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第一章 無知な少女の成長記
嘘はいけないことですか
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――温かい……それに何だか包まれているみたいな声…誰?――
長い金の睫毛が震え紫の宝石のような瞳がゆっくりと姿を現した。息をのむ程に美しい少女はサラサラと絹のように美しいセミロングの金髪を揺らし起き上がった。ぼんやりと覚醒しきっていない寝ぼけ眼で周囲を見渡すと、そこは一面植物で埋め尽くされ湖面に浮かぶ神殿があった。深い森とは思えないほど日の光を浴びきらきらと輝く空間は幻想的で非現実的で神聖な印象を与えていた。
少女が目を覚ましたことに喜び、そしてその様子を心配そうに見つめている大勢の動物と翅の生えた小さな人が、少女の周りを囲っていた。少女はぼんやりとしていた瞳のままキョトンと目を瞬かせ首を傾げた。すると様子を伺っていた動物と小さな人も首を傾げパチパチと瞬きをした。
「ふふふっ貴方達何をしているの?とっても可愛いわよそれ、ふふっ」
―― あ…この声 ――
突然背後から声がし、神殿から美しい女性が現れた。その声は先ほど微睡の中で聞こえた歌と同じ、スッと意味に馴染む優し気な声色で母のような安心させる包容力のある声だった。
顔の中央で分け腰まで伸び波打つ虹色の髪に、角度によって色が変わる虹色の瞳は垂れ優し気な印象を与える。古代ギリシアのキトンのような純白の衣を纏い細かな衣装の黄金の装飾を見つけ、その背には大きな翅があった。キラキラと輝く虹色の翅は閉じてはいるがとても大きく、飾りではない彼女の一部であることがわかりそれが人とは異なることを記していた。
その優しげな雰囲気と慈愛の瞳に警戒心を抱くことはなく、周囲にいた動物と小さな人の様子から彼らに慕われているのだろう。「女王様!」と嬉しそうな笑顔で囲まれ穏やかな笑顔で答える光景は母と子のような関係を彷彿とさせ、少女はただそれを見ていることしかできなかった。
母と子の愛情あふれる映画の一場面のような美しい様子に少女は何故か心が冷えていくのを感じた。体が重く愛想笑いもままならない身体の目を落とし空気と化した。
―― もう帰りたい……でもどこに? ――
少女は感情のない紫の瞳でただ空虚な自身を見つめていた。
「あの子はワシの孫娘じゃよ」
ゴルバチョフは向かい合う《エクスカリバー》の紫の瞳を、感情のない瞳で見つめ言い放った。夕日の差し込める午後4時の薬剤室には、紫の瞳に長く伸びた白銀の髪と髭を蓄えた老翁と全く同じ色彩を持つ少年がいた。いつもは精霊や妖精の賑やかな歌い声や笑い声が飛び交う部屋も、今この場にその気配はなく静寂が二人を包んでいた。
「はっ…はは…それじゃ偶然孫娘が誘拐されてお前のいるこんな森まで来たっていうのか?ふざけるなっお前が攫うよう仕向けたんだろっ!?気付いていないようだったがアレは番にあったそうじゃないか!それなのに引き離された先でお前に拾われるなんて話を聞いたときは出来過ぎて笑えたよっ。番を見つけるのはお前の十八番だもんなゴルバチョフ。今さら子が惜しくなったのか?息子に自分の尻拭いをさせて挙句の果てにその娘まで…?。冗談も大概にしないと僕がその短くした人生を終わらせるぞっ」
《エクスカリバー》は嘲笑しゴルバチョフを軽蔑の眼差しで睨んだかと思うと、拳を握りしめたまま端整な顔を歪ませ声を荒げた。ゴルバチョフは感情の読み取れない笑みを浮かべそれをただ聞いていた。
「アイツは余程お前を信頼しているみたいだな?文句を言いながらもお前に構ってもらえることが嬉しいと、期待に応えたいんだとよく聞かされたよ。」
《お前毎日毎日ボロボロになるまで修行して嫌にならないのか?赤の他人なんだろ、嫌いになっても不思議じゃない。どうしてお前はそこまでするんだ。》
いつものように書庫で読書をしていると《エクスカリバー》は疑問を口にした。本を探していたルクレツィアはそれを不思議そうな顔で見つめると「うーん」と悩む素振りで腕を組んだ。
「そうですねぇ、元々私は師匠に拾われた孤児だという話はしましたよね?師匠は自分の技を残すために弟子を探していて、そこに魔力が多く自分ひとりじゃ生きていけなかった私と利害が一致したというのがきっかけです。
私、前世の記憶を持っていて子供なのに子供じゃなくて…色々ちぐはぐなんですよ。」
そういってルクレツィアは眉を下げながら困ったように笑った。それは出会った頃から感じていた《エクスカリバー》の違和感を納得させるには十分な答えであった。
この世界にはルクレツィアのように《前世》と呼ばれる別の生き物や人生の記憶を持つものが稀に生まれ、彼らは多かれ少なかれこの世界に影響を及ぼしていた。人格そのものが引きずられるものや、一つの物事や感覚のみ覚えているもの、ルクレツィアのように人生が知識として知っているものなど様々ではあるが希少な存在であることには変わりない。
しかし幼いルクレツィアにその過剰な知識は精神の発育に大きな影響を与えていると共に、本来経験するはずの子供らしい我儘や親の愛情がないことに対する寂しさを我慢する大人びた聞き分けのいい子供になっていた。ころころと表情の変わる愛らしい子、諦めず努力する子、子供らしく人の機嫌を損なわない程度の不満や愚痴、受け手が喜ぶ笑顔と仕草。その全てが家族の愛を知識として知ってるルクレツィアの孤独な心を守っていた。
子供とは自分ひとりでは生きていくことが出来ないゆえに、周囲の感情を敏感に反応する。愛を知りそれがない状況に絶望し、再び得た愛に依存することは自然な流れだったのだろう。本当はゴルバチョフの優しさがただそれだけでないことも、自身から魔人になりたいと言い出すよう仕向けられていたことも知っていた。難易度の高い内容の本が入り口付近に集まり自然と自身の身体について知るよう仕向け、その後の食事や夢なども形は心配や配慮のように感じるが同時にわざとルクレツィアの苦痛になるものにしていることも気づいていた。
しかしルクレツィアにはそれは自分を強くしようという愛情ゆえの行為だとわかっていた。
「親のいない私にとって師匠は世界の全て親と同じなんです。育ててくれたことも、赤の他人にここまで愛情を注いでくれるのも、一人で生きていけるよう厳しいこともしてくれるのも、全部全部感謝してもしきれないほどの大恩があるんです。だからそんな師匠のことを嫌いになるわけないじゃないですか。あ、でもなんだこのくそ爺と思ったことはありますけどね。」
《……それが計算の内でも、打算有りきの優しさだとしてもお前はアイツを慕うのですか?》
「ふふっ二人とも何時にも増して饒舌ですね?私のこと心配してくれているんです?いてっ!もーつつかないで下さい図星だと言っているようなものですよ。」
《エクスカリバー》はソファーに座るルクレツィアの腕を柄でつついた。ルクレツィアは書庫にあるソファーの上に座った状態で、見つけた歴史書の背を撫でた。
「まぁこの気持ちを理解してほしいなんて言いませんよ。ただ…魔人になると決めた時、師匠は確かに悲しんだんです。申し訳なさそうに、私が辛い道に進むことを後悔するような目を誤魔化すように笑ったんです。魔人になった時、もういいよってくらい喜んだのも、辛い食事や呪いをかける時に感情を殺していたのも、ご飯が不味いって言って一緒に料理してくれたのも、褒めてくれる時頭を優しく撫でてくれるのも、名前を読んだら優しい目で振り向いてくれるのも……それで…十分です。
例え打算まみれでも、無償の愛じゃなくても、この名をくれたあの人が私の親です。だから愛される私であるために努力しているんですよ。」
「はは…本当に滑稽だな。あれほど愛情に飢えたやつに慕われたお前がアイツから両親を奪った犯人だなんてな」
《エクスカリバー》は得意げに本を掲げるルクレツィアの笑顔が頭から離れなかった。
『本心を隠すには感情を殺した笑顔じゃなく、心まで偽った演技が一番なんですよ』
そう声が聞こえた気がした彼女は、何も知らない者が見れば全身から幸せいっぱいだという笑顔だっただろう。
しかし《エクスカリバー》には泣きじゃくる幼い少女の精一杯の虚勢に思えたのだった。
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明るい話を書きます(大嘘)
次回 無償の愛
長い金の睫毛が震え紫の宝石のような瞳がゆっくりと姿を現した。息をのむ程に美しい少女はサラサラと絹のように美しいセミロングの金髪を揺らし起き上がった。ぼんやりと覚醒しきっていない寝ぼけ眼で周囲を見渡すと、そこは一面植物で埋め尽くされ湖面に浮かぶ神殿があった。深い森とは思えないほど日の光を浴びきらきらと輝く空間は幻想的で非現実的で神聖な印象を与えていた。
少女が目を覚ましたことに喜び、そしてその様子を心配そうに見つめている大勢の動物と翅の生えた小さな人が、少女の周りを囲っていた。少女はぼんやりとしていた瞳のままキョトンと目を瞬かせ首を傾げた。すると様子を伺っていた動物と小さな人も首を傾げパチパチと瞬きをした。
「ふふふっ貴方達何をしているの?とっても可愛いわよそれ、ふふっ」
―― あ…この声 ――
突然背後から声がし、神殿から美しい女性が現れた。その声は先ほど微睡の中で聞こえた歌と同じ、スッと意味に馴染む優し気な声色で母のような安心させる包容力のある声だった。
顔の中央で分け腰まで伸び波打つ虹色の髪に、角度によって色が変わる虹色の瞳は垂れ優し気な印象を与える。古代ギリシアのキトンのような純白の衣を纏い細かな衣装の黄金の装飾を見つけ、その背には大きな翅があった。キラキラと輝く虹色の翅は閉じてはいるがとても大きく、飾りではない彼女の一部であることがわかりそれが人とは異なることを記していた。
その優しげな雰囲気と慈愛の瞳に警戒心を抱くことはなく、周囲にいた動物と小さな人の様子から彼らに慕われているのだろう。「女王様!」と嬉しそうな笑顔で囲まれ穏やかな笑顔で答える光景は母と子のような関係を彷彿とさせ、少女はただそれを見ていることしかできなかった。
母と子の愛情あふれる映画の一場面のような美しい様子に少女は何故か心が冷えていくのを感じた。体が重く愛想笑いもままならない身体の目を落とし空気と化した。
―― もう帰りたい……でもどこに? ――
少女は感情のない紫の瞳でただ空虚な自身を見つめていた。
「あの子はワシの孫娘じゃよ」
ゴルバチョフは向かい合う《エクスカリバー》の紫の瞳を、感情のない瞳で見つめ言い放った。夕日の差し込める午後4時の薬剤室には、紫の瞳に長く伸びた白銀の髪と髭を蓄えた老翁と全く同じ色彩を持つ少年がいた。いつもは精霊や妖精の賑やかな歌い声や笑い声が飛び交う部屋も、今この場にその気配はなく静寂が二人を包んでいた。
「はっ…はは…それじゃ偶然孫娘が誘拐されてお前のいるこんな森まで来たっていうのか?ふざけるなっお前が攫うよう仕向けたんだろっ!?気付いていないようだったがアレは番にあったそうじゃないか!それなのに引き離された先でお前に拾われるなんて話を聞いたときは出来過ぎて笑えたよっ。番を見つけるのはお前の十八番だもんなゴルバチョフ。今さら子が惜しくなったのか?息子に自分の尻拭いをさせて挙句の果てにその娘まで…?。冗談も大概にしないと僕がその短くした人生を終わらせるぞっ」
《エクスカリバー》は嘲笑しゴルバチョフを軽蔑の眼差しで睨んだかと思うと、拳を握りしめたまま端整な顔を歪ませ声を荒げた。ゴルバチョフは感情の読み取れない笑みを浮かべそれをただ聞いていた。
「アイツは余程お前を信頼しているみたいだな?文句を言いながらもお前に構ってもらえることが嬉しいと、期待に応えたいんだとよく聞かされたよ。」
《お前毎日毎日ボロボロになるまで修行して嫌にならないのか?赤の他人なんだろ、嫌いになっても不思議じゃない。どうしてお前はそこまでするんだ。》
いつものように書庫で読書をしていると《エクスカリバー》は疑問を口にした。本を探していたルクレツィアはそれを不思議そうな顔で見つめると「うーん」と悩む素振りで腕を組んだ。
「そうですねぇ、元々私は師匠に拾われた孤児だという話はしましたよね?師匠は自分の技を残すために弟子を探していて、そこに魔力が多く自分ひとりじゃ生きていけなかった私と利害が一致したというのがきっかけです。
私、前世の記憶を持っていて子供なのに子供じゃなくて…色々ちぐはぐなんですよ。」
そういってルクレツィアは眉を下げながら困ったように笑った。それは出会った頃から感じていた《エクスカリバー》の違和感を納得させるには十分な答えであった。
この世界にはルクレツィアのように《前世》と呼ばれる別の生き物や人生の記憶を持つものが稀に生まれ、彼らは多かれ少なかれこの世界に影響を及ぼしていた。人格そのものが引きずられるものや、一つの物事や感覚のみ覚えているもの、ルクレツィアのように人生が知識として知っているものなど様々ではあるが希少な存在であることには変わりない。
しかし幼いルクレツィアにその過剰な知識は精神の発育に大きな影響を与えていると共に、本来経験するはずの子供らしい我儘や親の愛情がないことに対する寂しさを我慢する大人びた聞き分けのいい子供になっていた。ころころと表情の変わる愛らしい子、諦めず努力する子、子供らしく人の機嫌を損なわない程度の不満や愚痴、受け手が喜ぶ笑顔と仕草。その全てが家族の愛を知識として知ってるルクレツィアの孤独な心を守っていた。
子供とは自分ひとりでは生きていくことが出来ないゆえに、周囲の感情を敏感に反応する。愛を知りそれがない状況に絶望し、再び得た愛に依存することは自然な流れだったのだろう。本当はゴルバチョフの優しさがただそれだけでないことも、自身から魔人になりたいと言い出すよう仕向けられていたことも知っていた。難易度の高い内容の本が入り口付近に集まり自然と自身の身体について知るよう仕向け、その後の食事や夢なども形は心配や配慮のように感じるが同時にわざとルクレツィアの苦痛になるものにしていることも気づいていた。
しかしルクレツィアにはそれは自分を強くしようという愛情ゆえの行為だとわかっていた。
「親のいない私にとって師匠は世界の全て親と同じなんです。育ててくれたことも、赤の他人にここまで愛情を注いでくれるのも、一人で生きていけるよう厳しいこともしてくれるのも、全部全部感謝してもしきれないほどの大恩があるんです。だからそんな師匠のことを嫌いになるわけないじゃないですか。あ、でもなんだこのくそ爺と思ったことはありますけどね。」
《……それが計算の内でも、打算有りきの優しさだとしてもお前はアイツを慕うのですか?》
「ふふっ二人とも何時にも増して饒舌ですね?私のこと心配してくれているんです?いてっ!もーつつかないで下さい図星だと言っているようなものですよ。」
《エクスカリバー》はソファーに座るルクレツィアの腕を柄でつついた。ルクレツィアは書庫にあるソファーの上に座った状態で、見つけた歴史書の背を撫でた。
「まぁこの気持ちを理解してほしいなんて言いませんよ。ただ…魔人になると決めた時、師匠は確かに悲しんだんです。申し訳なさそうに、私が辛い道に進むことを後悔するような目を誤魔化すように笑ったんです。魔人になった時、もういいよってくらい喜んだのも、辛い食事や呪いをかける時に感情を殺していたのも、ご飯が不味いって言って一緒に料理してくれたのも、褒めてくれる時頭を優しく撫でてくれるのも、名前を読んだら優しい目で振り向いてくれるのも……それで…十分です。
例え打算まみれでも、無償の愛じゃなくても、この名をくれたあの人が私の親です。だから愛される私であるために努力しているんですよ。」
「はは…本当に滑稽だな。あれほど愛情に飢えたやつに慕われたお前がアイツから両親を奪った犯人だなんてな」
《エクスカリバー》は得意げに本を掲げるルクレツィアの笑顔が頭から離れなかった。
『本心を隠すには感情を殺した笑顔じゃなく、心まで偽った演技が一番なんですよ』
そう声が聞こえた気がした彼女は、何も知らない者が見れば全身から幸せいっぱいだという笑顔だっただろう。
しかし《エクスカリバー》には泣きじゃくる幼い少女の精一杯の虚勢に思えたのだった。
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明るい話を書きます(大嘘)
次回 無償の愛
応援ありがとうございます!
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