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第一章 無知な少女の成長記

従者の修行②

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ピスティスとラトレイアは光が収まり目を開くと、そこは精霊たちが住む【精霊界】だった。混乱しながらも先ほどゴルバチョフの話していた内容からおよそ三か月ここでみっちり修行を受けることになるのだろう。何度もルクレツィアと共に遊びに来ていたため知り合いも多いが、目の前にはその中でもよく話す黒髪の少女のような少年とその斜め後ろに二人の黒髪の男女が控えていた。


「エルドレッド様?」

「うん、久しぶり。と言っても君たちの世界ではそう時間は経っていないだろうけど…何だかよく分からないって顔してる。ゴルバチョフから話は聞いた?」

「えっと従者としてのスキルアップとだけ…もしかしてそちらのお二人が?」

「そう君たち二人の先生だよ。二人は闇の高位精霊ワルキューレとサリー」

「ご紹介賜りましたワルキューレと申します。この度侍従としての教育を任されました。必ずや最高の従者に育て上げて見せましょう。どうぞよろしく」

「同じく教育を任されましたサリーと申します。時間は沢山あるのです、私も全力を持ってお教えいたしますので完璧な侍女になれるよう共に頑張りましょうね」


二人はエルドレッドと同じ闇の精霊であり特徴である黒髪黒目の容姿で、長い手足のスタイルの良さを引き立てる従者の制服を着ていた。黒を基調としシャツの白さが際立つがそれが隙を見せないパリッとした印象を与え、その立ち姿勢から所作までが全て優雅であり見ただけで仕事ができることが分かる。ワルキューレは短く刈り上げた髪に爽やかな顔立ちをしている。サリーは後頭部の真ん中あたりでキッチリと髪をお団子にまとめ、顔立ちはクールな印象を受けるが笑顔でガラリと変わり親しみやすさが増す。

闇の精霊は多くが人間に興味を持ちその生活を観察したり中には溶け込み人として暮らすなどしている。中でもこの二人は従者という職業の人間に興味を持ち自分たちもやってみたいと挑戦し会得した変わり者であった。そして今回ルクレツィアが単独で修行する際、ついでにこれからも彼女の傍に付き添うことになる従者の二人も鍛えようと、ゴルバチョフと精霊女王の提案により集まったのだ。


「この二人は従者としての腕はもちろん教えるのも上手だからきっと君たちにとっていい経験になると思う。これからルーシーがどんな道を進むのかは分からない。ただどれも険しく辛い道を通ることになる。君たちがあの子を大切に思って支えたいと思っているなら、かなり厳しい修行だけど必ず役に立つはずだよ」

「はい!この機会を作ってくださりありがとうございます。ワルキューレ殿ご指導のほどよろしくお願いします」

「サリー様未熟者ですが精一杯頑張らせていただきます。これからよろしくお願いします。」


四人は笑みを浮かべ握手を交わしていたが、エルドレッドは安定の無表情の中に困ったような雰囲気でその様子を眺めていた。


――二人ともちゃんと分かってるのかな…修業期間が#人間界_・__#での三か月だってことに――


勿論そんなこと理解していないピスティスとラトレイアは、ルクレツィアのために完璧な傍仕えになるべく意気込んでいるのだった。









――その頃ルクレツィアは


「いい加減生肉生活はやめましょう。生活の目途が立って余裕が出てきましたしそろそろ食生活も人間らしいものを送りたいです。というか自分の女子力以前に人間力の枯渇に目を向けるべきです!」


独り言で宣言したルクレツィアは寝床としている洞窟の前に立ち発奮した。この数日魔物が入り込まないよう近づけばすぐに感知できるものと侵入を防ぐ用の結界を張り、結局魔人の肌を切り裂ける程のレベルはルクレツィア襲わないよう粛清したため結界はやめたりするなど住処のに明け暮れていた。また魔法や錬金術で寝具や衣服、家具などの一通り必要なものはそろえ、ようやくこの森での生活に慣れてきたのだった。ルクレツィアはとりあえず形から入ろうとこの日のために制作したエプロンを着て、亜空間から以前狩った魔物の肉と調理器具を取り出し魔術で火を起こしその動きを止めた。


「あ、食材お肉しか無い…」


ルクレツィアの挑戦は続く――









パシャンッ


ピスティスは穏やかな笑顔の中に冷めた紫の瞳を浮かべ、豪華な服を着た男の頭上でコーヒーの入ったカップを傾けた。部屋には静寂が流れ傍に控えていたラトレイアが滴るコーヒーの清掃にあたる。またそれを見ていたワルキューレは大きなため息をつき、サリーはラトレイアの動きをじっと見つめていた。


「はいラトレイア姿勢に気をつけすぎて作業を疎かにしないようにね」

「はぁ…私の教え方が悪いんですよね。ええ、ええ、貴方は悪くありません!まさかあそこで転び交渉相手にお茶をぶっかけるなんてこと…わざとなわけありませんしね。次からはもっと簡単に、頭ではなく体に叩き込んで差し上げましょう。毎度申し訳ありませんねカエサル、嫌な役ばかり…ナーシェも主人役お疲れ様です。」

「いえいえこの悪党感が楽しいので!それに毎回ピスティスが引っかかってキレてくれるのも面白いし、」

「私も好きでやっているのでお気になさらないでください。それにしても毎度この二人の上達には驚かされてしまいますね。次回も交渉の修行は私たちにお任せください!」


実は二人のためにワルキューレやサリーの他に様々な特技を持つ精霊が参加している。人間の営みに興味を持ち自身も化けて紛れ込む程の闇の精霊が何人も加わり、貴族や平民、商人や暗殺などあらゆる地位職業への演技、対応、知識を教わり実践での練習も行われているのだ。今回受けた実習「貴族と主の交渉での給仕」もその一つであり交渉役のカエサル、主人役のナーシェは起業家の貴族と契約している精霊である。

ピスティスとラトレイアにはこれから先ルクレツィアに仕えるにあたり、如何なる状況でも対応できるよう貴族から平民果ては奴隷などの地位、商人や農家などの職業、男女の所作に至るまであらゆるカリキュラムが組まれていた。ルクレツィアがどのような地位や職業についても傍で支えられるようにするためには貴族や商人などへ向けたマナーや立ち振る舞いだけでは足りないのだ。極端な話、農民として働いているルクレツィアの隣に綺麗な所作や口調の、いかにも従者という二人がいては目立ってしまい結果的に主人の邪魔になってしまう。その為そうならないようあらゆる人に擬態できるよう、気が遠くなるような量の訓練や暗記が二人に課せられているのだ。


「今日はここまで。あとで日誌の提出を、それでは自習に励んでくださいね」

「「はい、ご指導ありがとうございました」」





ピスティスとラトレイアは朝五時から始まる修行を終え自室に向かっていた。月明かりに照らされた長い外廊下には二人の他に影はない。建物は細部まで植物の意匠が施された柱と石造りの壁に施された装飾、それに絡まる植物以外装飾品のない建物は凋落的な印象を残しつつも自然の美しさが光る。この宮殿は自然豊かな精霊界の中で佇む人工物の内の一つであり、ルクレツィアが《精霊女王》クロエから与えられた建物の一つだった。


「はぁ…明日は薬師についての小テストか。あ、おいラトレイア、お前もう少しくらい愛想よくしろ、笑え。お陰で僕に過剰な愛想が求められたじゃないか。もう顔の筋肉が鍛えられ過ぎて頬がカッチカチだ。」


ピスティスは眉をひそめ両手の親指で頬をマッサージしながら隣を歩くラトレイアを睨んだ。基本無表情な妹は当然修行でも変わることは無くその全てを達者な口と目で語っていた。勿論初めは教育係であるサリーやピスティスを担当しているワルキューレも改善できるよう尽力した。今まで甘やかしまくりモチモチの頬を鍛えるために表情筋を鍛えようと、言語について学ぶついでに大きな口での発声練習や表情豊かな商人の交渉術などあらゆる修行の中で顔を使い続けたのだ。しかし結果は酷いものだった。美しい顔も相まってまるで無表情の人形劇に声優の熱演が無理やり合わせられたような光景が出来上がってしまったのは今修行の最大の悲劇といえるだろう。数日粘ってみたが教育係の二人も諦めピスティスとラトレイアは役割を分担することに決まった。


「交渉相手に腹を立てお茶を掛けちゃった短気で容量の悪いお兄ちゃ~ん、折角可愛い妹が悪役を演じてあげてるのに全てを台無しにしてくるから疲れちゃった~お兄ちゃん唯一の特技のお茶がのみたいよぉ~」

「可愛い妹?ははっ笑わせないでほしいな、このクソ生意気な妹に入れるお茶はないね。誰のせいで笑顔が張り付いたと思てんだ」

「例えラトの表情が豊かでも兄の愛想向上訓練は不可避だったと思うのです。あと昼間の優しい爽やかなとの差で多重人格を疑うのですけど」


そう分担された役割とは無表情の妹ラトレイアが裏でルクレツィアを守り、外面の良い兄ピスティスが表からルクレツィアを守るというものだった。特に主に近づくへの対策として有効で、油断を誘うピスティスの役と冷徹な印象を与えるラトレイアの役は脅しにも油断にも使える。

またルクレツィアと共に精霊界で魔法や剣術などを共に学んでいた二人は魔力制御が上達するにつれその姿を成長させることも可能になっていた。双子である彼らの顔は男女の差はあれどよく似た美しい顔立ちであり、華やかで光あふれるルクレツィアの美しさとは対照的な神秘性を持っていた。その為良くも悪くも印象に残りやすく変わりやすい。ラトレイアはその表情のなさが逆に何を考えているか分からない恐怖や冷たさだけでなく神秘性完璧主義な印象を与えている。逆に表情豊かで愛想の良いフリが可能なピスティスは自然と人の心を開き話を聞き出すことや助力を得ることが出来た。最も元の性格からかけ離れているため未だワルキューレからの指導が入っているが、どの地位でも職業でもこの役割は継続されている。


「ワルキューレ先生にも何度も怒られたのに…一体いつになったら学習するのです我が兄は?」

「煩いな、主人を馬鹿にされて黙っていられるか。それにあの交渉相手役はだ。だからワルキューレ先生も嫌味だけで済んだんだ」


ラトレイアは隙のない完璧さを求められ、本人の性格や器用さ、要領の良さで膨大な量の課題をこなしていた。剣や魔法などの主の護衛や策略、隠密などの他に、ピスティス以上の所作や言葉遣い、結果の完成度が必要とされた。逆にピスティスは社交性、人心掌握などと共に、巧みな話術や相手の性格などを把握するための観察眼、確かな価値を見出すための審美眼などが求められた。勿論ある程度お互いに求められるものだがその実力は雲泥の差がある。ラトレイアは親しい間柄でしか分からない程度に眉をひそめ隣を歩く片割れを見つめた。


「ハズレ…今日のカエサル様は相当難易度が高い話術と完璧な所作や身嗜みだったはずなのです。正直兄をからかってはみましたがラトには判断が付かなかったのです。あの交渉人のどこに害があると気づいたのです?」

「……勘」

「はぁ?ラトは真面目に聞いているのですけど?」

「やれやれ優秀な妹を持つと兄のメンツを保つのに大変なんだよ。それに適材適所なんだからこういうのは僕に全部任せてくれていいんだよ。可愛い妹は分かってくれるね?じゃ今日もお疲れ。」


ピスティスはわざとらしく頬を膨らましジト目で睨む妹を芝居がかった口調で窘めた。納得していない様子のラトレイアを尻目に長い廊下のを進み辿り着いた自室の部屋を開けた。隣室であるラトレイアはその扉に手をかけ爽やかな笑顔を浮かべ部屋に入っていった兄に悪態をついた。


「うへぇ、何度見ても兄の爽やかな笑顔には鳥肌立つのです。メンツ…適材適所…はぁ、考えてもラトには裏を読むのは難しいのです」


そう言って自室のドアを閉めた。



















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だいたい人間界での一日が精霊界の一年のため、彼らの修行は約90年あります。

次回 従者の修行③
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