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蛇の生殺しは人を噛む
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裸足の少女が歩いている。彼女はぼろぼろになった紅い着物を引きずって、ふらふらと砂利道を進んでいる。
「そこの者! 止まれ!」
少女を見咎めた見廻り兵が彼女に声をかける。
「どこから来た? ここらでは見かけない姿だな」
しかし彼女は歩みを止めない。
「おいお前! 聞こえないのか? ここから先は通さ……⁈」
前に回り込んで彼女を見た兵は、大きく目を見開くのであった――――
「何? 〝奴〟が来ただと? それは真か?」
剛国の宮殿内にある執務室。そこで文机に向かっていた永祥は、部下の報告に瞠目する。
兵は報告の続きを述べる。
「はい。〝奴〟で間違いありません。顔を見知っている者が確認しました」
「罠である可能性は? 修国から何かを持ち込んでおるのではないか?」
「いえ、それが……。持ち物を調べても何も持っておらず。また何を聞いても〝永祥に会わせて〟の一点張りでして。これ以上は永祥丞相に調べていただくしかないかと思い、お伝えに来た次第でございます」
「そうか……。ならば連れて参れ」
「はッ!」
足早に去っていく兵。
見送った永祥は一人呟く。
「何があったか知らんが……。とうとう儂の物になるようだな」
永祥は思わず手に力を籠める。と、何かが折れる音がした。
「む」
手元を見やると、手にしていた木簡が折れていた。いくつかの破片が永祥の手に刺さり、傷口からは血が滲んでいた。
「フッ。昂ってしまったか」
それすらも愉快なのか。永祥はバラバラになった木簡を床に落として笑いを零す。
「ここまで長かった。だがやっと……やっと手に入るのだな」
永祥はほくそ笑みながら、彼女の来訪を待つのであった。
「久方振りだのう? 美琳」
頭上から声が降り注ぐ。
美琳はわずかに首を反らす。と、見上げた先に、戦場で数え切れぬ程顔を合わせた男がいた。
「この間振りね、永祥」
そう言った瞬間。
「……ッ!」
バチン、と美琳の頬が強く叩かれる。複数の兵に拘束されていた美琳は、それから逃れることが出来なかった。
「永祥様と呼ばんか!」
一人の兵が憤慨して叫ぶ。それを永祥が手を挙げて遮る。
「良い。儂はこの者と話したき儀がある。お前たちは下がれ」
「そんな……!」
彼は美琳を指差しながら訴える。
「こいつは敵方の人間……。いや、〝化け物〟です。俺たちの仲間をあれ程殺した奴と二人きりになるだなんて危険で「下がれ」
ビク、っと兵士の体が竦む。
「……と言ったはずだが。ああ、お主の耳は飾りだったか? 要らぬなら儂が切り捨ててやろう」
永祥の言葉に兵は青ざめる。
「し、失礼致しました!」
彼含む、美琳の体を抑えていた兵たちは、慌てて執務室を去っていく。
そうしてその場には美琳と永祥だけになった。
美琳は縄で後ろ手に結ばれ、床で正座している。永祥は美琳に近寄ると、彼女の頬を掴んで無理やり目線を合わせる。
「懐かしいのう。前にもこんな風に話したな。覚えておるか?」
すると美琳は惚けた顔をする。
「そうだっけ? 私、どうでもいいことはすぐに忘れてしまうの」
一瞬固まる永祥。だがすぐに笑い出す。
「ははははは! 相変わらず威勢が良いのう」
永祥は荒々しく美琳から手を離す。その拍子に美琳は態勢が崩れて床に転がる。
文机の前に座り直した永祥は、頬杖を突いて訊ねた。
「して? わざわざ敵地に来て何用じゃ?」
その質問に、美琳は質問で返す。
「……貴方はどうして私が欲しかったの?」
「儂か? 無論、国のためさ」
「国のため?」
「そう。ただ国を想ってのことだ」
永祥の目はここではないどこかを見つめた。が、ふと視線を戻して問う。
「そう言うお主は何を求めている? 何か取引するために来たのであろう?」
「……ええ。それさえ叶うならなんでもするわ。私に出来ることならなんでも。もちろん、戦にも行ってあげる」
ぶち、と、裂ける音がする。直後、美琳の足元に解かれた縄が落ちる。
美琳は手首を摩りながら立ち上がると、強い眼差しで永祥を見つめた。
「その代わり、貴方も私に手を貸しなさい」
そういった彼女の栗色の瞳は、漆黒に染まって見えた。
「そこの者! 止まれ!」
少女を見咎めた見廻り兵が彼女に声をかける。
「どこから来た? ここらでは見かけない姿だな」
しかし彼女は歩みを止めない。
「おいお前! 聞こえないのか? ここから先は通さ……⁈」
前に回り込んで彼女を見た兵は、大きく目を見開くのであった――――
「何? 〝奴〟が来ただと? それは真か?」
剛国の宮殿内にある執務室。そこで文机に向かっていた永祥は、部下の報告に瞠目する。
兵は報告の続きを述べる。
「はい。〝奴〟で間違いありません。顔を見知っている者が確認しました」
「罠である可能性は? 修国から何かを持ち込んでおるのではないか?」
「いえ、それが……。持ち物を調べても何も持っておらず。また何を聞いても〝永祥に会わせて〟の一点張りでして。これ以上は永祥丞相に調べていただくしかないかと思い、お伝えに来た次第でございます」
「そうか……。ならば連れて参れ」
「はッ!」
足早に去っていく兵。
見送った永祥は一人呟く。
「何があったか知らんが……。とうとう儂の物になるようだな」
永祥は思わず手に力を籠める。と、何かが折れる音がした。
「む」
手元を見やると、手にしていた木簡が折れていた。いくつかの破片が永祥の手に刺さり、傷口からは血が滲んでいた。
「フッ。昂ってしまったか」
それすらも愉快なのか。永祥はバラバラになった木簡を床に落として笑いを零す。
「ここまで長かった。だがやっと……やっと手に入るのだな」
永祥はほくそ笑みながら、彼女の来訪を待つのであった。
「久方振りだのう? 美琳」
頭上から声が降り注ぐ。
美琳はわずかに首を反らす。と、見上げた先に、戦場で数え切れぬ程顔を合わせた男がいた。
「この間振りね、永祥」
そう言った瞬間。
「……ッ!」
バチン、と美琳の頬が強く叩かれる。複数の兵に拘束されていた美琳は、それから逃れることが出来なかった。
「永祥様と呼ばんか!」
一人の兵が憤慨して叫ぶ。それを永祥が手を挙げて遮る。
「良い。儂はこの者と話したき儀がある。お前たちは下がれ」
「そんな……!」
彼は美琳を指差しながら訴える。
「こいつは敵方の人間……。いや、〝化け物〟です。俺たちの仲間をあれ程殺した奴と二人きりになるだなんて危険で「下がれ」
ビク、っと兵士の体が竦む。
「……と言ったはずだが。ああ、お主の耳は飾りだったか? 要らぬなら儂が切り捨ててやろう」
永祥の言葉に兵は青ざめる。
「し、失礼致しました!」
彼含む、美琳の体を抑えていた兵たちは、慌てて執務室を去っていく。
そうしてその場には美琳と永祥だけになった。
美琳は縄で後ろ手に結ばれ、床で正座している。永祥は美琳に近寄ると、彼女の頬を掴んで無理やり目線を合わせる。
「懐かしいのう。前にもこんな風に話したな。覚えておるか?」
すると美琳は惚けた顔をする。
「そうだっけ? 私、どうでもいいことはすぐに忘れてしまうの」
一瞬固まる永祥。だがすぐに笑い出す。
「ははははは! 相変わらず威勢が良いのう」
永祥は荒々しく美琳から手を離す。その拍子に美琳は態勢が崩れて床に転がる。
文机の前に座り直した永祥は、頬杖を突いて訊ねた。
「して? わざわざ敵地に来て何用じゃ?」
その質問に、美琳は質問で返す。
「……貴方はどうして私が欲しかったの?」
「儂か? 無論、国のためさ」
「国のため?」
「そう。ただ国を想ってのことだ」
永祥の目はここではないどこかを見つめた。が、ふと視線を戻して問う。
「そう言うお主は何を求めている? 何か取引するために来たのであろう?」
「……ええ。それさえ叶うならなんでもするわ。私に出来ることならなんでも。もちろん、戦にも行ってあげる」
ぶち、と、裂ける音がする。直後、美琳の足元に解かれた縄が落ちる。
美琳は手首を摩りながら立ち上がると、強い眼差しで永祥を見つめた。
「その代わり、貴方も私に手を貸しなさい」
そういった彼女の栗色の瞳は、漆黒に染まって見えた。
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