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猫の額にあるものを鼠が窺う
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「ん……ふッ……ああ!」
女の上擦った声。と、肌と肌がぶつかる音。そして粘液の混ざり溶け合う音が聞こえてくる。部屋の中には淫猥な空気が噎せ返り、中央に据えられた床の上では二人の男女が一糸纏わぬ姿で一つになっている。
――後宮の一室。
そこでは文生が乱暴な腰付で女に肉棒を打ちつけていた。その動きに合わせて、女はわざとらしい嬌声を上げる。
「王……今日は一段と、ン! 激しゅう、ございます、ねッ! あッ……!」
女は不安そうに瞳を揺らしながら窺う。が、文生は彼女に応えることなく、昼間の会話を思い出していた――――
「痕跡が見つからない、だと? ちゃんと調べたのか?」
文生は浩源の言葉に憤りを見せる。対して浩源は淡々と答える。
「はい。宮殿だけでなく市中でも聞き込みをしましたが、主犯二人から聴取した特徴を見知っている者は誰もおりませんでした」
「どんな情報でも構わんのだぞ?」
「私も部下たちに念入りに調べさせたのですが……。そもそも二人がはっきりとは覚えていないようなのです」
「覚えてない?」
「ええ。顔を見て話したはずなのに、今は頭の中に霞がかったように思い出せない、と言っています」
「……顔だけでなく、他のこともか?」
「いえ、確か……女であったのは間違いないそうです。……それから」
「それから?」
「初対面なはずなのに、聞き覚えのある声だった、と。まるで少女のような――――」
「王? 如何されました?」
「……!」
文生は女の呼びかけに意識を戻す。
「御加減でも悪うございますか?」
心配そうに首を傾げる彼女。文生は溜息を吐きながら、〝なんでもない〟と言って挿抜を再開させようと、彼女の腰を掴む。が。
――折れてしまいそうな程に細い腰。新雪のように白い肌。細やかに膨らんだ乳房。汗で張り付いた艶やかな黒髪。
目の前にいる女の持つすべてが、彼女を想起させた。
――沢山の夫人候補の中から直感的に選んだ貴族の娘。無意識の内に彼女に似た者を選んでいたことに、このとき初めて気付いた。
「……興が醒めた」
「え……」
そう言って文生は彼女の中から陰茎を抜くと、出口に向かって歩き始める。その後ろから、部屋に控えていた侍女が現れて彼の肩に寝間着を掛ける。
その様子を呆然と見ていた彼女。ふと我に返って文生を呼び止める。
「お、お待ちください! 私の何がいけなかったのでしょうか⁈」
「……今日は気分が乗らなかっただけだ。気にするでない」
「ッ! そう、でございますか」
女は一度唇を噛みしめる。そしてすぐに床から降りて拱手し、頭を下げる。
「承知致しました。またの御越しをお待ちしております」
感情に身を任せない彼女の姿。それはあまりにも彼女と違っていた。
文生はちらりと顧みる。しかし彼女の元へと戻ることはしなかった。
女の上擦った声。と、肌と肌がぶつかる音。そして粘液の混ざり溶け合う音が聞こえてくる。部屋の中には淫猥な空気が噎せ返り、中央に据えられた床の上では二人の男女が一糸纏わぬ姿で一つになっている。
――後宮の一室。
そこでは文生が乱暴な腰付で女に肉棒を打ちつけていた。その動きに合わせて、女はわざとらしい嬌声を上げる。
「王……今日は一段と、ン! 激しゅう、ございます、ねッ! あッ……!」
女は不安そうに瞳を揺らしながら窺う。が、文生は彼女に応えることなく、昼間の会話を思い出していた――――
「痕跡が見つからない、だと? ちゃんと調べたのか?」
文生は浩源の言葉に憤りを見せる。対して浩源は淡々と答える。
「はい。宮殿だけでなく市中でも聞き込みをしましたが、主犯二人から聴取した特徴を見知っている者は誰もおりませんでした」
「どんな情報でも構わんのだぞ?」
「私も部下たちに念入りに調べさせたのですが……。そもそも二人がはっきりとは覚えていないようなのです」
「覚えてない?」
「ええ。顔を見て話したはずなのに、今は頭の中に霞がかったように思い出せない、と言っています」
「……顔だけでなく、他のこともか?」
「いえ、確か……女であったのは間違いないそうです。……それから」
「それから?」
「初対面なはずなのに、聞き覚えのある声だった、と。まるで少女のような――――」
「王? 如何されました?」
「……!」
文生は女の呼びかけに意識を戻す。
「御加減でも悪うございますか?」
心配そうに首を傾げる彼女。文生は溜息を吐きながら、〝なんでもない〟と言って挿抜を再開させようと、彼女の腰を掴む。が。
――折れてしまいそうな程に細い腰。新雪のように白い肌。細やかに膨らんだ乳房。汗で張り付いた艶やかな黒髪。
目の前にいる女の持つすべてが、彼女を想起させた。
――沢山の夫人候補の中から直感的に選んだ貴族の娘。無意識の内に彼女に似た者を選んでいたことに、このとき初めて気付いた。
「……興が醒めた」
「え……」
そう言って文生は彼女の中から陰茎を抜くと、出口に向かって歩き始める。その後ろから、部屋に控えていた侍女が現れて彼の肩に寝間着を掛ける。
その様子を呆然と見ていた彼女。ふと我に返って文生を呼び止める。
「お、お待ちください! 私の何がいけなかったのでしょうか⁈」
「……今日は気分が乗らなかっただけだ。気にするでない」
「ッ! そう、でございますか」
女は一度唇を噛みしめる。そしてすぐに床から降りて拱手し、頭を下げる。
「承知致しました。またの御越しをお待ちしております」
感情に身を任せない彼女の姿。それはあまりにも彼女と違っていた。
文生はちらりと顧みる。しかし彼女の元へと戻ることはしなかった。
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