永遠の伴侶

白藤桜空

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尾羽打ち枯らす

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桃の実が薄く色付き始めた頃。
兵舎にある訓練場では人だかりが出来ていた。
人垣を成している兵士たちは、興味津々で中心にいる浩源ハオヤンの持ち物をのぞき込んでいる。
「ふむ……」
 浩源は考え込むようにしてそれ・・を観察している。と、一人の兵士が彼に問いかける。
「大尉、それが噂の新兵器ってやつですか?」
「ええ、そうですよ。〝〟という名前です」
 そう言って浩源は、その場にいる全員に見えるように〝弩〟を掲げ持つ。
 弩は、浩源の肩より少し広めの横幅であり、形状は弓とほぼ同じである。が、決定的に違う箇所があった。弓と弦に対して一本の棒状の持ち手が垂直に突き刺さっているのだ。
 浩源は兵士らが一通り見たのを確認すると、訓練場の壁際に立てられた木の的に体を向ける。彼らは浩源の邪魔にならないように輪を崩して、的までの道筋を作る。浩源は弦を手前に引いて、持ち手近くにある突起物に引っ掛ける。そして矢を取り出すと持ち手の真ん中に掘られているくぼみに置き、左手で下を支え、右手で持ち手の端にあるを握る。そのまま人差し指を引き金に掛けると、ゆっくりと呼吸し、引く。
 ――パンッ!
 と、破裂音が鳴った瞬間、的が弾けた。
 その目にも留まらぬ早業にどよめきが走る。
「す、凄いですね! 大尉!」
「弓と速さが全然違う!」
「これがあれば百人力ですね!」
 兵士らが無邪気に喜ぶ。
 浩源も満足そうにする。そしてつと周囲を見回すと、一人の兵士を手招きする。
「そこの貴方。こちらに来てくれますか?」
「へ? おらだが?」
 彼は自分の周りをきょろきょろと見る。
「ええ、そこの貴方ですよ。ここに立ってもらえますか?」
「はあ……」
 戸惑いながらも彼は中央に歩み出る。するとポン、と浩源に弩を渡された。
「え、え、なしてだが?」
 兵士はオロオロとして浩源に突き返そうとした。が、浩源に手で制された。
「そう慌てないでください」
 浩源は優しく微笑んで彼に矢を差し出す。
「簡単ですから。試しにやってみてください」
「うぇぇ……? おらにやれっぺが……?」
 彼は口を歪めたものの、上官の命令に逆らえる訳もない。それ以上何も言わずに見様見真似で準備を整えると、もう一つの新品の的に狙いを定め、撃つ。
 ――パンッ!
 と、音が鳴ると共に、的の端に穴が空く。
「おお!」
 兵士たちから感嘆の声が上がる。
「おまえ、弓はからっきしなのに!」
「的に当たったのなんて初めてじゃないか? よくやったなぁ!」
「お、おらも驚いだ。まさが出来るで思わねがったぁ」
 皆一様にはしゃぎ、〝次は自分も〟〝いや俺が先だ〟と、弩に群がり始める。
 そんな中浩源は、彼らの輪から外れ、代わる代わる試し撃ちをする彼らを遠巻きに見始める。そしてふところに仕舞ってあった小さな木簡もっかんを取り出し眉間に皺を寄せる。
「どうしたんですか大尉?」
 ふと呼びかけられ振り返ると、つぶらな瞳の青年に怪訝な顔で見つめられていた。
「ああ、君保ジュンバオさん。大丈夫ですよ。ちょっと考え事していただけですから」
「そうなんですか? ならいいんですけど…………あ」
 君保は浩源の肩越しに木簡を覗き見る。
「これ、弩の原価ですか?」
「おや。よく分かりましたね」
「へへ……」
 嬉しそうに頭を掻く君保。しかし一転して渋い顔になる。
「ッてそれより、庶人なら余裕で一月暮らせる額じゃないですか!」
 君保が指で木簡の上の数字を数える。浩源も苦虫を噛み潰したようなおもちになる。
「そう、そこが問題なんですよ」
 木簡を胸に仕舞い直した浩源は小さくささやく。
「実は……弩は間諜ジァンディエガン国から秘密裏に持ち帰ってきた設計図で作らせているのです」
「えッ! それって盗さ「シッ!」
 浩源は慌てて君保の言葉を遮る。
「貴方って人は……! 小声で話した理由を考えなさい!」
「う……すみません……」
 叱られた君保の姿は尻尾を垂れ下げた犬を彷彿ほうふつとさせた。対して浩源は、大きな溜息をきつつ、ひそやかに話を続ける。
「まあ、それに関してはいずれ明るみに出ることですし、あちらもこちらの情報を探る程度はやっているでしょう。ですのでそこは大した問題ではありません」
「そ、そうなんですね」
「ええ。それ以上に問題なのは……。なんとかこちらでも弩を作れるようにしたのですが、青銅を多く使っていたり、複雑な構造だったりして、どうしても値段と時間がかかるのです」
「と言うことは、税金が……?」
 浩源は額に手を当てる。
「王もそれに頭を悩ませておられるようです」
 君保はますますしおれる。
「じゃああんまり戦力増えないってことじゃないですか」
「そうですね。王はあまり税金を増やしたくないようですから」
 すると君保は顎を撫でる。
「へぇ。前よりもちゃんと考えてくれてるんですね」
 そう言った途端浩源に睨まれ、慌てて口をつぐむ。
「就任当時は読み書きすら出来なかったんですよ? あの日照りに対応出来なくても致し方ないでしょう。そこから考えれば、民に寄り添おうとしている今の姿勢は評価すべきです」
「まあ、確かに凄いんですけど……」
 君保は渋々といった様子で首肯する。と、浩源も怒りを収める。
「まったく……。過去のことよりもどうすべきか考えるべきでしょう?」
 浩源は君保をたしなめつつ、再び考え込む。
「貴方の言った通り、弩を大量に作れない現状、大幅な戦力増強は見込めません」
「じゃあ、どうするんですか?」
 眉尻の下がった君保。反して浩源は、にやり、とほくそ笑む。
「簡単ですよ。戦力になる人員・・・・・・・を増やせば良いのです」
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