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少年は青年に育ち、少女と愛を育む
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勇豪と名乗った男はひとまず二人の家に行きたいと話す。美琳と文生は顔を見合わせると、自宅へ案内することにした。
家に着くと二人が先に入った。すると老婆がいつも通りの笑みで出迎えてくれた。
「おかえり、文生、美琳。今日は早かったね」
それに文生が落ち着かない様子で返す。
「ただいま婆様。その……勇豪さんって人が来てて……話があるみたいで家まで案内したんだけど……」
「ッ!そう……入ってもらいなさい」
老婆の承諾を得た二人は勇豪を招き入れる。
勇豪は戸口に頭をぶつけないように屈んで入り、小さな家に大きな体躯を納めた。室内が狭まったように感じる程の圧迫感は一種の恐怖を与えたが、老婆は怯えた様子を見せることなく大男に話しかける。
「……お久しぶりですね、勇豪様。お変わりありませんか?」
「俺はこの通りだ。お前は……小さくなったか?」
「そりゃ歳ですもの、小さくもなりますよ」
「そうか……」
「ところで今日は……お迎えにいらしたのですね?」
「うむ。支度を調えてやってくれ」
「承りました」
老婆と大男のやり取りを文生と美琳はただ見守るしかなかった。話し終えた老婆は固まっていた文生に目線を移すと、綺麗な仕草でお辞儀をする。
「文生様、この度はお悔やみ申し上げます。そしておめでとうございます」
「……え?」
文生は戸惑った声を出す。
「その格好では差し支えますので、まず体を清めさせていただきますね」
そう言った老婆は立ち上がると水瓶で布を湿らせて文生の傍に戻ってくる。そこでふと、存在を思い出したように美琳に目を向ける。
「美琳、外に出ていておくれ」
突然呼びかけられた美琳は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、金魚のように口をパクパクさせた。だがその口から言葉が出ることはなく、彼女は家の外に出る。
三人だけの空間に静かで重い空気が漂う。老婆は必要最低限の言葉しか発さずに服を脱がせ、宣言通り文生の体を丁寧に清めていく。
文生は何から聞けば良いのか分からず、ただされるがままになっていた。
だが不意に、老婆が水底から這い出たような声で話し始めた。
「……十六年前、王宮にはとある奴隷の女性がいました。宮仕えをしていた彼女は身分こそ低いものの、類稀なる美貌と優しい人柄が王の目に留まり、寵愛を受けて側室まで登り詰めました。やがて女性は男の子を産み、王はその御子を大変可愛がりました。……先に生まれていた御正室の御子よりも」
そこで老婆は一呼吸置く。文生はごくりと生唾を飲み込んで話の続きを待つ。
「御正室はご自身を蔑ろにされ、王位継承第一位の我が子に見向きもされないことに怒り狂いました。しかも卑しい生まれの側室などどんな扱いをしても良いと考えました。そして御正室は側室付きの侍女に命じます。"毒を盛れ"と…………侍女は御側室に忠誠を誓った身、もちろん最初は断った。けれど逆らえば故郷を焼き討ちするなど言われたら、従う他なかった」
気づけば老婆の声は震え、目には涙が浮かんでいた。
「……儂は渡されていた毒薬を飲み物に混ぜた。盃を運ぶ手は震えて仕方なかった。それを目敏い御側室が気づかぬはずがなく、儂の手にある盃を恐怖が滲んだ目で見つめた。けれど、ニコリと微笑んで仰った」
老婆の目から涙が溢れ出る。
"息子を頼みます"
「……そう言うや否や、御側室は一息に盃を煽った。儂の目の前で、青白くなり、苦悶の顔を浮かべ、次第に動かなくなり冷たくなった。そのお姿は残酷な程に美しく、気高かった」
老婆の顎から雫が落ちた。
「儂は後を追おうと思っていた。でもそんなことを言われたら御子を連れて生き延びるしかなかった。御正室からの暗殺から逃れるために勇豪様と協力して、ここに帰り出自を隠して育てた。何もなければ、そのまま普通の子として生きられるように」
いつの間にか全身を清め終えた老婆は涙を拭って、静かに見守っていた勇豪を見上げる。
「着替えは持ってきていますかね?」
「あぁ、これだ」
勇豪は手に持っていたほつれ一つない見事な衣装籠を手渡す。老婆はそれを恭しく受け取ると中身を広げ、文生に見せる。
「文生様、こちらにお召し変えください」
そう言って差し出されたのは豪奢な刺繍が施された黄色の着物だった。田舎育ちの文生でもその意味が分からない訳がなかった。
「王位継承、まことにおめでとうございます」
家に着くと二人が先に入った。すると老婆がいつも通りの笑みで出迎えてくれた。
「おかえり、文生、美琳。今日は早かったね」
それに文生が落ち着かない様子で返す。
「ただいま婆様。その……勇豪さんって人が来てて……話があるみたいで家まで案内したんだけど……」
「ッ!そう……入ってもらいなさい」
老婆の承諾を得た二人は勇豪を招き入れる。
勇豪は戸口に頭をぶつけないように屈んで入り、小さな家に大きな体躯を納めた。室内が狭まったように感じる程の圧迫感は一種の恐怖を与えたが、老婆は怯えた様子を見せることなく大男に話しかける。
「……お久しぶりですね、勇豪様。お変わりありませんか?」
「俺はこの通りだ。お前は……小さくなったか?」
「そりゃ歳ですもの、小さくもなりますよ」
「そうか……」
「ところで今日は……お迎えにいらしたのですね?」
「うむ。支度を調えてやってくれ」
「承りました」
老婆と大男のやり取りを文生と美琳はただ見守るしかなかった。話し終えた老婆は固まっていた文生に目線を移すと、綺麗な仕草でお辞儀をする。
「文生様、この度はお悔やみ申し上げます。そしておめでとうございます」
「……え?」
文生は戸惑った声を出す。
「その格好では差し支えますので、まず体を清めさせていただきますね」
そう言った老婆は立ち上がると水瓶で布を湿らせて文生の傍に戻ってくる。そこでふと、存在を思い出したように美琳に目を向ける。
「美琳、外に出ていておくれ」
突然呼びかけられた美琳は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、金魚のように口をパクパクさせた。だがその口から言葉が出ることはなく、彼女は家の外に出る。
三人だけの空間に静かで重い空気が漂う。老婆は必要最低限の言葉しか発さずに服を脱がせ、宣言通り文生の体を丁寧に清めていく。
文生は何から聞けば良いのか分からず、ただされるがままになっていた。
だが不意に、老婆が水底から這い出たような声で話し始めた。
「……十六年前、王宮にはとある奴隷の女性がいました。宮仕えをしていた彼女は身分こそ低いものの、類稀なる美貌と優しい人柄が王の目に留まり、寵愛を受けて側室まで登り詰めました。やがて女性は男の子を産み、王はその御子を大変可愛がりました。……先に生まれていた御正室の御子よりも」
そこで老婆は一呼吸置く。文生はごくりと生唾を飲み込んで話の続きを待つ。
「御正室はご自身を蔑ろにされ、王位継承第一位の我が子に見向きもされないことに怒り狂いました。しかも卑しい生まれの側室などどんな扱いをしても良いと考えました。そして御正室は側室付きの侍女に命じます。"毒を盛れ"と…………侍女は御側室に忠誠を誓った身、もちろん最初は断った。けれど逆らえば故郷を焼き討ちするなど言われたら、従う他なかった」
気づけば老婆の声は震え、目には涙が浮かんでいた。
「……儂は渡されていた毒薬を飲み物に混ぜた。盃を運ぶ手は震えて仕方なかった。それを目敏い御側室が気づかぬはずがなく、儂の手にある盃を恐怖が滲んだ目で見つめた。けれど、ニコリと微笑んで仰った」
老婆の目から涙が溢れ出る。
"息子を頼みます"
「……そう言うや否や、御側室は一息に盃を煽った。儂の目の前で、青白くなり、苦悶の顔を浮かべ、次第に動かなくなり冷たくなった。そのお姿は残酷な程に美しく、気高かった」
老婆の顎から雫が落ちた。
「儂は後を追おうと思っていた。でもそんなことを言われたら御子を連れて生き延びるしかなかった。御正室からの暗殺から逃れるために勇豪様と協力して、ここに帰り出自を隠して育てた。何もなければ、そのまま普通の子として生きられるように」
いつの間にか全身を清め終えた老婆は涙を拭って、静かに見守っていた勇豪を見上げる。
「着替えは持ってきていますかね?」
「あぁ、これだ」
勇豪は手に持っていたほつれ一つない見事な衣装籠を手渡す。老婆はそれを恭しく受け取ると中身を広げ、文生に見せる。
「文生様、こちらにお召し変えください」
そう言って差し出されたのは豪奢な刺繍が施された黄色の着物だった。田舎育ちの文生でもその意味が分からない訳がなかった。
「王位継承、まことにおめでとうございます」
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