永遠の伴侶

白藤桜空

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花は根に、鳥は古巣に帰る

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 静かに戸布がめくられる。
 それと共に寝間着姿の文生ウェンシェンが部屋に入り、床にひざまずいている美琳メイリンに近付く。
「面を上げよ」
 低い声が降る。
 ゆっくりと顔を上げた美琳は、久し振りに見た彼の姿に瞠目する。
 立派な顎髭を蓄えた文生。五年前とは比べ物にならない程の偉丈夫いじょうふになっている。全身には厳格な空気が漂い、その風貌はどこか近寄りがたいものがあった。
 美琳は数瞬固まった。が、すぐに顔を綻ばせ、かつてと同じように彼の名を呼ぶ。
「文生……。会いたかったわ」
 すると文生の雰囲気も解ける。
「久しいな、美琳」
 その口振りに美琳はもう一度驚く。
「え、ええ。五年振りね、文生」
 美琳は動揺しつつも、立ち上がって文生と向き合う。文生もじっと美琳の顔を見つめた。
「此度の戦働き、大儀であった」
 公の場でしか聞いたことのなかった話し方。美琳の胸に違和感が走る。けれどその声色には昔と変わらぬ優しい響きが含まれていた。
 それにほっと胸を撫で下ろした美琳は、勢いよく文生に抱きつく。文生も美琳の細腰を抱き寄せ、彼女の頭に軽く口付ける。
「無事に戻って何よりだ」
「うん……。ありがとう、文生」
 ぐっと美琳は背中に回していた手に力を込める。そして大きく息を吸い、彼の胸板に頬を擦りつけ、歳月を埋めようと甘える。文生がどんな顔をしているのか見ることもせずに。
 文生は一瞬動きを止めると、すぐに美琳から体を離し、とこを指し示す。
「美琳よ。積もる話はあちらでせぬか?」
「……! そうね、そうしましょう!」
 美琳は嬉々としてとこに座り、文生に向かって両腕を広げた。
「貴方も来て?」
 蠱惑的こわくてきに微笑む美琳。近付いた文生は無駄のない動きで彼女の寝間着を脱がせた。すると瑞々みずみずしい肌が松明たいまつの明かりを弾き、文生はまぶしそうにまたたく。
其方そちは……噂通り、変わっておらんのだな」
「うふふ。若いこの方が嬉しいでしょう?」
「そう……だな」
 だが言葉とは裏腹に、その声はどこかぎこちない。
「どうしたの?」
 美琳が小首を傾げる。
 ハッと文生は美琳と目を合わせる。
「…………いや、なんでもない」
 なんでもない顔で言いながら、文生は美琳を手繰たぐり寄せて口を吸う。そして接吻せっぷんの雨を降らしながら美琳の乳房ちぶさに辿り着く。
 少しかさついた手が美琳の小さな膨らみをやわやわと揉み、美琳はこそばゆそうに吐息を漏らす。文生は触っている間も美琳に口付けし続け、生い茂った髭が彼女の肌をくすぐる。そしてそのまま両手は降りていき、美琳の両足を開かせた。
「え……?」
 予想外に早い展開に美琳は驚嘆の声を上げる。
「ウェ、文生?」
 美琳は思わず制止すると、文生が不思議そうにする。
如何いかがした?」
「あ、えっと」
 遮ったはいいものの、なんと言えば良いのか分からず美琳は口ごもる。
「せ、せっかくだからもうちょっとゆっくりシない?」
 文生はますます怪訝な顔になる。
「これで十分ではないのか? 常ならこれくらいで「……常?」
 途端、美琳は眉間に皺を寄せ、文生と額を突き合わせる。
「常ってことは……いつもは誰か他の人としてるってこと……⁈ 私が戦場に行っている間、貴方はのうのうと浮気していたの⁉」
 すると文生の表情が険しくなる。
「……其方そちは、本当に変わっておらんな」
「ッ今はそんな話じゃ「いいや。そういう話だ」
 文生の顔からすべての感情ががれる。
「王としての我の最大の責務は子孫を残すことだ。この血族を絶やさぬためには、子が残せる若い時分に種を植えねばならぬ」
 文生の唇がかすかに震える。
「……たとえ子供が出来ても、たとえ無事に生まれても、成人するまで……いや、とおを超えるかどうかも危ういのが子供というものだ。安心出来る歳まで育たぬ内は、我が戦場に行く義務が果たせぬ。なれば、この職務をただ無心で全うし、子供が育つのを待つ他ない」
 刹那、文生がどっと老け込んだように見えた。
「人間は……変わる生き物だ。身分、仕事、年齢。これらがその人の人となりを作り上げる」
 彼の瞳に望郷の念がよぎっていく。
「僕はもう、ただの〝文生〟じゃない。君がいない間、君と同じように、くだけて話す相手はいなかった。〝文生〟としての話し方なんてもう忘れていた。今も、必死に思い出して話してる」
 訥々とつとつと話す文生に、美琳は押し黙らざるを得ない。
「…………五年。五年は長かった」
 その言葉は美琳に重くのしかかった。けれどこれだけは聞かねばならない。
「どんな姿だって愛するって言ったのは嘘だったの?」
 文生は美琳の手を優しく包み込む。
「今も君のことは愛しく思っている。でも……昔と同じように抱くことは出来ない。きさきでない、第一夫人に肩入れは出来ないから」
「ッ!」
 パン、と乾いた音がした。美琳が文生の頬をはたいた音だ。
「美琳様!」
 その音を聞きつけた静端ジングウェンが慌てて駆けつけてくる。だが文生が彼女を手で制した。
 美琳は震える声で彼をなじる。
「酷い……酷いわ、酷いわ、酷いわ……! そんなの、裏切りを誤魔化すための詭弁きべんじゃない! 変わる? あたしだって変わったわ! あたしが戦場でどんな風に言われていたか知ってる? 〝九天玄如きゅうてんげんにょ様〟よ? 兵士たちは〝あたしがいるから頑張れる〟って口を揃えて言っていたのよ?」
 彼女の瞳に涙が浮かぶ。
「別にあんな人たちなんてどうでも良かった。死のうが怪我しようが、あたしには関係ないもの」
 美琳が文生の肩を強く押す。と、文生がとこに倒れ込む。
「でも、それもこれも全部! あなたの評判を落とさないためなのよ⁈ そんなの……後宮に入らなかったらやる必要なかったのに!」
 とこに手を突いていた文生が、ゆっくりと上体を起こす。
「……其方そちの働きは聞いておる。大儀であった」
「ッ……! 違う! そんなことを聞きたいんじゃない!」
 文生は美琳をじっと見据える。
「これ以上どう言えと?」
 美琳はかぶりを振る。
「言葉じゃないわ、気持ちが欲しいの。今のあなたの言葉に愛はないわ」
「それは……不可能だと話したであろう。何度言わせるつもりだ」
「~~ッもういい!」
 そう言うと美琳は、転がっていた寝間着を羽織ってとこを出る。
 二人の様子を見守っていた静端は彼らを交互に見て、おろおろとその場をうろつく。すると文生が口を開いた。
「静端」
「は、はい。なんでございましょうか」
「……夜風は冷える。上着を持って行ってやれ」
「! かしこまりました」
 言うや否や、静端は美琳の後を追って走り出すのであった。
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