がかさむでしょぉ?でもぉ、この姿なら安く済むのよぉ」
「精霊ってのは、動物の姿にもなれるんだよ。契約してりゃ精霊術師の声に応えていつでもどこでも来られるけど、二人の場合は『いつでも傍にいる』ってのが希望だからな。んで、乗合馬車とか列車乗る時の節約でその姿になってるな」
「……運賃気にする精霊って…………」
「お金気にしてなかったら、食べたいとか欲しいとか思ったもの、勝手に取って行っちゃうよ?精霊達」
納得してしまった自分が悲しい、と言うのはミナギの心の声。
確かにそうだ。精霊に関するあれこれの中で、精霊術を使う為に精霊の協力を仰ぎ、そのお礼にあれこれと精霊の頼まれ事を解決する、と言う話もあった。内容的には、食べたいものとか欲しいものを用意する、と。
それを含めて考えれば、確かに運賃を気にする精霊が居てもおかしくない、の、かもしれない。多分。
けれどすぐには納得出来ず、うーんと唸るミナギを、横目で楽しそうに見ているのはナギトだ。自分も昔はこうだったなぁ、なんて、懐かしく思いながら。
「精霊かどうかを見分けたいなら、そいつの影を見ればいい。契約精霊は普通の人間の目に見えてても『実体』があるわけじゃないから、影が出来ない。ほれ、アルバもセラータも影ないだろ」
ナギトの言葉に驚きつつ、見るのはテーブルの上に座っているアルバと、ごろんと横になっているセラータ。言われてみれば、日当たりの良い窓際なのに、テーブルの上にアルバとセラータの影が落ちていない。
そろそろと、ミナギがアルバに向かって手を伸ばす。
後もう少しで触れると言うところで躊躇って、首筋に指先で触れる。
触れた。確かに、触れた。
触れた感覚は、確かにあるのに。温かいだとか、柔らかいだとか、羽毛の感触すら、ない。
温かさはなく、冷たくもない。目を開いていなければ、本当に触っているのかもわからない、そんな不思議な感覚。
空気の塊に触れている、そう言われた方がまだ納得出来る。
アルバの首筋に触れながら、思考停止。頭の上に疑問符を浮かべる勢いで固まるミナギを見て、わかるわかると頷くのはナギトとユヅキの二人。アルバは面白そうに笑っているし、セラータは大きな欠伸を一つ。
慣れは怖い。それを今、ミナギは実体験している。
「ついでに言うと、俺は学内ランクなんてどうでもいいから、認定試験はテキトーに受けるつもりだった。だってたいぎいもん」
「あ、『たいぎい』は、めんどくさいとか、疲れたとかだるいとか、そう言う意味ね?」
「えぇ……?」
聞き慣れない単語に首を傾げる必要はなかった、ミナギは。すぐにユヅキが、補足してくれたから。
だがそれはそれ、これはこれ。学内ランクなんてどうでもいいと言い切るなんて、それはそれでどうなのだろう。ドン引きするミナギだが、人が違えば感覚が違うのは当然か、と、思っておく事にする。そうでもしないと、二人の独特の感覚に振り回されて気疲れしてしまう可能性が高い。と言うか、既になっている気がする。疲れた。
「たいぎい?のに、真面目に試験受けたの…?」
「だぁって、真面目に受けて結果出さなきゃ締め上げられるんだもんよー……!!」
「誰に」
「ナギトパパとナギトママに」
ぐでーんと背もたれに上半身を預け、顔を天井に向け、心底うんざりだとばかりに語るナギトに、ミナギは眉を顰めた。学内認定ランクとは言え、Sランクを取っているナギトを締め上げられる人なんて、一体誰だ――と思えば、ユヅキ曰く、ナギトの両親らしい。
訊けば、父親は魔法剣士、母親は魔法銃士で、どちらもいまだに現役だと言う。
二歳の頃にはおもちゃとして木剣を与えられ、六歳の頃には本格的に魔法の練習も追加され、挙句の果てには両親が受けたクエストにも当時三歳だったユヅキも一緒に連れ回されたと話が続く。本格的に、どこからツッコミを入れるべきか悩む。
だがしかし、成る程。そんな両親に幼い頃から鍛えられていた結果が今のナギトなら、Sランクを取る強さに説明がつく。
かなり無茶苦茶な幼少期を過ごしていた事に関して驚く反面、三歳だったユヅキの話も入っていた事を考えると、やっぱり二人は幼馴染らしい。随分長い付き合いだ。
二人の独特な感覚やテンポ、よく似たやり取りも、幼馴染となると納得出来る。
「……えっと、パーティ入るとして、なんかルールってある?」
「ん-?……んー……とりあえず、リーダーは俺がやる。受けたいクエストがあるなら自己申告。でも実際に受けるかどうかはパーティメンバーで多数決。クエスト受けるけど、参加は任意。報酬の受け取り方は報告の時に各自申告、くらい?」
「絶対参加じゃないの?」
「学科によっちゃぁ必須授業とか、必須試験あるだろ。その場合はそっち優先で。俺等は子どもで、まだ学生なんだ。ベンキョーが一番」
「それに、結界術師にも魔法の勉強する授業あるでしょ?精霊術師にもあるし」
意外とまともな事を言うんだよなぁ、なんて。もし口に出したら怒られそうな事を、心の中でミナギはぽつりと零す。
しかし、ユヅキの言葉には少々引っかかる。
なぜ、結界術師や精霊術師なのに、他学科の魔法の勉強をする必要があるのだろう。あれが一番必要ない授業に思えたのに。モンスターの行動パターンや、どんな攻撃をしてくるかの授業なら、まだ出る気はあるけれど。実は面倒くさくてサボろうとまで思っていた授業だったのは、ここだけの話。
露骨に眉を顰めて表情で訴えるミナギに、ナギトは肩を竦め、ユヅキはクスクスと楽しそうに笑う。責める事はないらしい。
「じゃあミナギ、敵がフエゴ・エスフェラ使おうとしてたらどうする?オスクロ・ランサは?魔法銃士のムニション・ペルフォランテなら?」
なぜだろう、突然魔法の授業が始まった気がする。
どうする、と言う事は、結界術でどう防ぐか、と言う事だろうか。フエゴ・エスフェラは、前方に飛ぶ五つの火球の魔法。オスクロ・ランサは、地面から突き上げる闇の槍、のはず。魔法銃士が使うムニション・ペルフォランテは、と考えたところで――ミナギの思考停止。なんだその魔法、知らんのだが。
動きが止まったミナギを見上げ、五人の小さな精霊達が首を傾げている。顔を見合わせ、また心配そうにミナギを見上げて。次に見るのは、ユヅキの顔。
向けられる視線に笑い返し、ユヅキは「大丈夫だよ」と精霊の言葉で返す。
「魔法も変われば防ぎ方も変わる。結界術師なら、次にどんな魔法が来るか予測して対応すんのが要求されんだろ。魔法見てから結界作るなんて、一秒二秒の世界になるぞ。そんで適した大きさと強度の結界作れるか?」
「モンスターだけじゃないからね、『敵』って。モンスターよりも、人間の方が怖い時あるから」
言われて、二人が何を言わんとしているのかミナギは理解した。
確かにそうだ。各大陸にそれぞれ特色があり、魔法剣士などの冒険者パーティや騎士団、自警団が居るとしても、盗賊や強盗は存在するわけで。子供だらけの学生のパーティだからと見逃されるはずもなく、むしろ狙われる可能性は高い。
強盗の中に魔法を使う人間が居ないなんて事はないし、死んでも構わないと本気で襲い掛かって来る事もあるだろう。
そうなると、対人用として魔法を覚える事が必要になる。魔力を持っていなかったとしても。
魔法の種類がわかっていなければ、対処が遅れる。相手が使おうとしている魔法がわからなかったから守れなかった、なんて言い訳は通用しない。そう考えると、大事な授業なのか、魔法の授業も。
ついでに、ムニション・ペルフォランテとは、壁を破壊する高火力の魔法の弾丸で、魔法銃士特有の魔法。中途半端な結界だと破壊される可能性があり、危険らしい。
そんな魔法の種類や危険性も、知らなければ意味がない。ナギトとユヅキも、ナギトの両親からそう教えられ、大体の魔法は覚えているそうで、どれだけ小さい頃から叩き込まれたのかとも、思う。
「わかった、授業出る。……でも、受けるクエストとか、ナギトさんが決めればいいんじゃない?リーダーなんだから」
「えー、たいぎい。パーティリーダーは、たいぎい手続き関係と、戦闘中に最低限の指示出ししときゃいいんだよ。メンバーの意見無視して強制するクソがリーダーなんて言えるか」
「ナギトが強制することないよ?ちゃんといつも要望訊いてくれるから」
「そぉよぉ。ナギトは見た目とか闇属性単一だからぁ、色々勘違いされてるけどぉ、ちゃぁんとイイコなのよぉ?」
見た目で判断するなとはよく言うが、ナギトの場合はそれに加えて保有する魔法属性が闇属性単一なのもあって、ランク認定試験以降、多くの生徒からは怖がられている。
それが実際話してみれば、きちんと意見を聞いてくれるわ、丁寧に説明してくれるわ、予想外ばかり。しかもユヅキと一緒の時は、独特のテンポとペースを持って喋るのだから、怖いどころか面白さすら感じる。慣れれば、の話。
ナギトから聞いたパーティのルールを思い返す。
他のパーティがどうなっているかはわからないが、ミナギの体感としてはかなり融通が利くルールだとは思う。
視線を、テーブルに向ける。ミナギの視線の先では、五人の小さな精霊達が居る。ナギト達に、ミナギをパーティに入れて欲しいと、頼みに来た五人。
契約していない為、今ミナギがナギト達と交わした会話の内容は、彼等には伝わっていない。と思いきや、ユヅキがその都度通訳していたようで、五人の小さな精霊達は、後はミナギの返事を待っている状態だった。
だからさっきまでユヅキはあまり会話に参加していなかったのか、と納得。
どうするのかな、どうするのかな。五人の小さな精霊達は、それぞれ顔を見合わせ、ミナギの返事を待っているように見えた。
初めて彼等に逢ったのがいつだったか、もう覚えていない。
気付いたら傍に居て、一族中から罵られ虐げられる自分を励ましてくれて。言葉は通じなくとも、何を訴えたいかは、わかる気がした。
見ない振りをした。見えていない振りをした。時には煩わしいと振り払う事もあった。それなのに、こうして心配してくれるなんて、優しいのかお人よしなのか、それとも愚かなのか。
でも、そんな彼等の気持ちを嬉しいと思うのは、確かで。
「……ホントに、オレ……僕が、パーティ入ってもいいの?」
「良くなかったらそもそも精霊の頼みでも断ってる」
「私たちもぉ、いいわよぉ?ねぇ、セラータ?」
「なぁ」
「ってわけでー。後はミナギくんの気持ちひとつ!」
まあ確かに、ナギトもユヅキも、周りの意見に流されるタイプでもなし、嫌なものは嫌だと答えるだろう。それなら本当に、ユヅキの言う通り、後はミナギの意思一つ。
五人の小さな精霊達に対する、恩義じゃない。ナギトとユヅキが強いから、その強さにあやかろうとしてるわけでも、ない。独特の二人のテンポに振り回されて、大変な日々が待っている予感はするけれど、でも今までの自分では見えない視点で世界を見る事が、出来る気がして。
テーブルの上に置いていた両手を、ぎゅとミナギは握り締める。
「じゃあ……お願い、しますっ!」
「ん。じゃあ『僕』なしでな。どーせもう素が出てるし」
「う…っ。だって、一応年上で……初対面で……」
「あたしは同い年だよ?」
にやにやとナギトが笑えば、ユヅキもからかうように自分を指さして笑う。何も言い返せなくなったミナギに、また二人は笑う。完全に遊ばれている気がするが、ここで何かしら文句を言えば、更にからかわれるのは明白。
と、言う訳で、変に誤魔化す事も出来ず、選ぶ沈黙。
しかし、黙ったら黙ったで、二人がまたにやにやにこにこ。ちくしょう、なんなんだこの二人。アルバや五人の小さな精霊達まで楽しそうにミナギを見ているのだから、もうどうしようもない。
パーティ加入は早まったかもしれない。そう思ったものの、前言撤回を、しようとは思わなくて。
「ああもう!みんな笑い過ぎ!!」
「アハハッ!ねえねえナギト!ご飯食べ終わったら、パーティ申請行きたい!」
「ん。じゃあ、さっさと食べてさっさと行くかぁ!」
わーいと諸手を上げて喜ぶユヅキや五人の小さな精霊達を横目に、気を紛らわせるようにミナギは残っていた昼食を口の中に押し込む。
教室で呼び出されてから、まだ三十分くらいしか経っていない。
けれど、たった三十分。されど三十分。その三十分の間にミナギは、自分の置かれた世界ががらりと変わった気がして。これからどうなるのかな、と楽しみにしている自分に気付いていた。
人一人の人生に、運命の分岐点がいくつあるかは知らないけれど、自分の運命の分岐点は間違いなく二人とパーティを組んだこの瞬間だったと、後にミナギは振り返ってそう語る。
序章ー完
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