永遠の伴侶

白藤桜空

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蛇の生殺しは人を噛む

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 黄昏時の都城とじょう
 人気のない路地の奥で一人の女が周囲をしきりに見回していた。すると後ろの物陰から男の声が聞こえてくる。
「――お主が静端ジングウェン殿か?」
 突然のことに静端の肩が小さく跳ねる。
「は、はい……!」
「――連絡に使った木簡もっかん如何いかがなされた」
「指示通り燃やして参りました」
「――よろしい」
 その言葉を合図に覆面の男が音も無く現れた。
「来ないかと思ったが」
 男が言うと、静端の瞳が揺らぐ。
「そう、ですね。来るかどうか大変迷いました」
「だがここに居るということは……覚悟が出来たということでよろしいか?」
「……はい」
 静端は彼の問いかけに首肯すると、胸に手を当てて拳を握る。
「私もお訊ねします。貴方は確かに美琳メイリン様からの使者であると証明出来ますか? 私をおとしめるための者ではない、という証拠をお見せいただけないでしょうか」
「ほう? 美琳殿の仰っていた通り、用心深いのですな」
 感心したという風に男は言うと、懐から一枚の木簡を出して静端に見せる。
「美琳殿は〝これさえ見せれば伝わる〟と申しておった」
「これは……!」
 見た瞬間、静端は瞠目する。
「この、蚯蚓ミミズののたくったような筆跡は……! 間違いなく美琳様のものです!」
 そのげんに男は思わず吹き出す。
「も、元の主にその言い草は無いのではないか?」
「嘘を言う必要は無いと思いますが」
「確かにそうなのだが……」
「それにではありません。今でも私の主人は美琳様です」
「……その決意があるならば本題に移っても良かろう」
 男は静端に渡した木簡を指し示しながら話す。
「初めに出した連絡にあったように、お主には美琳殿の協力者・・・になっていただきたい。詳細に関してはこちらに書かれているそうだ」
「そのようですわね……。きさきとそのご子息のご予定を貴方にお伝えするように、と記されております」
 その静端の言葉に男は数度またたく。
「……よく読めるな」
「慣れております故」
「そうか……」
 静端は木簡の最後まで目を通すと、眉根を寄せて男に訊ねる。
「私がお伝えした情報はどのように使われる予定でございますか?」
「それは……聞かぬ方がお主のためになるだろう。聞いてはならぬことがこの世にはごまんとある」
「……! ではそれは、美琳様のお考えにもとづく計画でございますか?」
「それは間違いない」
「そう、ですか……。ならば私はどこまでも付いていくだけです」
 静端は強い光を目に宿し、手にしていた木簡を男に返す。が、それを男は一度押し戻し、ふところから火打石を取り出すと、木簡に向けて火花を散らす。
 あっという間に燃え始めた木簡。静端は慌てて地面に落とす。
「どんな証拠も残してはならんからな。お主も肝に銘じておくように」
 彼の鋭い眼差しに対して、静端もひるむことなく見つめ返す。
「承知致しました」
 男は満足気に頷く。と、地面に落ちている影が濃くなっているのに気付き、静端を見やる。
「また三日後にここで落ち合おう。刻限は同じ頃合いで」
「はい。それまでにはご用意致します」
「頼んだぞ。それでは」
 そう言った瞬間、男の姿が掻き消えた。
 静端はその素早さに目を見開く。だが彼女もすぐにその場を後にするのであった。
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