Sランク冒険者はお姫様!?今さら淑女になんてなれません!

氷菓

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第二章 破滅の赤

少年の独白

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コーラル=バハルカンズ

それが何も持たずこの世界に生まれ落ちた俺に与えられた仕事であり存在意義だ。大陸の極西に位置する小国イデアーレ王国の何人目かの王子様、信仰の対象である太陽神に愛された赤を持つ子供、文武両道・品行方正でいつも穏やかな笑みを絶やさない世の完璧を体現したような存在。民の期待を背負いこれからのイデアーレ王国を背負うにふさわしい才気あふれる未来の王と同じく神に愛された赤の妃は、互いを深く愛し合い国に更なる発展をもたらすのだ。







は?何それスッゲー気色悪ぃ

王になるべくして生まれた存在?民の期待?知るか勝手にやってろ、俺を巻き込むな。

むしろ居もしねぇ神にへばりつく奴らなんか滅んでしまえ。








元々俺はこの国の闇で育った孤児だった。唯一心を許せる家族である病弱な兄と母を守るため、気が付いた時には人の物を盗み・騙し暴力や人の死は当たり前の世界で立っていた。そんな危険な場所は国の中枢のすぐ傍に位置しているのだからこの国の王は救いようがない愚王なのだと子どもながらに感じていた。

表向き王都へ入るための門の周辺は真っ当な人間が暮らす街だが、一歩先では力がものをいう世界が広がり荒れ果てている。民を守る騎士は壁への警備や検問と身なりの整った…日のもとを歩く平民だけを守り、その周りに住むいかにも貧民だと分かるような人間には悪魔のような存在だ。大半が無頼漢という治安の悪い街で配属される騎士はそれを抑えるだけあって決して優しい人間ではなかった。貧民は即犯罪者とみなされ謂われない罪で鞭打ちは当たり前、俺と一緒に一本のパンを盗んで捕まったらしい年上の子供はその後二度と顔を見ることは無った。でも感傷に浸るまでもなくそれが当たり前。自分と家族が飢え死ぬのを待つか、パンを盗むか、財布をスるか。そんな選択肢すら考えることなんてしたことは無かった。あーでも泣いて謝る母を見るのは辛くはあった…かな。

王都を囲む高い塀はその昔国内が荒れていた頃に果たしていたらしい役目を放棄し、今では守るはずの民を差別する象徴として聳え立っている。近くでは城を見ることすら出来ない壁は俺たちが日陰の存在なのだと戒めるかのように太陽の熱を隠すのだ。そして広げることも出来ない限りある土地は国の中枢であるからこその賑わいをみせ、同時にその限定された住居・住民が特別なのだと知らしめていた。地方から夢を見て故郷を離れた者や貧しい村々から一念発起し新天地を求めた者、そんな彼らが逝きつく地獄がここ壁外だった。

土地が人口に対して圧倒的に狭く住む家すら滅多に開いていない王都。そんな情報を知りえない地方民はまず住処を得ることすら出来ず、そういった者たちが作った壁外のあばら家が集合しいつしか巨大なスラムとなりこの国の悪の温床となり果てた。初めから全員が悪人だったというわけではない。安全に飲める水すら貴重な環境で身体を壊した者や故郷に帰る資金がなく留まるしかなかった者たちが、已むに已まれず手を染めそこに目を付けた悪人に食い物にされ完全にスラムの住人となり果てていた。


そんな存在だったただの孤児を誰が【太陽神の愛し子】だと思うのだろう。


母は常に俺と寝台から出ることのない兄にすら黒い染料を髪に塗り何があっても顔、特に瞳を誰にも見せてはいけないと言い聞かせていた。外に出る時は暑くても帽子を深くかぶるよう鬼気迫る勢いで約束されたのをよく覚えている。外の危険性を嫌という程理解していた俺はそういうものかと反抗する気もなく従っていた。そもそも飲み水すら貴重な状況で、髪を洗うことは無く本来の自身の髪の色が赤だということは知っていたがそれを気にすることは無かった。また鏡のないあばら家で瞳の色や顔をみる方法は、水面に映る自身か双子でそっくりだと母に言われている兄越しでしか知りえなかった。スラムという環境のせいか自身を客観的に見ることがなかったからか、俺は特に自分と兄の色彩と容姿に疑問を持つことなく生きていた。

だがその生活も母の死から徐々に変化していった。

病がちだった母は温暖なこの国で珍しいほど寒い冬、突然別れの言葉一つもなくこの世を去ったのだ。

いつものように出かけ帰ってきた家では、寝台で眠る母と傍で泣きじゃくる兄が俺を迎えていた。

『母さんが息をしてない』

突然の出来事に呆然と立ち尽くす少年とその事実を年の割にやけに達観した自分がいることを自覚したのはこの頃だろうか。母という世界の中心を失った子供がそれを冷静に受け止め、兄のように泣くわけでも看取ってやれなかったと後悔するわけでもなく、ふと思ったのは

――遺体どうしよ、墓地って勝手に埋葬していいんだっけ――

という現実的でどうしようもなく心が冷めきっている悩みだったのだ。母は俺たちを女手一つでこのスラムという環境の中育ててくれた。文字の読み書きや計算、食事のマナーなど生活に必要のない事でもいつか役に立つ日が来るかもしれないからと教えてくれた。感謝すべき母・愛すべき母。だから生まれつき体の弱かった兄に続き体を壊した母の世話だって苦ではなかったし…そう考えて自分がそもそも何の感情もなく行動していたことに気が付いた。

それからの日々は母が死ぬ前と変わらないようで、でもどこか違う世界のように見えた。俺の力になれないと病弱な体を憎む兄の謝罪を聞き、心にもないくせに「気にしないで」と笑う。その笑顔も家の扉を閉めた瞬間ストンと抜け落ち、同じような暗い目をした浮浪児たちと街を歩く。そうして母を失った冷たい冬を超え、いつしか俺は大人にも恐れられるほどの力と知略でスラムでも名の知れた人間になっていた。たかが生まれて数年の子供とは思えないことは自分でもわかる程に身体能力や思考は優れ、果ては何故か使える魔法までが俺には使えていた。

この頃には母に言い聞かせられていた髪色を誤魔化すための染粉も底をつき、ただフードや帽子を深くかぶり瞳と共に隠す程度だった。そんな俺がどうして【太陽神の愛し子】としてここにいるのか…






しかしそんな深く沈んだ思考も、心配そうに俺の名前を呼ぶ声で浮上する。


「コニー?さっきから紅茶を眺めてどうし…あっ、もしかして反射した自分の顔を眺めてたの?ごめんなさい気が利かなくって!安心して!次からは…」

「お前は俺をなんだと思っているんだ?そんな生意気な口を利くならもう街についていかないぞ」

「え、あ、ごめんなさい、私が悪かったです。最後に残ったクッキー譲るので許してください」

「いやそれ元々俺の皿にあったのだし」


俺は芝居がかった動きで揶揄ってきた婚約者のカップに角砂糖を容赦なく大量に入れてやった。インジーはそれを混ぜると何食わぬ顔で口につけ、嬉しそうに頬を緩ませた。本当に気安い関係になったからか隠すことなく自分の欲求に素直になってきた気がするな…。相変わらずコイツの味覚は狂ってやがる。カップの中の液体に砂糖が飽和されようが構わず飲み干す様を見るたび、俺は甘い物が苦手になっていくんだがな。この幸せですって顔を見るとつい甘味を与えてしまう。

もはやお茶を楽しむ場として固定となりつつあるバーグマン家の温室は、広大な敷地の中でも屋敷から遠く木々に隠れたところに位置している。それほど広いわけでもなく帝国の魔道具により警備も万全のためか、人目を気にせずある程度自由に出来るところが気に入っている。小さなテーブルのためお互いの距離が近く、この生意気な婚約者とのお茶も中々美味い。


「それで?また冒険を続けるのか?」


インジーはいくら理由を聞いても口を割らないが、やたらと街に行きたがる。それもただの平民として街を探索することに執着し、路地や人通りの少ない道にまで興味を持ってしまうから目が離せない。いくら王都といえども危険はどこにだってあるんだが、魔法を過信しているせいか警戒心が低すぎる気がするんだよな。それも俺が5歳を迎え魔法がに解放されてからはより顕著になった気がする。


「もちろん。だからコニーだけで街に行かないでよ?」

「そもそも俺はインジーに付いて行っているだけだから街に用事はないし行かねぇよ。マナー無視して人の皿に乗ったマフィン食うような食いしん坊と違って、俺は忙しいんでね」

「むっ…そ、それはコニーが食べないからでしょ!?それに貴方以外の前じゃこんなことしないわよ」

「ハイハイ食い過ぎて樽みたいになったら俺が転がして移動してやるから安心しろよ」


正直こいつが何を考えているのかさっぱりだが、それでもまぁ楽しいと思えるから付いて行ってやる。それに俺らが自由に出来る時間も残り少ない。それまでこの我儘な婚約者を傍でからかうのもいいなと思えるから笑ってしまう。


「ほら拗ねてないで魔法の練習すんぞ」

「ふんっその余裕ぶった顔、今に泣かせてやるわ」

「どこからその自信が来るんだよバーカ」






なんでだろうなお前の前でだけ俺はちゃんと笑えているんだ























ーーーーーーーーーーーーーーー
ヒーローに闇はつきものです

次回 牢屋で暴露   
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