84 / 97
猫の額にあるものを鼠が窺う
84
しおりを挟む
囂々と焚火が燃え盛っている。
白い煙が分厚い雲の垂れ込める空に立ち昇り、緋色が広場の中央で存在を誇示している。嬲るようにゆらめく炎は、広場に集まっている上級官吏たちを畏れさせようとしていた。
「……まだ儀式は始まらぬのか?」
焚火を遠巻きに眺めている官吏の一人が、苛立たし気に呟く。と、隣にいた官吏も不満を吐き出す。
「一体何時まで待たせるのだ。こういうことは早く済ませるのに限るというのに」
「まったくだ。それにこの天気では何時雨が降り出してもおかしくない。降ってしまう前に執り行わなければ……」
「そういえばあの話は本当なのか?」
「ああ。どうも偽りではなさそうぞ」
「なんということだ……。〝死んだ者が生き返る〟などという眉唾な話、どこで仕入れてきたものかと思ったが、まさか本当だとは」
「豚舎から帰ってきた者の証言通り、あそこに奴の死体は無く、その代わり兵たちの死体しか見つからなかったのだからな。信じる他あるまい」
「それにしたって、そのようなことが起こるとは、まさかまさか」
「うむ。王殺しをするだけならいざ知らず、あんな化け物だとは思わなんだ」
「やはり剛から送られた呪術の類いなのだろうか」
「きっとそうであろう。国が祟られる前に早く祓わってしまわねば。さもないと――」
ドン。ドン。ドン。
三つ、太鼓が打ち鳴らされる。直後、白い着物を着た男たちが宮殿の奥から一列になって出てくる。
男たちは右手に青銅剣、左手には頭よりも一回り大きな仮面を持っている。彼らが顔を隠しているその仮面は、憤怒の表情を形作っている。
彼らは太鼓の音に合わせて足音を踏み鳴らし、焚火が燃やされている中央に歩み出る。そして焚火を囲うように円陣を組むと、炎の上に剣を翳す。パチパチと火の粉が剣の上を跳ねて黄金色の刀身を輝かせ、男たちは剣先が熱を持ったのを確認すると、剣を天に突きあげる。そして勢いよく後ろに振り向き、剣舞を始める。
威嚇をしたかと思えば、斬り伏せるように舞う。統率の取れた鮮やかな身のこなしに、官吏たちは魅入られる。しかしつと、違う動きを始める者が現れる。
その者は同じ踊りを踊りながら、一歩ずつ、隣にいる者に近寄る。そして隣の男が剣を振り上げると、その斬撃を剣で受け止め、高い金属音を掻き鳴らす。
一瞬、場内に驚愕が伝播する。だがすぐに鎮静化する。
「此度の演舞ではこういう演出をすることになったのですな。いやはや、心の臓に悪い」
「そうですな。そういうのは事前に言ってもらッ⁈」
ゴロン、と、二人の官吏の前に〝何か〟が転がり落ちる。それはゴロゴロと真っ赤な道筋を作りながら官吏の足元にやってくる。官吏の一人が自身の影で見えなくなってしまったそれを見ようとしゃがむ。と、
「ひ、ひぃ!」
それは憤怒の仮面を引き剥がされ、恐怖の感情を貼りつけられた男の首だった。
――後はもう、〝彼女〟の独擅場であった。
広間に集まっていた人間で、演者の内の一人が突然、他の演者の首を斬り、そして周囲にいた人々にも襲い掛かるなどという凶行に出るなど、予想していた者はいなかった。更には、暗闇に乗じて神出鬼没に殺して回る彼女に、焚火しか頼るところのない人々が太刀打ち出来る訳も無かった。
数十分後には死体の山が出来上がり、山の中心には白い着物を真っ赤に染め上げた少女唯一人しかいなかった。
「……こんなもんかしら」
少女は生存者がいないか周囲を見回し、その拍子に憤怒の仮面を踏み砕く。粉々になった仮面を見やると、彼女は盛大な溜息を吐く。
「はぁ……。本当にこんなことで文生に近付けるのかしら。嘘だったら承知しないんだからね。永祥」
そう言うと美琳は、手にしていた剣を地面に放り投げ、その場を後にする。と、その後ろで、小雨が焚火を消し始めるのであった。
白い煙が分厚い雲の垂れ込める空に立ち昇り、緋色が広場の中央で存在を誇示している。嬲るようにゆらめく炎は、広場に集まっている上級官吏たちを畏れさせようとしていた。
「……まだ儀式は始まらぬのか?」
焚火を遠巻きに眺めている官吏の一人が、苛立たし気に呟く。と、隣にいた官吏も不満を吐き出す。
「一体何時まで待たせるのだ。こういうことは早く済ませるのに限るというのに」
「まったくだ。それにこの天気では何時雨が降り出してもおかしくない。降ってしまう前に執り行わなければ……」
「そういえばあの話は本当なのか?」
「ああ。どうも偽りではなさそうぞ」
「なんということだ……。〝死んだ者が生き返る〟などという眉唾な話、どこで仕入れてきたものかと思ったが、まさか本当だとは」
「豚舎から帰ってきた者の証言通り、あそこに奴の死体は無く、その代わり兵たちの死体しか見つからなかったのだからな。信じる他あるまい」
「それにしたって、そのようなことが起こるとは、まさかまさか」
「うむ。王殺しをするだけならいざ知らず、あんな化け物だとは思わなんだ」
「やはり剛から送られた呪術の類いなのだろうか」
「きっとそうであろう。国が祟られる前に早く祓わってしまわねば。さもないと――」
ドン。ドン。ドン。
三つ、太鼓が打ち鳴らされる。直後、白い着物を着た男たちが宮殿の奥から一列になって出てくる。
男たちは右手に青銅剣、左手には頭よりも一回り大きな仮面を持っている。彼らが顔を隠しているその仮面は、憤怒の表情を形作っている。
彼らは太鼓の音に合わせて足音を踏み鳴らし、焚火が燃やされている中央に歩み出る。そして焚火を囲うように円陣を組むと、炎の上に剣を翳す。パチパチと火の粉が剣の上を跳ねて黄金色の刀身を輝かせ、男たちは剣先が熱を持ったのを確認すると、剣を天に突きあげる。そして勢いよく後ろに振り向き、剣舞を始める。
威嚇をしたかと思えば、斬り伏せるように舞う。統率の取れた鮮やかな身のこなしに、官吏たちは魅入られる。しかしつと、違う動きを始める者が現れる。
その者は同じ踊りを踊りながら、一歩ずつ、隣にいる者に近寄る。そして隣の男が剣を振り上げると、その斬撃を剣で受け止め、高い金属音を掻き鳴らす。
一瞬、場内に驚愕が伝播する。だがすぐに鎮静化する。
「此度の演舞ではこういう演出をすることになったのですな。いやはや、心の臓に悪い」
「そうですな。そういうのは事前に言ってもらッ⁈」
ゴロン、と、二人の官吏の前に〝何か〟が転がり落ちる。それはゴロゴロと真っ赤な道筋を作りながら官吏の足元にやってくる。官吏の一人が自身の影で見えなくなってしまったそれを見ようとしゃがむ。と、
「ひ、ひぃ!」
それは憤怒の仮面を引き剥がされ、恐怖の感情を貼りつけられた男の首だった。
――後はもう、〝彼女〟の独擅場であった。
広間に集まっていた人間で、演者の内の一人が突然、他の演者の首を斬り、そして周囲にいた人々にも襲い掛かるなどという凶行に出るなど、予想していた者はいなかった。更には、暗闇に乗じて神出鬼没に殺して回る彼女に、焚火しか頼るところのない人々が太刀打ち出来る訳も無かった。
数十分後には死体の山が出来上がり、山の中心には白い着物を真っ赤に染め上げた少女唯一人しかいなかった。
「……こんなもんかしら」
少女は生存者がいないか周囲を見回し、その拍子に憤怒の仮面を踏み砕く。粉々になった仮面を見やると、彼女は盛大な溜息を吐く。
「はぁ……。本当にこんなことで文生に近付けるのかしら。嘘だったら承知しないんだからね。永祥」
そう言うと美琳は、手にしていた剣を地面に放り投げ、その場を後にする。と、その後ろで、小雨が焚火を消し始めるのであった。
0
あなたにおすすめの小説
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】『紅蓮の算盤〜天明飢饉、米問屋女房の戦い〜』
月影 朔
歴史・時代
江戸、天明三年。未曽有の大飢饉が、大坂を地獄に変えた――。
飢え死にする民を嘲笑うかのように、権力と結託した悪徳商人は、米を買い占め私腹を肥やす。
大坂の米問屋「稲穂屋」の女房、お凛は、天才的な算術の才と、決して諦めない胆力を持つ女だった。
愛する夫と店を守るため、算盤を武器に立ち向かうが、悪徳商人の罠と権力の横暴により、稲穂屋は全てを失う。米蔵は空、夫は獄へ、裏切りにも遭い、お凛は絶望の淵へ。
だが、彼女は、立ち上がる!
人々の絆と夫からの希望を胸に、お凛は紅蓮の炎を宿した算盤を手に、たった一人で巨大な悪へ挑むことを決意する。
奪われた命綱を、踏みにじられた正義を、算盤で奪い返せ!
これは、絶望から奇跡を起こした、一人の女房の壮絶な歴史活劇!知略と勇気で巨悪を討つ、圧巻の大逆転ドラマ!
――今、紅蓮の算盤が、不正を断罪する鉄槌となる!
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―
MisakiNonagase
大衆娯楽
「サレ夫、再生。不倫妻、転落。──その代償は、あまりに重い。」
「嘘で塗り固めた20年より、真実で歩む明日がいい。」
失って初めて気づく、守られていた日々の輝き。
46歳の美香にとって、誠実な夫と二人の息子に囲まれた生活は、退屈で窮屈な「檻」だった。若い男からの甘い誘惑に、彼女は20年の歳月を投げ打って飛び込んだ。 しかし、彼女が捨てたのは「檻」ではなく「聖域」だったのだ。 不倫、発覚、離婚、そして孤独。 かつての「美しい奥様」が、厚化粧で場末のスナックのカウンターに立つまでの足取りと、傷つきながらも真実の幸福を掴み取っていく夫・徹の再生を描く。 家族とは何か、誠実さとは何か。一通の離婚届が、二人の人生を光と影に分かつ。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる