90 / 97
刀折れ矢尽きる
90
しおりを挟む
「宣戦布告が来た? それ本当?」
濡れ羽色の髪の少女が聞き直す。すると白髪頭の老年の男が答える。
「ようやっとこちらに振り向いたのう。良かったな? 美琳」
美琳は猫のように目を細めて微笑む。
「ふふ。貴方も楽しみにしていたんでしょう? 永祥」
永祥もにやけ面で言う。
「言わんでも分かっておろう。散々口説いてきた仲間なのだから」
「もちろんよ。でも大事なことは確認しておかないとでしょう?」
「それもそうだな……」
顎髭を撫でながら永祥は頷く。
「儂も嬉しくて堪らんわ。これからあやつらを手に入れられるなんて、十年もの間ちょっかいを出し続けた甲斐があったわ」
「私も、貴方がちゃんと取引を守ってくれて嬉しいわ」
「取引は成立させてこそのものだからな。お主が居ったおかげでここまで漕ぎ着けることが出来たのだ。こちらもそれ相応の働きをせねばならッ……グッ、ゴホッゴホッ!」
突然噎せる永祥。手で口を抑えて咳き込み続ける彼を、美琳は小首を傾げて覗き込む。
「どうしたの?」
「いや、ゲホッ、何、最近風邪気味なだけだ」
「ふぅん……」
途端、美琳は興味を無くし、ひらひらと手を振りながら部屋を出ていく。
「気を付けなさいよね。これからが本番なんだから」
「ああ。分かっておるさ」
一人残された永祥は小さく呟く。
「……きっと終わるまでは持ってくれるであろう」
そう言って永祥は血の付いた掌を見つめるのであった。
――そうして戦の火蓋が切って落とされた。
剛とその属国鳳、そして修は総力を集め、早々に決着をつけようと意気込んで戦い始めた。だが彼らの思惑とは裏腹に、戦況は一進一退を繰り返し続け、勝敗が決まらぬまま時間だけが過ぎていった。
やがて二年が経とうとした頃、とうとう美琳の怒りが爆発した。
「どういうことなのよ⁉ 鳳を使えばすぐに終わるって言ってたのに全然違うじゃない!」
金切り声で叫びながら美琳は、床で横になっている永祥を睨みつける。と、永祥が上体を起こして、か細い声で話す。
「単純に……あやつらの、方が……上手だった、ようじゃの……。ゴホッゴホッ!」
痰の絡んだ咳をする永祥。するとすかさず侍女が永祥に水の入った杯を手渡す。永祥はそれをゆっくりと飲むと、落ち窪んだ眼で美琳を見上げる。
「儂も……もっと早く、手に入れられると、思ったんだがの……。どうやら儂の方が、先に終わるようだ……」
「……!」
刹那、美琳の脳裏に、数か月前に見た静端の――微笑む顔も、怒る顔も、泣く顔すらも見ることの出来なくなった――最期の姿が過っていった。
「貴方……死ぬのね?」
美琳がまっすぐに永祥を見つめる。と、永祥は眉尻を下げて笑う。
「はは。そこまで、率直に、言うなんて……お主らしいのッゴホッ!」
永祥は再び咳き込み、侍女が彼の背中を摩る。
「これでも、持った方だと……思うんだがのう。流石にもう、駄目なようだな」
息も絶え絶えに言うと永祥は、枯れ果てた手を伸ばして美琳の手を掴む。
「後は頼んだぞ」
先程までの弱り切った姿から一転、力強い語気になる永祥。つられて美琳も鋭い眼差しになる。
「任されなくたってやり遂げるわよ。それが私の望みだもの」
そう言うと美琳は永祥の手を握り返す。
永祥は小さく瞠目する。そして今までになく優しく微笑む。
「そうか。お主ならきっと叶えるだろうよ」
「……きっとじゃないわ。〝必ず〟よ」
「フッ。そうだったな……。お主はいつもそう言っておったな」
永祥は遠く彼方を見つめながら囁く。
「儂も、お主を手に入れて、我が国を強く出来て満足じゃわい。後はお主がここに居続けてくれれば、文句は、ない、のだ……が……」
段々と萎んでいく永祥の声。体の力も抜けて美琳の手から零れ落ち、ギラついていた瞳は瞼で閉ざされる。永祥の体を支えていた侍女は彼をそっと横たえる。
美琳は冷たくなっていく永祥を見下ろしながら、誰にも聞こえない声で呟く。
「……それは約束出来ないわ。だって文生がここに来ることはないだろうから」
そう言った彼女の顔には、なんの感情も浮かんでいなかった。
濡れ羽色の髪の少女が聞き直す。すると白髪頭の老年の男が答える。
「ようやっとこちらに振り向いたのう。良かったな? 美琳」
美琳は猫のように目を細めて微笑む。
「ふふ。貴方も楽しみにしていたんでしょう? 永祥」
永祥もにやけ面で言う。
「言わんでも分かっておろう。散々口説いてきた仲間なのだから」
「もちろんよ。でも大事なことは確認しておかないとでしょう?」
「それもそうだな……」
顎髭を撫でながら永祥は頷く。
「儂も嬉しくて堪らんわ。これからあやつらを手に入れられるなんて、十年もの間ちょっかいを出し続けた甲斐があったわ」
「私も、貴方がちゃんと取引を守ってくれて嬉しいわ」
「取引は成立させてこそのものだからな。お主が居ったおかげでここまで漕ぎ着けることが出来たのだ。こちらもそれ相応の働きをせねばならッ……グッ、ゴホッゴホッ!」
突然噎せる永祥。手で口を抑えて咳き込み続ける彼を、美琳は小首を傾げて覗き込む。
「どうしたの?」
「いや、ゲホッ、何、最近風邪気味なだけだ」
「ふぅん……」
途端、美琳は興味を無くし、ひらひらと手を振りながら部屋を出ていく。
「気を付けなさいよね。これからが本番なんだから」
「ああ。分かっておるさ」
一人残された永祥は小さく呟く。
「……きっと終わるまでは持ってくれるであろう」
そう言って永祥は血の付いた掌を見つめるのであった。
――そうして戦の火蓋が切って落とされた。
剛とその属国鳳、そして修は総力を集め、早々に決着をつけようと意気込んで戦い始めた。だが彼らの思惑とは裏腹に、戦況は一進一退を繰り返し続け、勝敗が決まらぬまま時間だけが過ぎていった。
やがて二年が経とうとした頃、とうとう美琳の怒りが爆発した。
「どういうことなのよ⁉ 鳳を使えばすぐに終わるって言ってたのに全然違うじゃない!」
金切り声で叫びながら美琳は、床で横になっている永祥を睨みつける。と、永祥が上体を起こして、か細い声で話す。
「単純に……あやつらの、方が……上手だった、ようじゃの……。ゴホッゴホッ!」
痰の絡んだ咳をする永祥。するとすかさず侍女が永祥に水の入った杯を手渡す。永祥はそれをゆっくりと飲むと、落ち窪んだ眼で美琳を見上げる。
「儂も……もっと早く、手に入れられると、思ったんだがの……。どうやら儂の方が、先に終わるようだ……」
「……!」
刹那、美琳の脳裏に、数か月前に見た静端の――微笑む顔も、怒る顔も、泣く顔すらも見ることの出来なくなった――最期の姿が過っていった。
「貴方……死ぬのね?」
美琳がまっすぐに永祥を見つめる。と、永祥は眉尻を下げて笑う。
「はは。そこまで、率直に、言うなんて……お主らしいのッゴホッ!」
永祥は再び咳き込み、侍女が彼の背中を摩る。
「これでも、持った方だと……思うんだがのう。流石にもう、駄目なようだな」
息も絶え絶えに言うと永祥は、枯れ果てた手を伸ばして美琳の手を掴む。
「後は頼んだぞ」
先程までの弱り切った姿から一転、力強い語気になる永祥。つられて美琳も鋭い眼差しになる。
「任されなくたってやり遂げるわよ。それが私の望みだもの」
そう言うと美琳は永祥の手を握り返す。
永祥は小さく瞠目する。そして今までになく優しく微笑む。
「そうか。お主ならきっと叶えるだろうよ」
「……きっとじゃないわ。〝必ず〟よ」
「フッ。そうだったな……。お主はいつもそう言っておったな」
永祥は遠く彼方を見つめながら囁く。
「儂も、お主を手に入れて、我が国を強く出来て満足じゃわい。後はお主がここに居続けてくれれば、文句は、ない、のだ……が……」
段々と萎んでいく永祥の声。体の力も抜けて美琳の手から零れ落ち、ギラついていた瞳は瞼で閉ざされる。永祥の体を支えていた侍女は彼をそっと横たえる。
美琳は冷たくなっていく永祥を見下ろしながら、誰にも聞こえない声で呟く。
「……それは約束出来ないわ。だって文生がここに来ることはないだろうから」
そう言った彼女の顔には、なんの感情も浮かんでいなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―
MisakiNonagase
大衆娯楽
「サレ夫、再生。不倫妻、転落。──その代償は、あまりに重い。」
「嘘で塗り固めた20年より、真実で歩む明日がいい。」
失って初めて気づく、守られていた日々の輝き。
46歳の美香にとって、誠実な夫と二人の息子に囲まれた生活は、退屈で窮屈な「檻」だった。若い男からの甘い誘惑に、彼女は20年の歳月を投げ打って飛び込んだ。 しかし、彼女が捨てたのは「檻」ではなく「聖域」だったのだ。 不倫、発覚、離婚、そして孤独。 かつての「美しい奥様」が、厚化粧で場末のスナックのカウンターに立つまでの足取りと、傷つきながらも真実の幸福を掴み取っていく夫・徹の再生を描く。 家族とは何か、誠実さとは何か。一通の離婚届が、二人の人生を光と影に分かつ。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる