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第一章 無知な少女の成長記
司書はドッペルゲンガー
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部屋に入るとまずその独特な雰囲気に圧倒されます。いつもの書庫とはまずその規模から桁が違い、高い天井と部屋のサイドの通路が五階程あり正面に木製のユリの花が彫られた螺旋階段が伸びています。そのほかの調度品にも入り口の扉と同じくユリが彫られているようで、何か特別な思い入れがあるのかもしれません。
キョロキョロと部屋の様子を伺っていると突然声を掛けられ驚きます。
「ようこそ『裏の書庫』へ。私はここの全てを管理する司書のリリーと申します。お探し物や軽食の用意などこの部屋の中でのことなら何なりとお申し付けください」
「え、あ、はい。ありがとうございますリリーさん、私はルクレツィアと申します。今日は錬金術関係の本を探していて…」
声を掛けてきたのはここの司書さんでした。リリーさんは…私に、というよりお婆様によく似ています。艶やかな金色の髪に空色の瞳絵画にはない目元のホクロが同一人物ではないことを表しています。十歳くらいでしょうかあまりピスティスやラトレイアと変わらない年ごろで、真っ白な可愛らしいスカートに淡い緑のドレスを着たユリのような美しい少女でした。ですが…私は師匠以外にこの屋敷に人がいたなんて聞いていません。使用人もいない師匠の魔法で全て住むこの屋敷に人が、しかも書庫にいるなんて…
「『ルクレツィア』様ですね登録いたしました。どうぞリリーと、それと敬語も必要ありません、私はここの管理を任されている人造人間ですのでそちらの方がこちらとしても有難いのです。
それと名前と魔力の登録を済ませたので次回からは鍵を使わず、魔力を入り口の扉に流しユリが現れた時に開けていただければここに入ることが出来ます。それでは錬金術関係の本をお持ちしますね」
「え、あ、はい。い、いえ!わざわざ持ってこなくても教えていただければ、いや教えてもらえればそれで十分だよ!」
リリーの困ったような顔に折れ、話し方を変えます。まさかの人造人間という答えに動揺しつつ答えます。ですがそれよりもわざわざ本を持ってきてもらうようなことは申し訳ないです!それにこれだけ本があれば錬金術関係だけでもとてつもない量になってしまいます。
そんなことを言っていた私はまさかの展開に開いた口が開きません。リリーが手を叩くと書庫の全ての本棚が動き出し私たちの目の前にやってきました。派手な音も揺れもない様子から、本棚は初めから浮いていてそれがリリーの指示により自在に動くようになっているようです。
「どうぞこの棚が錬金術関連の本になります」
目の前には巨大な本棚が立ちリリーはピスティスの指示で錬金術の基礎の本を取り出すと、いくつか候補を机に置いていきます。え、これが普通なんですか?この世界の司書ってそんな事求められる職業なんです?なんで三人とも当たり前に本を選んでるんです、私大混乱なんですが…
「よしこれでいいだろう。助かった」
「いえこれが私の仕事ですから、次からは皆さんこちらにいらしてくださいお茶をお出ししますので」
「ルクレツィアはどうせ集中すると何も飲まないので私と兄とリリーのだけでいいのです」
おいラトレイア一応主人なんだからどうせだなんて言わないでください。リリーは何というか純粋無垢というイメージを受け、淑女の鏡のようにふふっと穏やかに笑っています。本当に人に作られた人間だとは思えない表情や受け答えが前世のAIとは異なる《人間》だと思わされます。
「それじゃあ借りるね。リリーのお陰でスムーズに見つけることが出来たよありがとう!」
「いえお役に立ててよかったです。是非またいらしてください、私は『表の書庫』も管理しているので申していただければお渡しすることが出来ますので」
「おぉーそれは凄く助かるよ、じゃあまたね!」
書庫を出て師匠の待つ薬剤室兼、錬金術工房に向かいます。本は私の亜空間に収納しているため手には何もありません。私の後ろに並んでついて来ている二人に声を掛けます。
「二人はリリーとは仲がいいの?」
「まぁ主は違うが同じ屋敷で仕えているし、用があれば話すってくらいだな。リリーはあの書庫から出られないから、書庫に行った時だけって感じ」
「ラトもそんな感じなのです。元々リリーはメリル様に作られた生命体でそれを爺があの書庫の番人にしたので、よくメリル様について兄とリリーに会いに行ったのです」
「やっぱりリリーはお婆様によって生み出されたのね…でもどうして師匠は書庫の番人したの?二人のように侍女でも良かったのに」
私は歩きながら二人を振り返ります。4歳の私と13歳くらいの二人では身長差があり上を見上げる形になります。ピスティスは不機嫌な顔や照れて怒る顔などもしますが二人は基本無表情で、今も人形のような顔立ちで私を見下ろしています。全く愛想のないツンデレな可愛い従者ですね!若干目元が緩んでいることなんて私にかかれば直ぐにバレちゃうんですから。そんなことを考えているとは知らず、二人は私を見ながら口を開きます。
「それはリリーの存在そのものが禁忌だからだ。だからアイツは外から一切干渉されないあの書庫にリリーの身を隠し仕事を与えたんだ。あそこの本も貴重なものばかりだから下手な奴に任せられないものだし調度よかったんだ」
「人造人間は禁忌なの?」
「それはそうだろう、ルクレツィアは見たんだろうリリーに魂がない事を」
そう私は最初から精霊を見ることが出来たことから【精霊眼】を持っているのです。だから【魔眼】を発動することなく人の魂のようなものやオーラが見えるのです。しかしリリーはそれがありません。精霊たちは魂はなくてもオーラや体からあふれるエネルギーのようなものが見えます。でもリリーには心臓部分にあるはずの輝く球体やそれからにじみ出て体を纏うオーラが全くないのです。
「『人造人間は生きていて死んでいる存在で異分子だ。完全な『生命』は神にしか生み出すことは許されない。そしてそれに近づき神の領域に踏み入れることは禁忌であり排除する』」
「なにそれ…」
「ある宗教の聖書の一節なのです。だからリリーが人造人間だってことは内緒なのです」
「でも…リリーの自由は?魂がないってだけでリリーは何も悪いことはしてないじゃない、思考も感情もあるんでしょう?それは人と何も変わりないじゃない」
「そうですよ。リリーは生み出されただけ。リリーは何も罪を犯していませんし命を狙わることも自由を奪われるようなこともしていません。ですがダメなのです。この世界のバランスを崩すことはできないのです」
「どうして?それにバランスって何?」
私は立ち止まり後ろを歩く二人を正面から見つめます。二人は言いにくい事なのでしょうか、少しだけ眉を寄せ下を向いています。
「今この世界に神が…管理者がいないのです。調節者はいますがあくまで流れや異分子を排除するだけ。それゆえに人造人間の存在が万が一広がり彼らが大量に生み出されでもすれば…世界の倫理が崩壊します。奴隷でも兵器でもなんにでもでき、死ねばまた生み出せばいいのです。そうして人造人間から出た感情が自然を魔素を穢し、いずれこの世界は魂の淀んだ者たちが堕ちる地獄と化すのです」
「それをリリーも理解し、だがマスターの意思も尊重し生きたいためにあそこで司書をしているんだ」
「そう…」
私はそれ以上何も言えませんでした。スケールの大きすぎる話に何も言えなかったのです。リリーは自分を作り出したお婆様を恨んでいないのでしょうか。意思を尊重したいなんて思えるようなことをされたのかわかりません。ただ私は二人の間にあったことについて何も知りませんし、リリーの現状はリリーの意思で決めることで勝手に私が酷いなんて言うことはしてはいけません。
もやもやすることは確かですがなら私がリリーにしてあげられることをすればいいのです。口先ばかりで行動の伴わない批判はしてはいけません。そして大分知識が付いた今でも知らないことが多すぎて正しい判断が出来ません。『裏の書庫』をすべて読むためにこれから忙しくなりそうです!
私たちは師匠の待つ部屋へと歩みを再開させたのでした。
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詳しい人造人間については何章か後のゴルバチョフとメリルの過去話の時に描く予定です。
次回 口は禍の元
キョロキョロと部屋の様子を伺っていると突然声を掛けられ驚きます。
「ようこそ『裏の書庫』へ。私はここの全てを管理する司書のリリーと申します。お探し物や軽食の用意などこの部屋の中でのことなら何なりとお申し付けください」
「え、あ、はい。ありがとうございますリリーさん、私はルクレツィアと申します。今日は錬金術関係の本を探していて…」
声を掛けてきたのはここの司書さんでした。リリーさんは…私に、というよりお婆様によく似ています。艶やかな金色の髪に空色の瞳絵画にはない目元のホクロが同一人物ではないことを表しています。十歳くらいでしょうかあまりピスティスやラトレイアと変わらない年ごろで、真っ白な可愛らしいスカートに淡い緑のドレスを着たユリのような美しい少女でした。ですが…私は師匠以外にこの屋敷に人がいたなんて聞いていません。使用人もいない師匠の魔法で全て住むこの屋敷に人が、しかも書庫にいるなんて…
「『ルクレツィア』様ですね登録いたしました。どうぞリリーと、それと敬語も必要ありません、私はここの管理を任されている人造人間ですのでそちらの方がこちらとしても有難いのです。
それと名前と魔力の登録を済ませたので次回からは鍵を使わず、魔力を入り口の扉に流しユリが現れた時に開けていただければここに入ることが出来ます。それでは錬金術関係の本をお持ちしますね」
「え、あ、はい。い、いえ!わざわざ持ってこなくても教えていただければ、いや教えてもらえればそれで十分だよ!」
リリーの困ったような顔に折れ、話し方を変えます。まさかの人造人間という答えに動揺しつつ答えます。ですがそれよりもわざわざ本を持ってきてもらうようなことは申し訳ないです!それにこれだけ本があれば錬金術関係だけでもとてつもない量になってしまいます。
そんなことを言っていた私はまさかの展開に開いた口が開きません。リリーが手を叩くと書庫の全ての本棚が動き出し私たちの目の前にやってきました。派手な音も揺れもない様子から、本棚は初めから浮いていてそれがリリーの指示により自在に動くようになっているようです。
「どうぞこの棚が錬金術関連の本になります」
目の前には巨大な本棚が立ちリリーはピスティスの指示で錬金術の基礎の本を取り出すと、いくつか候補を机に置いていきます。え、これが普通なんですか?この世界の司書ってそんな事求められる職業なんです?なんで三人とも当たり前に本を選んでるんです、私大混乱なんですが…
「よしこれでいいだろう。助かった」
「いえこれが私の仕事ですから、次からは皆さんこちらにいらしてくださいお茶をお出ししますので」
「ルクレツィアはどうせ集中すると何も飲まないので私と兄とリリーのだけでいいのです」
おいラトレイア一応主人なんだからどうせだなんて言わないでください。リリーは何というか純粋無垢というイメージを受け、淑女の鏡のようにふふっと穏やかに笑っています。本当に人に作られた人間だとは思えない表情や受け答えが前世のAIとは異なる《人間》だと思わされます。
「それじゃあ借りるね。リリーのお陰でスムーズに見つけることが出来たよありがとう!」
「いえお役に立ててよかったです。是非またいらしてください、私は『表の書庫』も管理しているので申していただければお渡しすることが出来ますので」
「おぉーそれは凄く助かるよ、じゃあまたね!」
書庫を出て師匠の待つ薬剤室兼、錬金術工房に向かいます。本は私の亜空間に収納しているため手には何もありません。私の後ろに並んでついて来ている二人に声を掛けます。
「二人はリリーとは仲がいいの?」
「まぁ主は違うが同じ屋敷で仕えているし、用があれば話すってくらいだな。リリーはあの書庫から出られないから、書庫に行った時だけって感じ」
「ラトもそんな感じなのです。元々リリーはメリル様に作られた生命体でそれを爺があの書庫の番人にしたので、よくメリル様について兄とリリーに会いに行ったのです」
「やっぱりリリーはお婆様によって生み出されたのね…でもどうして師匠は書庫の番人したの?二人のように侍女でも良かったのに」
私は歩きながら二人を振り返ります。4歳の私と13歳くらいの二人では身長差があり上を見上げる形になります。ピスティスは不機嫌な顔や照れて怒る顔などもしますが二人は基本無表情で、今も人形のような顔立ちで私を見下ろしています。全く愛想のないツンデレな可愛い従者ですね!若干目元が緩んでいることなんて私にかかれば直ぐにバレちゃうんですから。そんなことを考えているとは知らず、二人は私を見ながら口を開きます。
「それはリリーの存在そのものが禁忌だからだ。だからアイツは外から一切干渉されないあの書庫にリリーの身を隠し仕事を与えたんだ。あそこの本も貴重なものばかりだから下手な奴に任せられないものだし調度よかったんだ」
「人造人間は禁忌なの?」
「それはそうだろう、ルクレツィアは見たんだろうリリーに魂がない事を」
そう私は最初から精霊を見ることが出来たことから【精霊眼】を持っているのです。だから【魔眼】を発動することなく人の魂のようなものやオーラが見えるのです。しかしリリーはそれがありません。精霊たちは魂はなくてもオーラや体からあふれるエネルギーのようなものが見えます。でもリリーには心臓部分にあるはずの輝く球体やそれからにじみ出て体を纏うオーラが全くないのです。
「『人造人間は生きていて死んでいる存在で異分子だ。完全な『生命』は神にしか生み出すことは許されない。そしてそれに近づき神の領域に踏み入れることは禁忌であり排除する』」
「なにそれ…」
「ある宗教の聖書の一節なのです。だからリリーが人造人間だってことは内緒なのです」
「でも…リリーの自由は?魂がないってだけでリリーは何も悪いことはしてないじゃない、思考も感情もあるんでしょう?それは人と何も変わりないじゃない」
「そうですよ。リリーは生み出されただけ。リリーは何も罪を犯していませんし命を狙わることも自由を奪われるようなこともしていません。ですがダメなのです。この世界のバランスを崩すことはできないのです」
「どうして?それにバランスって何?」
私は立ち止まり後ろを歩く二人を正面から見つめます。二人は言いにくい事なのでしょうか、少しだけ眉を寄せ下を向いています。
「今この世界に神が…管理者がいないのです。調節者はいますがあくまで流れや異分子を排除するだけ。それゆえに人造人間の存在が万が一広がり彼らが大量に生み出されでもすれば…世界の倫理が崩壊します。奴隷でも兵器でもなんにでもでき、死ねばまた生み出せばいいのです。そうして人造人間から出た感情が自然を魔素を穢し、いずれこの世界は魂の淀んだ者たちが堕ちる地獄と化すのです」
「それをリリーも理解し、だがマスターの意思も尊重し生きたいためにあそこで司書をしているんだ」
「そう…」
私はそれ以上何も言えませんでした。スケールの大きすぎる話に何も言えなかったのです。リリーは自分を作り出したお婆様を恨んでいないのでしょうか。意思を尊重したいなんて思えるようなことをされたのかわかりません。ただ私は二人の間にあったことについて何も知りませんし、リリーの現状はリリーの意思で決めることで勝手に私が酷いなんて言うことはしてはいけません。
もやもやすることは確かですがなら私がリリーにしてあげられることをすればいいのです。口先ばかりで行動の伴わない批判はしてはいけません。そして大分知識が付いた今でも知らないことが多すぎて正しい判断が出来ません。『裏の書庫』をすべて読むためにこれから忙しくなりそうです!
私たちは師匠の待つ部屋へと歩みを再開させたのでした。
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詳しい人造人間については何章か後のゴルバチョフとメリルの過去話の時に描く予定です。
次回 口は禍の元
応援ありがとうございます!
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