永遠の伴侶

白藤桜空

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余勢を駆る

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「全軍! 整列!」
「応ッ!」
 曇天の下、男たちの野太い声が駆け回る。同時に鐘の音がうなり、兵士らの足音と青銅鎧の金属音が合唱する。
 その日、二つの山々の間に広がる平原で、二つの大軍が横に広がって向かい合っていた。その両者の間には殺伐とした空気が漂い、一触即発の気配があった。
 不意に兵士たちが武器で地面を叩き始める。
 ドッ、ドッ、ドッと大地が揺さぶられ、心臓を鼓舞し、気持ちを高揚させる。男たちの夏の熱気に包まれた肌の上では、汗がたまと成って滑っていった。
 陣営の先頭には四頭の馬を繋いだ屋根のない馬車があり、その上には三人の人影が見える。
 御者ぎょしゃとして中央に立つは浩源ハオヤン。矛を携えて右に立つは勇豪ヨンハオ。そして左にいる子佑ジヨウが叫ぶ。
「者共! いざ行かん!」
 その言葉と共に、馬車が兵を率いて駆け出す。歩兵たちも一斉に雄叫びを上げて走り始め、 たちまち戦場は土煙に包まれ、剣戟音が咆哮ほうこうする。
 泥と汗と、そして血にまみれた戦の火蓋が切られたのであった。

 その戦場の真っ只中、数多あまたの兵士が走っていくその隙間から、少年の小さな体が垣間見えた。
 その少年は一番手として男たちの肉壁に迷わず突き進む。と、隣国、ガンの兵士らは彼の姿に気付き、動きを止めた。戦場にそぐわない、幼すぎる存在。まるで女のようにか細い少年に不似合いな鎧を着させて、シュウ国は何をさせようというのか、と狼狽うろたえる。そんな者に頼らないといけない程に人手に困っているのか、とも。彼らの心の中に、一瞬同情の念が芽生えた。が、その直後に下卑げびた笑いを浮かべる。人手不足を補うために搔き集められた新兵ならば、簡単に殺すことが出来るだろう、と敵兵らは歩みを緩めて少年を取り囲む。
 その油断を、少年は見逃さなかった。
 少年は手戟てぼこを握り直すと、一人の首に素早く掛け、あっ、という間も与えずに手前に引く。彼のやいばは肉に喰らいつき、骨まで噛み千切る。男の首からは大量の飛沫しぶきが弾け、少年の白肌をあかく彩る。
 それは普通の少年なら味わうことのない感触。
 不快で、無慈悲で、恐ろしい、の刻印。
 だが少年の表情は微動だにしない。動かなくなった男の体を邪魔くさそうに転がすと、次の標的を見定めんとこうべを巡らす。
 そんな彼に剛兵らは度肝を抜かれる。あんな細腕が、まさかそんな。
 予想だにしなかった光景に兵士らは一瞬竦んだ。だがすぐさま武器を構え直し、勢いよく飛び掛かった。
 どうせまぐれだ。知っていればやられるはずない。そこは兵士としての矜持きょうじがあった。されど彼らは初めに殺された者と等しく同じ末路を辿ることになり、またたく間に少年の足元で肉塊となった。
 近くにいた剛兵たちは異常事態を察知し、同時に、少年を放っておいてはまずい、と本能的に悟った。
 彼らはそばにいた雑兵の相手を放り出すと、手汗で冷えた手で武器を固く握って彼の元へ駆ける。一方で急に相手のいなくった修兵らは驚き振り返る。だが敵の向かった先を見ると、きびすを返して他の敵を求めて戦地を走った。
 なにせ〝彼〟に助けは不要なのだから――――

 三十人余りの敵兵を相手取ることになった少年――の姿をした少女、美琳メイリン
 美琳は、剣に、げきに、弓に、狙われ続ける。
 そんな猛攻を、美琳は小さな体を活かして避け続ける。その合間合間に刃を振るって首を刈り、蹴飛ばしてはとどめを刺していく。武器が折れると落ちていた物を拾い、すぐさま次に向かう。が、さしもの美琳も一度にさばききれる数ではない。美琳は矢継ぎ早に動き続くことでなんとか均衡を保っていた。
 それに対して兵士たちも負けじと戦い続ける。しかしその甲斐かいなく、徐々に数を減らされていき、いつの間にか数人の兵士しか残っていなかった。
 そんな折、美琳が血溜まりに足を滑らせ、一瞬の隙が生まれた。
 血眼になった兵がそれに気付かぬはずがない。
「くッそがぁぁぁぁ! これで終われぇぇぇぇ!」
 兵は叫び、死に物狂いで斬りかかる。
 これ以上少年との戦いを長引かせたくない、悪夢の権化ごんげのような彼から早く解放されたい。少年と刃を交えた男たちはそう一心に願い、実現すべく少年の体に武器を振るった。
 ずぶ、と美琳の体に武器が刺さる。
 一本、二本、三本……。
 針山のように次々と突き立てられていく。美琳は地に縫いつけられ、倒れ伏し、やがて動きが止まった。
 兵士らは肩で荒く呼吸をしながら、静かになった少年の体を見下ろす。
「……った、よな」
 一人の兵士が呟く。と、隣にいる兵士が額を伝っていく脂汗を拭いながら言う。
「ああ……。やっと、終わった。化け物みたいな強さだったが、こうなっちゃおしま……ッ?」
 急に言葉に詰まる兵士。それを周りの兵士たちはいぶかしむ。
「おい、どうした?」
 訊ねてみると、彼が震える指で一点を指す。彼らはそれを辿って目線を動かす。と。
「……は? ちょっと待ッ、嘘だろ?」
 兵士らは目の前の光景におののく。戦場の只中だと言うのに、腰が抜けて尻餅をついてしまう。
 ――目の前で、仕留めたはずの少年がうごめいている。
 はっきりと、意思を持って、動こうとしている。
 倒れていた少年は自身の体に刺さった武器を掴むと、ぐっと力を込めて抜く。
 一本、二本、三本……。
 へたり込んだ兵士たちの足元に抜いた武器を放っていく。
 剣のせいで穴が開いた体には傷はなく、着物に染まっているのは返り血だけだ。
 美琳はゆらりと立ち上がり、無言のまま手戟てぼこを構え、切っ先を敵兵に向ける。
「ば、化け物……。本物の、化け物だ……!」
 兵士たちはおびえ、降参の構えを取る。そんな彼らの首すべてを、美琳は無慈悲に刈り取った。切り離された首からは非難する断末魔の叫びがほとばしった。

 残されたのは、死体の山に立つ少年の姿だけだった。
 その異様な姿を目の当たりにした敵兵たちは少年に近寄ろうとしない。あんな化け物を相手にするくらいなら、普通の兵士の方がよっぽど良い。彼らは他の相手を探そうとその場を去っていった。
 そうして美琳は、騒がしい中で一人静かに佇むことになった。
「……あなたたちだって、あたしのことを殺そうとしたじゃない。なんであたしばっかり責められなきゃいけないの」
 ぼそり、と美琳は呟くと、血を吸って重くなった革鎧を脱ぎ捨て、軽く着物を整え直す。そこでふと胸元にある小さな膨らみに手が触れる。美琳はふところを探ってその膨らみの正体を取り出すと、てのひらに彼女からもらったお守りを載せる。
 出発前にもらったときは、ぎだらけでありながらどことなく清らかな装いだった。だが今は、血でにじんですっかりけがれていた。
「汚れちゃったなぁ……」
 と言いながら美琳はこする。しかし染みは広がるばかりである。そこにぽつり、と透明な滴が落ちる。
 ぽた、ぽた、と増えていく滴に気付いた美琳が顔を真上に向ける。と、どぶねずみ色の空から雨粒が零れ出していた。
 雨は〝少女〟の肌を彩る血化粧を落としていく。されどあかく染まったお守りが綺麗になることはない。
「……これで文生ウェンシェンに近付けるんだもの。あたしは、間違ってない」
 雨で冷えたお守りを美琳は固く握りしめた。
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