永遠の伴侶

白藤桜空

文字の大きさ
58 / 97
花は根に、鳥は古巣に帰る

58

しおりを挟む
 その日。ガンの投石機の登場によって、均衡していた戦況は大幅に傾いた。
 元より差の激しかった兵数に加え、何時いつ降ってくるか分からない凶器。
 そうでなくとも疲労が溜まっていったシュウ軍は苦戦を強いられた。彼らは奮闘したものの、日が暮れる頃には這々ほうほうの体で自軍に舞い戻るしかなかった。
 傷だらけの兵士たちの間を浩源ハオヤンの声が駆ける。
「軽傷者はこちらで手当てを受けてください! 重傷の者は都城とじょうに戻る荷馬車に乗りなさい!」
 その指示に従って彼らは方々ほうぼうに散る。
「大尉! 包帯が足りません!」
 天幕のそばにいた一人の兵士が叫ぶ。浩源は眉をひそめると、隣に立つ側近に命じる。
君保ジュンバオさん! 都城からの物資を確認してきてください!」
「はい!」
 溌剌はつらつと返事をした君保は、小走りで荷馬車の一団に向かっていく。
「浩源! 直せる武器は直しておいたぜ!」
「!」
 大量の武器を抱えた勇豪ヨンハオ。それらを浩源に掲げて見せると、浩源がすかさず応える。
「ありがとうございます勇豪さん! それはあちらにお願いします!」
 そう言うや否や、浩源は別の兵士の元へ行くのであった。

 勇豪は浩源の指示通り、雑多に積まれた武器の山に運んできたそれらを重ね置く。
「ふぅ……。こんなもんか」
 白い吐息を漏らしながら額の汗をげきで拭いた勇豪は、ふとあることを思い出す。そして辺りを見回して、もはや相棒と呼んでも差し支えない青年を探す。
「おおい、忠山ゾンシャン。お前、さっき腹抑えてなかった、か……ッ⁉」
 瞠目する勇豪。少し離れた位置に座っていた忠山の元に駆け寄る。
「忠山! 大丈夫か!」
「勇豪さ、ま……」
 弱々しく呟いた忠山の顔はすっかり血の気が引いていた。
 勇豪が近付いた途端、ぐらりと忠山の体が倒れる。が、勇豪が素早く抱き留め、倒れ切るのを防いだ。その拍子に彼の脇腹に触れ、手がぬめる。
「お前……! この傷……どうして早く言わなかった!」
「こいだげ、どうってごど、ね……」
 ヒュー、ヒュー、とあえぎながら話す忠山。その体からはドクドクと血が流れ続けている。
「ンな訳あるか! 今からでも止血を」
「勇豪さま」
 勇豪が忠山を地面に寝かせて立ち上がろうとした。それを忠山が肉刺まめだらけの手で引き留める。そして静かに首を振ると、普段通りのえくぼを浮かべる。
「勇豪、さま……。お願いが、あります」
「!」
 戦場において、嫌という程聞き慣れたその文句に、勇豪は息を呑む。
「……なんだ、なんでも聞くぞ」
 震える声で応える勇豪。その言葉に忠山は目を細める。
都城とじょうに戻ったら……明花ミンファのごど、頼んだぁ。あいづはあだのこど信頼・・してらがら……。頼めるのはあだだげだ」
「……ああ。分かった。全部俺に任せておけ」
 その言葉に、にこ、と忠山は微笑む。
「安心、したら、ねむぐなってぎだ……」
 荒かった呼吸が、だんだんと細くなっていく。
 勇豪の顔がくしゃり、と歪む。
「そうか。疲れが出たんだろう。体力がないってのにお前、働き詰めだったもんな。ゆっくり休むといい」
「んだなぁ……。そうさせでもらいます……」
 言い切った忠山の体から、段々と力が抜け、まぶたは固く閉ざされた。

 それからしばらく、勇豪は眠る忠山を見つめ続けた。が、ふと自身の結髪けっぱつを解いて、忠山の髪も解く。そしてそっと彼の頬を撫でる。すると手についていた血が一筋の線を描いた。
「…………これが終わったら一緒に帰ろうな」
 そうささやいた勇豪は、忠山が髪を結っていた布で自分の髪を結び直し、勢いよく立ち上がる。
「田植えにはきっと、間に合うだろうよ」
 険しい顔で言い置いた勇豪。その背中に声が飛ぶ。
「勇豪さん! 良かったらこちらへ来てもら……ッ!」
 たまたま通りがかった浩源が、言いかけて止める。
 そのまま浩源は勇豪の傍近くに立つと、小さく尋ねる。
「確かその方は……」
「ああ。俺のさ」
「……そうですか」
 普段と様子の違う勇豪に、さしもの浩源も言葉に困る。何か言わねば、と口を開こうとしたそのとき。先に勇豪が話し出す。
「で、何を手伝えばいいんだ?」
「……!」
 その顔にはもう先程の気配はない。それを見た浩源も、いつもと同じ調子で話し始める。
「直せない武器がありまして。破棄すべきかどうか見ていただきたいのですが……」
「分かった。案内してくれ」
「こちらです」
 腕まくりをしながら歩き始める勇豪に、浩源は道案内するのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】

里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性” 女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。 雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が…… 手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が…… いま……私の目の前ににいる。 奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

【完結】『紅蓮の算盤〜天明飢饉、米問屋女房の戦い〜』

月影 朔
歴史・時代
江戸、天明三年。未曽有の大飢饉が、大坂を地獄に変えた――。 飢え死にする民を嘲笑うかのように、権力と結託した悪徳商人は、米を買い占め私腹を肥やす。 大坂の米問屋「稲穂屋」の女房、お凛は、天才的な算術の才と、決して諦めない胆力を持つ女だった。 愛する夫と店を守るため、算盤を武器に立ち向かうが、悪徳商人の罠と権力の横暴により、稲穂屋は全てを失う。米蔵は空、夫は獄へ、裏切りにも遭い、お凛は絶望の淵へ。 だが、彼女は、立ち上がる! 人々の絆と夫からの希望を胸に、お凛は紅蓮の炎を宿した算盤を手に、たった一人で巨大な悪へ挑むことを決意する。 奪われた命綱を、踏みにじられた正義を、算盤で奪い返せ! これは、絶望から奇跡を起こした、一人の女房の壮絶な歴史活劇!知略と勇気で巨悪を討つ、圧巻の大逆転ドラマ!  ――今、紅蓮の算盤が、不正を断罪する鉄槌となる!

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...