永遠の伴侶

白藤桜空

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白き羽を抱く濡烏

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 少し肌寒い秋天を、一羽のカササギが伸び伸びと飛んでいる。
 鵲はかすれた声で鳴き、澄み渡った空気を揺すっている。その声は人々の心をくすぐって、彼らの気持ちを高鳴らせた。
「なあ。お前聞いたか? あの噂」
「ん? 何の話だ?」
「いやさ、今日の戦。王がいらしてるらしいんだよ」
「え……。それ本当なのか?」
「おう。情報は確からしいぞ。なんでも、下級貴族に変装した王が馬車に乗るのを、御尊顔を知ってる奴が目撃したんだってよ」
「へぇ! ……ってことは、俺たちの活躍も見てもらえんのかな?」
「馬鹿。王の装いをしてないってことは見学・・しに来たに決まってるだろ」
「あ、それもそうか。ちえッ。上手くいきゃ褒章もらえるかもと思ったんだけどな」
「ははは! どっちにしろおまえにゃ無理無理! なんせあいつ・・・がいるんだから!」
「そうなんだよなぁ。あーあ。あいつがいなきゃ、好機に恵まれたのかもしれないのになぁ」
「いやいや、あいつがいるおかげで・・・・、生き残りやすいんだろう?」
「確かに。じゃなきゃ俺らとっくに死んでたもんな」
「さりげなく俺も一緒にすんじゃねぇ。間違っちゃいないけどよ」
「違わないのかよ」
「ま、お互い様ってやつだな」
 そう言って二人の兵士はカタカタと鎧を震わせて笑い合うのであった。

 ――秋空の下、シュウ軍が列を成して平原を進んでいた。戦地へと向かうその隊列は華々しく、足さばきは威風堂々としている。だが行軍の実態は単調そのものだった。巨大な山と大河に挟まれた草原をただひたすらに踏みしめて歩き、代り映えのしない景色を見続ける。それは兵士を退屈させるのに充分で、彼らは上官の目を盗んでは噂を交わして気持ちを紛らわせていた。が。
「そこ! 無駄話すんじゃねぇ!」
「ッ! すみません!」
 噂話をささめいていた二人は突然落ちた雷に反射的に謝罪し、ちらりとその発生源を仰ぎ見る。彼らを叱りつけたのは勇豪ヨンハオだった。馬車のかたわらを歩いている彼は、常よりも張り詰めた空気を身に纏い、|面立ちもこわっていた。
「到着までまだしばらくあるからって、気を抜いていい訳じゃねぇんだぞ!」
「は、はい!」
 もう一度落ちた雷に二人の兵は声を揃えて応えると、肩をすぼめて反省の意を示す。そしてそそくさと逃げるように列の前の方に向かうのであった。
「ッたく。仕方ねぇ奴らだ」
 彼らが去った後も勇豪の怒りは収まらない。するとそこにいさめる声が現れる。
「まぁまぁ、しょうがないですよ。久方振りの戦ですし、前とは違って陽気もいいんですから。どうしても気が緩んでしまうのでしょう」
 と言って浩源ハオヤンは、馬車の御者ぎょしゃをしつつ、苦笑を浮かべて勇豪の機嫌を直そうと試みた。が、勇豪の表情を変えることは出来なかった。
「分かっちゃいる。分かっちゃいるが……」
 そう言いつつ勇豪は、浩源がっている馬車をのぞき見る。
 少し素朴で、けれどたくみの技が施されているその馬車は、大人しく車輪を回し続けている。
「……流石に勘付かれない、よな?」
「大丈夫だとは思いますけどね。身内に知られている分には問題ないですし」
「ああ。けどよ……。やっぱ俺にすりゃ良かった。別にお前にやらせるのが心配って訳じゃないが、どうにも不安は拭えなくってよ」
「その気持ちは分かりますけどね。でももう決めたことなんですから、戦のときに気を散らさないでくださいね」
 途端、勇豪の表情は一変し、獣じみた獰猛どうもうな目になる。
「はッ! 心配すんな。そこまで腑抜けちゃいないさ」
「そうですか。それなら良かったです」
 浩源は目を細くしてちろりと勇豪を見やる。はたとその目線の意図に気付いた勇豪は、気恥ずかしそうに大きな溜息をくのであった。

 そんな軍幹部の二人の会話をひそかに聞いている者がいた。
「……本当に大丈夫なのかな」
 青年は呟く。彼は膝を抱えて座りながら手を固く握りしめ、格子窓越しに大男の背中を見つめている。
 ――馬車の中にいるのは文生ウェンシェンその人であった。
 いつもと違って彼の着物はあちらこちらにほつれ・・・が目立っている。色艶の良いはずの白い肌はところどころ汚れており、髪の結い方も簡素なものであった。その姿は下級貴族……いや、下級貴族の中でも最底辺の者。それどころか平民を想起させる程にみすぼらしいものであった。その姿から彼が王であるなどと想像し得る余地は欠片かけらも無く、もし彼が町中を歩いていても、誰も振り返ることはないであろう。
「でも、やらなきゃいけない……もう逃げられないんだから」
 ぽつりと呟く文生。その言葉には覚悟がにじんでいた。だがそれとは裏腹に、小さく震えている彼の拳が解かれることはなかった。
「王よ、話しかける無礼を御許しください」
 ビクッと文生は体を強張らせる。深く考えふけっていたので不意に聞こえた声に動揺した。しかしそれはおくびにも出さずに応える。
「何かあったのか」
「いえ、中の様子を伺いたく思った次第でございます。車内の居心地は如何いかがですか? 体調などは崩されておりませんか?」
「……大事ない」
「そうですか。それは良うございました」
 文生の言葉に対して、にこ、と微笑んだ気配がした。
「何かありましたら必ず仰ってくださいませ」
「うむ。大儀である」
 浩源は文生の答えを聞くと、前を行く一団を見る。つられて文生も前方を見やった。
 二人の視線の先にはもう一台、馬車が動いていた。それは文生の乗っている馬車とは違ってきらびやかな装飾が施され、如何いかにも上流貴族のものだと見て取れた。加えてそれは大勢の雑兵ぞうひょうや護衛兵に囲まれていた。
 その群集の中に一際目を惹く少年兵がいた。
 その少年は遠目からでも目を奪う美しさがあった。それに加えて、己が強さを自負した強者つわもの覇気はきを放ち、近寄りがたい雰囲気をかもしていた。その空気で周囲の兵を気圧きおし、彼らを遠巻きにさせていた。
 そんなの存在は馬車の中からでもかろうじて視認出来た。
(あれは……美琳メイリン、なのだろうか。……顔立ちは変わらないのに、仕草や服装だけで男っぽく見えるものなんだな)
 文生はそっと格子窓の近くに寄る。
(遠すぎて、君の姿が霞んで見えるよ)
 その瞳は切羽詰まった色に染められようとしていた。
「美琳。僕が待てる時間はもう残ってないんだ。これ・・が、最後の機会なんだ」
 ――文生が王に就任してから二年と少し。その期間、文生はかたくなに誰も後宮へ招き入れなかった。
 それを貴族連中は黙っていなかった。
 何故なら、とうに婚姻こんいんを結んで世継ぎがいないとおかしい年頃なのに、後宮入りしている者が誰一人としていないのだ。そんな王など前代未聞だった。
 貴族らは日に日に焦り、どうしたものかと画策していた。
 そんな折、彼らはあることを思い付く。
 それは此度の戦を活用することだった。戦場で文生に王としての役割を認識させ、そして命のはかなさを思い知らせてやろうと思ったのだ。
 元来、王を含む貴族の一番の職務は国の代表として戦場で陣頭指揮を執ることにある。王は世継ぎを確保したら自らが先陣を切り、また王位継承第一位以外の子息も戦場に立つ。……そのせいで戦場に出た先代や文生の異母兄弟たちは皆亡くなり、運の悪かったことに戦に出ていなかった世継ぎまでもが病で亡くなったのだが。
 しかしそれくらいのことで王族の義務が無くなる訳ではない。
 王は若くて戦場に立てる内に子を成さないと意味がない。そしてその使命感は、戦場を肌で感じないと実感出来ない。
 故に荒療治をすることが決まったのだ。
 幸いにも戦場となる平原の近くの山の中腹には、戦を一望出来る場所があった。
 貴族らはそこで〝戦とはなんぞや〟というのを、文生に叩きこむことにしたのだ。
 だが文生が死ぬのはあってはならない。
 間違っても戦火に巻き込まれることはないように、厳重な警備の陣形と、常に警戒をおこたらない人員を配置した。
 また、今は敵国に顔の割れていない文生だったが、現時点でバレてしまっては危険が及ぶ可能性がある。だから念には念を入れて下級貴族に変装させた。
 これできっと文生は王の職務を実感してきさきめとる気を起こし、さすればこの国は安泰確実。
 貴族の誰もがそう思っていた。
 ――皆、高をくくっていたのだ。
 先の戦で勝った相手なのだから、此度も負ける訳がない。それにフェン国がこんな小さな国同士の戦に多くの兵をくとは思えない。そんな風に楽観していた。

 だがそれはすぐに大きな間違いであったと知ることになった。
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