狐の胃をかる虎物語

馬東 糸

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【桜粥】

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 朝一番に鬼ケ原先輩の部屋へ向かった。途中、彼女が歩いているのが見えたので一緒に行くことにした。部屋に入ると昨日と同じように机の上に置いた椅子に座っている姿である。
「お、来たかね。どうだったかな、灯無蕎麦の味は? どうやら狐様も満足したみたと見受けられるな」
 煙管をひと吸いして、煙越しに話しかられる。
「どうだったじゃないですよ。危うく食べられそうになりましたよ。彼女なんて捕まったんですから」
 隣で彼女がこくりこくりと頷いた。
「何を今更。彼等も妖なのだから君らが出向いて行って危険じゃないはすがなかろう。あの狸の爺さんは優しい方さ」
「でも、彼女の尻尾が光ることを知ってたんじゃないですか」
「失礼な、知ってて言わなかったのではないぞ。おおよそ予測はついていたが言わなかっただけだ。そこには空と海ほどの大きな差がある」
「詭弁だ」
 そう言い合いをしていると、隣にいた彼女が口を開いた。
「それでも、助けて頂いてありがとうございました。先輩ですよね、あの最後の灯りは」
 紫煙を吐き出して、先輩は窓から外を見た。
「どうかな。一応、私は無干渉の立場であるからな」
 私と彼女は目を合わせて静かに笑った。
「まあ、土産が無かったのは残念だったが、取り敢えず一件落着と見ていいのだろう。貴君らはこの後はどうするのだ」
「特に何も予定は無いですよ。講義も今日は一限からではないので」
「私も同じです」
「そうであるならばどこかで朝食でも食べてくるといい。因みに、私は大学の九号棟にある秘密食堂をお勧めするぞ」
「秘密食堂? そんなものがあるんですか」
「まあ、兎に角行ってみれば分かるさ。さあ、万事解決、未来は明るいぞ若者たちよ」
 そう言って強引に部屋から追い出されてしまった。
「どうします? さっきの秘密食堂って所に行ってみますか?」
 その時、彼女のお腹が大きく鳴った。
 耳まで赤くなった彼女はこくりと大きく頷いた。

 ✴︎ ✴︎ ✴︎

 まだ、大学の何処に何があるのか全くと言って良いほど把握が出来ていないため、取り敢えず構内の案内を見ることにした。
 見てみると、一から八号棟まではあるが何処にも九号棟の表示はなかった。
「九号棟って言ってましたよね?」
「はい、確かにそう仰っていたと思います」
 二人で隅から隅まで見てみたが、やはり見つけることは出来なかった。
「職員棟へ行って聞いてみましょうか」
 そう言って私たちは職員棟まで歩いた。中庭を抜けて先輩のいる棟とは逆側の奥まったところにある建物だ。
 中へ入ると、受付があって奥では職員が事務を行っていた。受付に近づくと、一番近い席に座っていた女性が立ち上がった。
「どうかされましたか?」
 まだ若い職員だった。
「あの、九号棟ってありますか?」
「へ、九号棟ですか? 少々お待ちください」
 気の抜けた返答があった後、女性は奥へと入っていった。上司とみられる年配の男性職員へ聞きに行っているようである。
 話を聞いた年配の職員をこちらを見て、立ち上がって窓口へ出てきた。
「すみませんね、九号棟の件ですよね。あるにはあるんですが、無いには無いんですよ。まあ、ここら辺に行ってみると良いかもしれませんね」
 そう言って男性職員は地図を開いて、胸ポケットにあったペンで印をつけた。なんとも釈然としない回答に疑問が残った。
 私達はお礼を言って、外へ出た。
 そこは構内を一度出て、少し歩いたところにある飛び地のような場所であった。
 行ってみると立派な門があり、札には確かに九号と薄っすらと読める墨字が書いてあった。
 門をくぐると、両側には竹林があった。よく手入れがされており、砂利道も整備されていた。
 道なりに歩いてみると、一つの屋敷のような建物が現れた。
「この家のようなものがもしかして九号棟なのでしょうか?」
「でしょうね、想像していたものとは大分違いますが。入ってみましょうか」
 がらがらと音を立てて玄関へ入った。すると、中からふんわりと食欲を駆り立てる匂いがした。
 玄関に立って様子を見ていると、ひょこりと同い年程の女性が顔を出した。
「いらっしゃい! 入って入って! 靴はそこの下駄箱へ!」
 慌ただしく、奥へと消えていった。
 私達は言われるがまま靴を入れて、奥へと入った。
 そこは壁を抜いたかのような広間になっており、畳の上にちゃぶ台が所狭しと並んでいた。また、朝食を食べている学生と思われる人達でごった返していた。
「そっち! どうぞ!」
 先程の女性がちゃぶ台を縫うようにお盆を運びながら、指差した。私達はその空いている所へ座った。
 坪庭が見える席で、朝の光を一身に受けた緑が鮮やかであった。
「不思議ですね、食べている人もおそらく従業員の人も学生だと思われます。学生の自主的な食堂なのでしょうか」
 彼女は奥まった場所の調理場を覗き込むようにして言った。
「お待ちどう!」
 先程の明るい声とともに、お盆が置かれた。
「桜粥だよ! 普通桜粥っていうと小豆だけど、うちは本当の桜を塩漬けしたものだからね、召し上がれ!」
 見ると、椀に真っ白なお粥がたっぷりと注がれており、その上に桜が乗っていた。薄っすらと桜色がお粥に滲んでおり、質素だけれど華やかな風合いであった。
「綺麗ですね」
「ですね、それにこの自家製と思われるお漬物も嬉しいところです」
 私達はそうして竹林に囲まれた屋敷で、お粥を食べた。
 食べ終わる頃には学生達は一限に間に合うようにさっと居なくなり、ひと段落したようだった。
「どう? 美味しいでしょ」
 相変わらず気さくで、明るい女性である。
「はい、とても美味しかったです。ご馳走さまでした」
 彼女は頭を下げた。
「そんな大したことはないけどさ、伝統だからね」
「ここは一体何なのでしょうか?」
「あれ、君たち新入生? どうりで見ない顔だと思ったよ! ここはもともと大学創立の際に学生自治を求めて戦っていた人達の集会所だったんだよ。それを今は学生の学生による学生のための食堂と化してるわけ。大学側は認めてないけどね」
 成る程と二人で目を見合わせた。
「じゃあ、また良かったら来てよ!」
 そう言ってまた忙しなく片付けに入った。
 私達は会計を済ませて外へ出た。
 お腹も満ちて、眠気が出てきそうだった。このまま講義を受けると、確実に深い眠りについてしまうなと悩んでいた時、彼女が声をかけてきた。
「良ければ、講義までの時間少し歩きませんか。眠くなってしまいそうで」
 私は嬉しくなり、勿論と答えて竹林の中を歩いて行った。
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