次期当主に激重執着される俺

勹呉

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一章

三十六話:おにいちゃん

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紅の瞳が交差する。
とてつもない緊張感に包まれた空間は、呼吸の隙さえ与えない。


「おいおい……誰かと思えば『くそ雑魚の』ロンじゃねえか。気分はどうだ? グレアと手を組んでノルさんを蹴落として、次期当主に仕える気持ちは? なあ」
「こらこらキル、僕らは喧嘩をしに来たわけじゃないだろう」


怒声を放つキルを、ノルが優しく宥める。久しぶりの再会を果たしても、男らの表情は何れも不快そうだった。

「目的は何だ?」
「分かってるのに聞くのかい? グレアは昔と違ってお喋りになったんだね」
「先程、会場に催眠ガスを放った『小柄な男』を殺した。時間稼ぎにもならない雑魚だったが、あれはお前らの仲間か?」

グレアが『嘘』をついている事を、二人は知らない。
焦ると人は我を忘れ、簡単に情報を吐いてしまう。キルは本格的に怒りの表情を示すと「殺していいか」と許可を求めた。しかし、ノルは冷静だった。


「詰まらない嘘は好きじゃないんだ。グレアは話術に長けているだけでなく、情のある人間でもあったね。君が大切に『監禁』しているジークくんと、僕のポチが『兄弟である』と分かった時点で、君は手を出さないだろう」


今回だけは見逃してやる、君ならそう言いそうだ。
鋭いノルの考察に、グレアは眉を顰めた。これに関してはノルの冷静さが一枚上手だったらしい。グレアは憎悪の意を包み隠さず表したまま、顔を歪めて溜息を吐く。

「相変わらず『気に入った物に名前を付ける』気持ち悪い癖は変わってないな」
「グレアにだけは言われたくないね。数年前の僕は想像もしていなかったよ。まさか可愛がっていた『弟』に騙され、次期当主の座を奪われてしまうなんて」
「人聞きの悪い言い方だな。悪いのは騙された『お前の母親』だ」

紅の瞳を細め、グレアが笑顔でノルを見る。


「オレから『当主の座』を奪い取ろうと、穴探しにやって来たのか。それで。良い情報は見つかったか? おにいちゃん」


嘲笑混じりの声色に、キルが舌打ちする。
遂に怒りが爆発したか。キルは鋭い殺気と共に、グレアに向けて拳を震わせる――しかし、横から伸びてきた腕が、ソレを呆気なく防いでしまった。

「てめえ、何のつもりだ……ロン」
「グレア様に触れないでください、兄さん。相手なら、私が引き受けますよ」

以前の『弱虫な弟』とは違う。会わない数年の間に、一体何があったのか。
初めて見るロンの表情に、キルは顔を歪ませた。

(資料庫を探ろうにも、このままじゃタイムオーバーになる。ここで時間を稼いでウィンたちの『合図』を待つか……それとも)

ノルは頭の中で思考を巡らせる。
今回ここへやって来た理由は二つ。一つは王宮に対する信用を下げ、圧力をかける為。そしてもう一つは、研究室から王宮が管理する危険薬を手に入れるためだった。

(ポチのおかげで侵入は楽になったけど……まさかグレアに読み負けるとは)

昔、王宮で『一番目の女』がパーティ中に毒殺される事件があった。
犯人は二番目の女……つまりノルの母親であると判断され、無残に殺された。だが、あの事件の『真犯人』は他にいたのだ。

事件の全てを巧妙に企て、多くを利用し、容赦なく蹴落とす。二番目の女は『無罪』だった。そう、黒幕『グレア・ヴィクター』に罪を擦り付けられるまでは。


(もうあんな思いは懲り懲りだ……グレア、今すぐ君を殺したい)


冷静を装いながらも、ノルの内心は醜い怒りで燃え上がっていた。何もしないまま終わって良いのだろうか――漸くここまで来たというのに。用心用として持ち歩いている拳銃が『引き金を引け』と脅してくる。赤黒く濁った紅の瞳は、恨むべき対象を静かに睨んでいた。

しかしその時。
ノルの思考を遮るように『一発の銃声』が外から響いた。男はすぐに我を取り戻すと、隣に並ぶキルを見る。重なり合う視線の意味を、グレアとロンは理解できていないようだった。


銃声は――計画の成功を伝える仲間からの『合図』だった。


(今回の目的はもう果たした。グレアと戦闘してまで『資料庫』を探る必要はない……危うく冷静を失うところだった)

ノルは小さく溜息を吐くと、懐から『円柱型の缶』を取り出す。そしてそれを、笑顔で地面に投げ捨てた。
グレアはすぐに口元を塞ぐと、それが『パーティの最中に発射された催眠ガス』だと理解する。煙で視界を塞がれ、遂には身動きが取れなくなってしまう。

「グレア。次会うときは、噂の『ジーク』くんにも顔を見せるとするよ。君が監禁する程の子だ、きっと魅力的な人なんだろうね」
「待て、ノルっ……」
「また会おう、グレア。僕の弟」

声が段々と遠のいていく。
煙が霧散した頃――

ノルとキルの姿は何処にも居なくなっていた。



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