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第一章 無知な少女の成長記
臆病者の挑戦
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「ロータスはどうして主についてきたのじゃ?お主は一人のんびりと沼地で暮らしている方が性に合って居るじゃろう?まぁ今更帰るなんぞ出来んがな」
「僕?まあそうだね、それに僕はラペーシュやネージュみたいに絶対の忠誠を誓っているわけじゃないし…でも沼地によりみんなといる方がずっと楽しいとは思ってる。ルクレツィア様のことも嫌いじゃないよ」
ルクレツィアとラペーシュが出かけている頃、お使いを頼んだ二人は薬の研究をしながら話をしていた。穏やかで争いごとを好まないロータスと、面倒ごとを嫌うネージュは気が合いよく二人で植物や鉱物など森の資源について話し待っていた。もちろん人間のように教育を受けたわけもない魔物ではあるが、ルクレツィアの豊富な知識と野生で培った知識、そして得た肉体で彼らは研究に没頭していた。
「そうじゃろうそうじゃろう。主を嫌いになることなんぞ出来んのじゃ!じゃが忠誠を誓った訳でもないのにどうして契約を結んだんじゃ?能力を買われ脅され…おっと間違った、勧誘されたルベラと同じか?」
「いや…僕の能力は多分関係ないよ。ルクレツィア様は僕のために【主従契約】を結んでくださったんだ」
まだ幼体と言っても体長5メートルはあった時、僕はこの世界に召喚された。
僕は魔素のある世界の生き物だったからこの世界に適応できたけど、他に召喚された生き物の中には魔素や魔力を含む食べ物は毒だったようで直ぐに死んでしまっていた。僕がいた世界は人間は存在せず、僕達…この世界で魔物と呼ばれる生き物は大自然の中伸び伸びと暮らしていた。
僕や他の魔物を召還した男は僕たちを檻の中に閉じ込めると、いろいろな実験を繰り返しそのたびに記録を取ってはどこかに報告しているようだった。実験は様々で怪しい薬や物理耐性の耐久調査なんてまだいい方だった。一番ひどかったのは複数の魔物を混ぜ新たな生物を作る【合成獣】の錬金術だった。肉体も魂も全てがグチャグチャに絡み合った姿を見ると震えが止まらない。もう思考も自我も混ざり合い生物とは言えない彼らを見ると人間が悪魔に見えて仕方がなかった。
『殺せ…殺してくれ…』
『アア…ア、ギギャギャギャギャギャッ!』
『苦しい…どうしてこんな目に…』
『アハハハハハハ』
部屋の中には沢山の魔物がいて、正気を保っているのは希少種と呼ばれていたものや初めて召喚に成功した種類の魔物達だけだった。ガシャンガシャンと檻を叩き叫んでいた魔物もその日の実験で大人しくなる。最悪実験に連れていかれ帰ってこないというのも珍しくなかった。
「クソっ実験は中止だ、投資を打ち切られた!」
ある日いつものように檻の中でジッとしていると苛立った様子の男がそういった。言葉の意味は分からなかったけどこれがこの生活の終わりを意味していることは分かった。男が目の前で殺されたからだ。
「かっ…な、なぜ…」
男はそういって動かなくなった。それを確認した人間たちはいくつか魔物の入った檻や資料を持ち去り、キメラや凶暴な魔物を殺していった。僕のような大きくて丈夫な魔物は殺せないと見たのか建物に火をつけ立ち去ってしまった。
燃え盛る炎と熱に包まれながらたった数か月の短く地獄のような永遠の日々を思い出す。
泣き叫んでいた魔物はもういない。血だまりを残しその体はピクリとも動かなくなっていた。
檻を壊そうと最後まであがいていた魔物はもういない。泡を吹きその眼は濁り二度と光を灯すことはない。
じゃあ僕は?
そう思った瞬間、死というものがとてつもなく恐ろしいものに感じた。嫌だ嫌だ死にたくない、あんなのになりたくない生きたい!
持てる力全てを使って何とか逃げ出した僕は、この魔物の森と呼ばれる場所にたどり着いた。
生きたい
その思いだけで僕は生き延び続けた。故郷…もう二度と帰ることのできないあの美しい自然豊かな世界に想いを馳せ、いつしかこの森の湿地帯の主と呼ばれるようになった。召喚されたあの日から気の遠くなるような年月が経ったというのに、そんなことを感慨深く思う暇もないほど僕は生きることに必死だった。慢心も油断もできない張り詰めた緊張を常に纏い、唯一池に咲く蓮の花を見ている時だけ心が休まった。
そんな変わらない日常を一転させる存在が現れたのは、死に怯え甲羅に閉じこもり生きていた僕への試練だったのだろうか。
『山かと思う程大きな亀ですね。これじゃあ竜宮城すら霞んでしまいます』
そう言って僕の背に乗り景色を見ていていたのはこの世で一番恐ろしい人間だった。僕は震える身体を甲羅に収め、諦めて人間が去るのをひたすら待った。だけどこの人間は僕に攻撃をするわけでもなく、ただ背の上で景色を見ながら僕に話しかけていた。
『この湿地帯は他とは趣が違いますね、貴方が管理しているんですか?蓮の花が沢山咲いていて圧巻ですね。貴方は一人でずっとここにいるんですか?甲羅に苔や草が生えまくって山みたいです』
ひたすら話しかけてくる人間の意図が測り兼ねた。それに人間の言葉が分かったのは初めてで内心驚いていた。脳内に直接話しかけてくる人間なんて初めてのことで、恐怖と驚愕で僕は動きを止めたまま甲羅に閉じ籠っていたままだった。
『今私ここの森の主たちと仲良くなっているんですよね。まあ一部強硬手段を取りましたが…それで四天王最後の貴方に会いに来たというわけです。と言ってもどんな性格か見に来ただけなんですけどね』
そういう人間はパシャンッと音がしたかと思うと先ほどより近くで水の音が聞こえた。水面を歩いているのかパチャパチャと水音をたてていた。
『そんなに私が怖いです?こんな人畜無害の善良な人間そうそう会えませんよ』
いや自分でそういう奴がその通りなわけないだろう。そう思いながら人間の様子を甲羅の中で窺っていた。そして自分でも気が付かないうちにこの人間の話に耳を傾けていた。
『私他の四天王の子たちと【主従契約】を結んでいるんです。なので貴方もいっそ結んでしまいましょう、大丈夫。赤信号みんなで渡れば怖くない!』
いや自分との契約が赤信号だと言っているのに気が付いていないのか?未だあったことのない他の主たちのことが心配になった。かといってこの人間をどうこう出来る程僕は強くない。ただ危険から身を守るこの一点に特化したことでここまで生き延びることが出来たからだ。
そうだ僕は生きたい。何があろうと死にたくない。強迫観念にも思える生への執着があの地獄の日々を思い出させ再燃する。
『そんなに殻に閉じこもって生きたいなら、私が貴方を守る甲羅になりましょう』
はっ!何を…言っている。何も知らず無責任に!たかが少し生きたくらいの人間風情が!
『その人間風情にビクビクと怯え、ただ腹を満たし眠り呼吸をするだけの生をこのまま一生続けますか?』
煩い煩い煩い!お前たちが!お前たち人間が僕たちを殺すんだろう!
『それはお相子でしょう?魔物も人もみな弱い者は淘汰され強いものが生き残るのですから。そして私は強い。貴方よりずっとずっと強くて勇敢です。殻に閉じこもり外を見ようともしない貴方よりずっと、私は自分の足で目で頭で世界を見て考え生きているのです。どうします?こんな私が貴方を庇護してあげるというのです。二度と現れないかもしれませんよそんなことを言う奇特な存在は』
自分の心が読まれていると気が付いた時には完全にこの小さな人間の話に飲み込まれていた。
『お前を信じて…裏切られないという証拠はどこにある…。人間んは脆く僕より早く死ぬじゃないか』
気が付けば僕はこの人間に話しかけていた。あれだけ恐ろしいと信じられないと思っていた人間に対して。
『私はそこらの人間ではなくその上位種の【魔人】です。貴方を置いて死ぬことも、並みの生物に負けることもありませんよ。あとは裏切りですか…そうですね、私結構執念深いんです。自分のモノだと決めたら手放すことなんてしませんし、そもそも手放すくらいの価値のモノは最初から手に入れようなんて思いません。
どうです?それくらい私は貴方が欲しい。その代わり私が貴方を守ってあげます。』
『意味が分からない。なぜ僕を手に入れようとするんだ…そんな価値…』
『価値なんて他人がいて初めて与えられるものなんですよ。だから自分の価値なんて自分で分かるはずないです。
私が貴方を欲しがる理由はそれを知らない貴方に存在価値を与えてあげよう、というちょっとした気まぐれによるものです。気分は飼育放棄された亀さんを拾って育てる感じです。嫌がってももう名前決めましたから』
そういう人間は僕に無理やり魔力を流し名を与えた
『ロータス』
傲慢で自分勝手な人間。でも与えられた生活は悪くないと思えた。
ーーーーーーーーー
悪口を心の中で言ったらバレてしまい、甲羅を薬の材料にされそうになったとか
次回 人間らしい生活
「僕?まあそうだね、それに僕はラペーシュやネージュみたいに絶対の忠誠を誓っているわけじゃないし…でも沼地によりみんなといる方がずっと楽しいとは思ってる。ルクレツィア様のことも嫌いじゃないよ」
ルクレツィアとラペーシュが出かけている頃、お使いを頼んだ二人は薬の研究をしながら話をしていた。穏やかで争いごとを好まないロータスと、面倒ごとを嫌うネージュは気が合いよく二人で植物や鉱物など森の資源について話し待っていた。もちろん人間のように教育を受けたわけもない魔物ではあるが、ルクレツィアの豊富な知識と野生で培った知識、そして得た肉体で彼らは研究に没頭していた。
「そうじゃろうそうじゃろう。主を嫌いになることなんぞ出来んのじゃ!じゃが忠誠を誓った訳でもないのにどうして契約を結んだんじゃ?能力を買われ脅され…おっと間違った、勧誘されたルベラと同じか?」
「いや…僕の能力は多分関係ないよ。ルクレツィア様は僕のために【主従契約】を結んでくださったんだ」
まだ幼体と言っても体長5メートルはあった時、僕はこの世界に召喚された。
僕は魔素のある世界の生き物だったからこの世界に適応できたけど、他に召喚された生き物の中には魔素や魔力を含む食べ物は毒だったようで直ぐに死んでしまっていた。僕がいた世界は人間は存在せず、僕達…この世界で魔物と呼ばれる生き物は大自然の中伸び伸びと暮らしていた。
僕や他の魔物を召還した男は僕たちを檻の中に閉じ込めると、いろいろな実験を繰り返しそのたびに記録を取ってはどこかに報告しているようだった。実験は様々で怪しい薬や物理耐性の耐久調査なんてまだいい方だった。一番ひどかったのは複数の魔物を混ぜ新たな生物を作る【合成獣】の錬金術だった。肉体も魂も全てがグチャグチャに絡み合った姿を見ると震えが止まらない。もう思考も自我も混ざり合い生物とは言えない彼らを見ると人間が悪魔に見えて仕方がなかった。
『殺せ…殺してくれ…』
『アア…ア、ギギャギャギャギャギャッ!』
『苦しい…どうしてこんな目に…』
『アハハハハハハ』
部屋の中には沢山の魔物がいて、正気を保っているのは希少種と呼ばれていたものや初めて召喚に成功した種類の魔物達だけだった。ガシャンガシャンと檻を叩き叫んでいた魔物もその日の実験で大人しくなる。最悪実験に連れていかれ帰ってこないというのも珍しくなかった。
「クソっ実験は中止だ、投資を打ち切られた!」
ある日いつものように檻の中でジッとしていると苛立った様子の男がそういった。言葉の意味は分からなかったけどこれがこの生活の終わりを意味していることは分かった。男が目の前で殺されたからだ。
「かっ…な、なぜ…」
男はそういって動かなくなった。それを確認した人間たちはいくつか魔物の入った檻や資料を持ち去り、キメラや凶暴な魔物を殺していった。僕のような大きくて丈夫な魔物は殺せないと見たのか建物に火をつけ立ち去ってしまった。
燃え盛る炎と熱に包まれながらたった数か月の短く地獄のような永遠の日々を思い出す。
泣き叫んでいた魔物はもういない。血だまりを残しその体はピクリとも動かなくなっていた。
檻を壊そうと最後まであがいていた魔物はもういない。泡を吹きその眼は濁り二度と光を灯すことはない。
じゃあ僕は?
そう思った瞬間、死というものがとてつもなく恐ろしいものに感じた。嫌だ嫌だ死にたくない、あんなのになりたくない生きたい!
持てる力全てを使って何とか逃げ出した僕は、この魔物の森と呼ばれる場所にたどり着いた。
生きたい
その思いだけで僕は生き延び続けた。故郷…もう二度と帰ることのできないあの美しい自然豊かな世界に想いを馳せ、いつしかこの森の湿地帯の主と呼ばれるようになった。召喚されたあの日から気の遠くなるような年月が経ったというのに、そんなことを感慨深く思う暇もないほど僕は生きることに必死だった。慢心も油断もできない張り詰めた緊張を常に纏い、唯一池に咲く蓮の花を見ている時だけ心が休まった。
そんな変わらない日常を一転させる存在が現れたのは、死に怯え甲羅に閉じこもり生きていた僕への試練だったのだろうか。
『山かと思う程大きな亀ですね。これじゃあ竜宮城すら霞んでしまいます』
そう言って僕の背に乗り景色を見ていていたのはこの世で一番恐ろしい人間だった。僕は震える身体を甲羅に収め、諦めて人間が去るのをひたすら待った。だけどこの人間は僕に攻撃をするわけでもなく、ただ背の上で景色を見ながら僕に話しかけていた。
『この湿地帯は他とは趣が違いますね、貴方が管理しているんですか?蓮の花が沢山咲いていて圧巻ですね。貴方は一人でずっとここにいるんですか?甲羅に苔や草が生えまくって山みたいです』
ひたすら話しかけてくる人間の意図が測り兼ねた。それに人間の言葉が分かったのは初めてで内心驚いていた。脳内に直接話しかけてくる人間なんて初めてのことで、恐怖と驚愕で僕は動きを止めたまま甲羅に閉じ籠っていたままだった。
『今私ここの森の主たちと仲良くなっているんですよね。まあ一部強硬手段を取りましたが…それで四天王最後の貴方に会いに来たというわけです。と言ってもどんな性格か見に来ただけなんですけどね』
そういう人間はパシャンッと音がしたかと思うと先ほどより近くで水の音が聞こえた。水面を歩いているのかパチャパチャと水音をたてていた。
『そんなに私が怖いです?こんな人畜無害の善良な人間そうそう会えませんよ』
いや自分でそういう奴がその通りなわけないだろう。そう思いながら人間の様子を甲羅の中で窺っていた。そして自分でも気が付かないうちにこの人間の話に耳を傾けていた。
『私他の四天王の子たちと【主従契約】を結んでいるんです。なので貴方もいっそ結んでしまいましょう、大丈夫。赤信号みんなで渡れば怖くない!』
いや自分との契約が赤信号だと言っているのに気が付いていないのか?未だあったことのない他の主たちのことが心配になった。かといってこの人間をどうこう出来る程僕は強くない。ただ危険から身を守るこの一点に特化したことでここまで生き延びることが出来たからだ。
そうだ僕は生きたい。何があろうと死にたくない。強迫観念にも思える生への執着があの地獄の日々を思い出させ再燃する。
『そんなに殻に閉じこもって生きたいなら、私が貴方を守る甲羅になりましょう』
はっ!何を…言っている。何も知らず無責任に!たかが少し生きたくらいの人間風情が!
『その人間風情にビクビクと怯え、ただ腹を満たし眠り呼吸をするだけの生をこのまま一生続けますか?』
煩い煩い煩い!お前たちが!お前たち人間が僕たちを殺すんだろう!
『それはお相子でしょう?魔物も人もみな弱い者は淘汰され強いものが生き残るのですから。そして私は強い。貴方よりずっとずっと強くて勇敢です。殻に閉じこもり外を見ようともしない貴方よりずっと、私は自分の足で目で頭で世界を見て考え生きているのです。どうします?こんな私が貴方を庇護してあげるというのです。二度と現れないかもしれませんよそんなことを言う奇特な存在は』
自分の心が読まれていると気が付いた時には完全にこの小さな人間の話に飲み込まれていた。
『お前を信じて…裏切られないという証拠はどこにある…。人間んは脆く僕より早く死ぬじゃないか』
気が付けば僕はこの人間に話しかけていた。あれだけ恐ろしいと信じられないと思っていた人間に対して。
『私はそこらの人間ではなくその上位種の【魔人】です。貴方を置いて死ぬことも、並みの生物に負けることもありませんよ。あとは裏切りですか…そうですね、私結構執念深いんです。自分のモノだと決めたら手放すことなんてしませんし、そもそも手放すくらいの価値のモノは最初から手に入れようなんて思いません。
どうです?それくらい私は貴方が欲しい。その代わり私が貴方を守ってあげます。』
『意味が分からない。なぜ僕を手に入れようとするんだ…そんな価値…』
『価値なんて他人がいて初めて与えられるものなんですよ。だから自分の価値なんて自分で分かるはずないです。
私が貴方を欲しがる理由はそれを知らない貴方に存在価値を与えてあげよう、というちょっとした気まぐれによるものです。気分は飼育放棄された亀さんを拾って育てる感じです。嫌がってももう名前決めましたから』
そういう人間は僕に無理やり魔力を流し名を与えた
『ロータス』
傲慢で自分勝手な人間。でも与えられた生活は悪くないと思えた。
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悪口を心の中で言ったらバレてしまい、甲羅を薬の材料にされそうになったとか
次回 人間らしい生活
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