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猫の額にあるものを鼠が窺う
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夜も更けた頃。
とある貴族の屋敷に頭巾を被った使用人姿の男が入っていく。
屋敷の中からは女たちの嬌声と、酒に酔った男たちの猥雑な話し声が漏れ、先に進めば酒と肉の匂いが充満し、溢れている。
贅を尽くした――尽くし過ぎて卑しさが勝っている宴の隅で、その男は息を潜めて二人の貴族の傍に寄っていく。
「いやあ、しかし彼の国と取引してこんな生活を送れるとは。誘われたときはどうしようかと思いましたが、こんな簡単に上手くいくなんての」
一人が杯を揺らしながら隣にいる男に話しかける。と、彼も杯を持ち上げながら返す。
「やってみるものでしょう? どうせあの王が気付くこともあるまい」
「うむ。仁顺丞相が亡き今、王一人で我らの動向など探り切れぬであろう」
「新しい丞相もこちらの息がかかった者。上手く帳簿を合わせてくれているでしょう」
「万が一バレたとしても捨て駒にする者も用意しておる。我らに被害が及ぶことはあるまい」
「お主も悪いお人だ」
「何。お主程ではない」
「ふふふ」
「ははははは」
二人がほくそ笑んでいると、裸同然の女たちが彼らに纏わりつく。
「ねぇ、難しい話なんてよして、私たちと遊びましょうよ」
女が甘い声で男たちを誘うと、彼らは下卑た声で返す。
「そうだな。お主たちに分からん話をしてもつまらんよな」
「あら酷い。私たちだって少しは分かるんですよ? 貴方たちが悪ぅい話をしているんだ、ってこと」
「は……?」
「そんな悪ぅいお話をこんな人がいるところでしてはいけませんよ? 誰が聞いているか分からないんですから」
彼女らの内の一人が〝しぃ……〟と言いながら人差し指を口の前に持っていく。同時に彼女の後ろから、使用人の格好をした男たちが密談をしていた二人に向かってまっすぐに向かってくる。
「な、まさか……!」
「そのまさか、ですよ」
と、頭巾で顔を隠した使用人姿の男が言いつつ、男たちの腕を掴む。その拍子に頭巾の隙間から糸のように細い目が垣間見え、腕を掴まれた男はその風貌に目を見開く。
「お前は⁉ 追放されたのではなかったのか⁈」
「はて。なんの事でございましょう」
飄々と頭巾の男は返すと、腰に掛けていた縄で男を素早く拘束する。隣でも別の使用人姿の男がもう一人を捕らえ終えていた。
「先程の続きはぜひ王の御前でお話くださいませ。時間はたっぷりございますから」
「ひッ!」
頭巾を被った男の細い目が、更に細く弧を描く。それを見た男たちは、この先で待ち構えている絶望を甘んじて受ける道しか残されていなかった。
「それで? 其方らは剛にどれ程鉄鉱石を横流ししたのだ?」
「…………」
宮殿の大広間。
そこでは連行されてきた二人――に加えて、数人の男たちが、兵らに拘束されて床に座らせられていた。
広間の中央の椅子には文生が座し、文生は中心にいる二人に問いかけた。が、二人からは無言しか返ってこない。
「……もう覚えておらぬ程の量を流したようだな。ならば罪状は」
「お、王! 私はこの者に唆されただけなのです!」
文生の言葉に被せるように、一人の男が慌てて隣の男を顎で指し示す。
「ほう? 主犯は其方か」
と言って文生はもう一人の方を見つめる。すると見られた方の男が唾を飛ばしながら初めに声を上げた男に向かって叫ぶ。
「お、お主こそ、人員の手配など嬉々としてやっておったではないか!」
「私はお主に誘われねばやらなかったわ!」
「それに乗ったお主とて同罪だッ!」
「私を巻き込むな!」
「何を「もうよい」
お互いを罵倒し始めた二人。だが、文生に遮られた途端、首をつままれた猫のように大人しくなる。
「これ以上我に見苦しいものを見せるでない。どう足掻こうとも其方らの過去が変わる訳ではないのだ」
「う……」
文生は大きな溜息を吐くと、近くに控えていた部下から一枚の木簡を受け取り、もう一度溜息を零す。
「其方らが横流しした量は〝小遣い稼ぎ〟というには多過ぎる。これは反逆罪と捉えてもおかしくない量だ」
その言葉に男たちは愕然とする。
「そんな……! そんなつもりは微塵もございません!」
「そんなつもりが無くとも、証拠がそう言っているのだ」
「ッ!」
男たちは言葉を失い、項垂れる。文生は無感情にそれを見つめ、口を開く。
「それともう一つ。これが一番大事なことだ」
「……?」
二人は顔を上げる。
「其方らにその取引を持ちかけたのは剛の誰だ?」
とある貴族の屋敷に頭巾を被った使用人姿の男が入っていく。
屋敷の中からは女たちの嬌声と、酒に酔った男たちの猥雑な話し声が漏れ、先に進めば酒と肉の匂いが充満し、溢れている。
贅を尽くした――尽くし過ぎて卑しさが勝っている宴の隅で、その男は息を潜めて二人の貴族の傍に寄っていく。
「いやあ、しかし彼の国と取引してこんな生活を送れるとは。誘われたときはどうしようかと思いましたが、こんな簡単に上手くいくなんての」
一人が杯を揺らしながら隣にいる男に話しかける。と、彼も杯を持ち上げながら返す。
「やってみるものでしょう? どうせあの王が気付くこともあるまい」
「うむ。仁顺丞相が亡き今、王一人で我らの動向など探り切れぬであろう」
「新しい丞相もこちらの息がかかった者。上手く帳簿を合わせてくれているでしょう」
「万が一バレたとしても捨て駒にする者も用意しておる。我らに被害が及ぶことはあるまい」
「お主も悪いお人だ」
「何。お主程ではない」
「ふふふ」
「ははははは」
二人がほくそ笑んでいると、裸同然の女たちが彼らに纏わりつく。
「ねぇ、難しい話なんてよして、私たちと遊びましょうよ」
女が甘い声で男たちを誘うと、彼らは下卑た声で返す。
「そうだな。お主たちに分からん話をしてもつまらんよな」
「あら酷い。私たちだって少しは分かるんですよ? 貴方たちが悪ぅい話をしているんだ、ってこと」
「は……?」
「そんな悪ぅいお話をこんな人がいるところでしてはいけませんよ? 誰が聞いているか分からないんですから」
彼女らの内の一人が〝しぃ……〟と言いながら人差し指を口の前に持っていく。同時に彼女の後ろから、使用人の格好をした男たちが密談をしていた二人に向かってまっすぐに向かってくる。
「な、まさか……!」
「そのまさか、ですよ」
と、頭巾で顔を隠した使用人姿の男が言いつつ、男たちの腕を掴む。その拍子に頭巾の隙間から糸のように細い目が垣間見え、腕を掴まれた男はその風貌に目を見開く。
「お前は⁉ 追放されたのではなかったのか⁈」
「はて。なんの事でございましょう」
飄々と頭巾の男は返すと、腰に掛けていた縄で男を素早く拘束する。隣でも別の使用人姿の男がもう一人を捕らえ終えていた。
「先程の続きはぜひ王の御前でお話くださいませ。時間はたっぷりございますから」
「ひッ!」
頭巾を被った男の細い目が、更に細く弧を描く。それを見た男たちは、この先で待ち構えている絶望を甘んじて受ける道しか残されていなかった。
「それで? 其方らは剛にどれ程鉄鉱石を横流ししたのだ?」
「…………」
宮殿の大広間。
そこでは連行されてきた二人――に加えて、数人の男たちが、兵らに拘束されて床に座らせられていた。
広間の中央の椅子には文生が座し、文生は中心にいる二人に問いかけた。が、二人からは無言しか返ってこない。
「……もう覚えておらぬ程の量を流したようだな。ならば罪状は」
「お、王! 私はこの者に唆されただけなのです!」
文生の言葉に被せるように、一人の男が慌てて隣の男を顎で指し示す。
「ほう? 主犯は其方か」
と言って文生はもう一人の方を見つめる。すると見られた方の男が唾を飛ばしながら初めに声を上げた男に向かって叫ぶ。
「お、お主こそ、人員の手配など嬉々としてやっておったではないか!」
「私はお主に誘われねばやらなかったわ!」
「それに乗ったお主とて同罪だッ!」
「私を巻き込むな!」
「何を「もうよい」
お互いを罵倒し始めた二人。だが、文生に遮られた途端、首をつままれた猫のように大人しくなる。
「これ以上我に見苦しいものを見せるでない。どう足掻こうとも其方らの過去が変わる訳ではないのだ」
「う……」
文生は大きな溜息を吐くと、近くに控えていた部下から一枚の木簡を受け取り、もう一度溜息を零す。
「其方らが横流しした量は〝小遣い稼ぎ〟というには多過ぎる。これは反逆罪と捉えてもおかしくない量だ」
その言葉に男たちは愕然とする。
「そんな……! そんなつもりは微塵もございません!」
「そんなつもりが無くとも、証拠がそう言っているのだ」
「ッ!」
男たちは言葉を失い、項垂れる。文生は無感情にそれを見つめ、口を開く。
「それともう一つ。これが一番大事なことだ」
「……?」
二人は顔を上げる。
「其方らにその取引を持ちかけたのは剛の誰だ?」
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