シガレット&デビル

白藤桜空

文字の大きさ
4 / 9

友達

しおりを挟む
 ベンチに座ってからのKは餌付けされて懐柔された猫のようによく話した。
 芥川の作品全般の面白さはもちろん、自身のアーティスト名にまでしている『煙草と悪魔』のどこが素晴らしいのかまでつぶさに語る。麻由香も詳しくないと言っていたものの、一般的な書店に並んでいるような作品は網羅していたため、Kの熱量程ではないが会話にはついていって的確な相槌を打っている。
 あまりの話しやすさにKは驚きつつも、同世代でこんなにも話が合う相手に出会ったことがなかったため、興奮のままに話し続ける。
 時間も忘れて話し込んでいたら不意に麻由香が聞く。
「そういえば高畑さんはどうして音楽を始めたの?」
「なんだよ急に」
 思ってもみなかった質問にKが戸惑っていると、麻由香が少し申し訳なさそうに上目遣いで見つめてくる。
「ごめんね、急に。でもそんなに好きなら小説を書いてそうなのに、なんで音楽にしたんだろうって気になっちゃって」
「そういうことか」
 言われると確かに、とKはうなずく。が、すぐに照れ臭そうに首の後ろをきながら言う。
「実は書いてみたことはあるんだ。ただなんか性に合わないというか、なかなか完成させられなくてさ。多分理想が高過ぎたんだろうな。しっくり来なくてさ。ただ言葉を紡ぐのはやってみたかったから、ちょうど音楽も好きだったし曲作ってみたんだ。そしたら思った以上に楽しくて。そっからハマって作りまくって――今に至るって感じだな」
「へぇ。それで作れちゃうんだから高畑さんってすごいのね」
「別に作るだけならそんなに難しくないぞ」
「そうなの?」
「ああ。けどそこからイイ曲……まぁいわゆる売れたり人気が出る曲を作るのは相当難しい」
「それは――そうよね。皆が皆売れて人気な訳じゃない。つまり人気の出づらい曲も一定数あるものね」
 うんうんと深くうなずく麻由香。その拍子に耳にかかっていた髪がはらりと肩にかかる。
 明らかにカラーリングしているのが分かる茶髪と、ゆるく巻かれた長い髪。カラーリングをしている美容師の腕がいいのか、若さゆえなのか痛んでいる髪はほとんど見当たらない。メイクも丹念に仕上げているのか、ムラのないファンデーションと街灯を弾いてきらめくアイシャドウは彼女の顔を美しく彩っている。
 パッと見は派手であまり勉学に興味はなさそうな麻由香。だが奥底にある教養の深さは目を見張るものがある。
 小説に対しての理解度もそうだが、音楽の世界についても理解が早い。話題を無理やり切り替えてしまうところはあるが、いつの間にか気にならなくなってしまう。それ程に麻由香の知性を感じられる会話はKを楽しませた。
「高畑さん?」
 呼ばれて意識を揺り戻す。見ると麻由香が心配そうにこちらをじっと見つめていた。
「大丈夫? ぼーっとしてたみたいだけど、疲れちゃった?」
「ああ、すまん、ちょっと考え事していた。……てかさ、その『高畑さん』ってのやめてくれよ。苗字で呼ばれるのあんまり好きじゃないんだ」
 そう言うとKは少し視線を自分の手元に移す。
 うそは言っていない。が、完全な本音でもない。
 苗字で呼ばれるのは自分があの父親の子であることを実感してしまうから嫌いではある。これは本当だ。しかし今はそれ以上に麻由香と距離を縮めたいと思っていた。
 Kは友達と呼べる人間がほとんどいなかったが、それでも距離を縮める方法として定番なのが名前を呼び合うことだと知っていた。だからこそ麻由香も自分のことを名前で呼ばせてきたのだろう。ならば自分もそれに応えたい。そう思って下の名前で呼ぶように誘導しようと思った。
 Kは麻由香に視線を戻す。
 裏の真意までは恥ずかしいからバレたくない。だが嫌がられたらそれはそれで恥ずかしい。麻由香はどういう反応を示すだろうかと思って様子を伺うと、戸惑ってはいるようだったが嫌悪感は一切見られなかった。
「そうなの? じゃあ……めぐみちゃん?」
 おずおずと名を呼ぶ麻由香。だが恵はまずいものを食べたときのように口をひん曲げて拒絶を示す。
「え、ごめん、間違えちゃった?」
 おろおろとする麻由香。だが恵は軽く手を横に振って否定する。
「いや、間違っちゃいないけど、ちゃんづけされるくらいなら苗字の方がいい」
「あ、そうなんだ。じゃあ……恵」
 ほっとした表情で麻由香は恵に右手を差し出す。
「これで私たち友達だよね?」
 案外古風というか、生真面目なんだな、と恵は思いながら、差し出された右手を握り返す。すると麻由香は今までで一番の笑顔を見せて左手も使って恵の手を包み込む。
「うれしい! でね、早速友達としてひとつお願いがあるんだけど、聞いてもらえる?」
 友達という、これまでの恵の人生ではあまり馴染みのなかった関係性にドギマギしながら恵は返す。
「まあ、俺がやれる範囲でなら聞くけど……お願いって?」
 恵が言うと、麻由香は無邪気な笑顔のまま願いを口にする。
「私ね、恵と一緒にバンドやりたい!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...