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華は根に、鳥は古巣に帰る
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その日。剛の投石機の登場によって、均衡していた戦況は大幅に傾いた。
圧倒的な兵数に加え、いつ降ってくるか分からない凶器。そうでなくとも疲労が溜まっていった修軍は苦戦を強いられた。修兵らは奮闘したものの、日が暮れる頃には這う這うの体で自軍に舞い戻るしかなかった。
傷だらけの兵士たちの間を浩源の声が駆ける。
「軽傷者はこちらで手当てを受けてください! 重傷の者は都城に戻る荷馬車に乗りなさい!」
その指示に従って彼らは方々に散る。
「護衛長! 包帯が足りません!」
天幕の傍にいた一人の兵士が叫ぶ。浩源は眉を顰めると、隣に立つ側近に命じる。
「君保さん! 都城からの物資を確認してきてください!」
「はい!」
溌剌と返事をした君保は、小走りで荷馬車の一団に向かっていく。
「浩源! 直せる武器は直しておいたぜ!」
「! ありがとうございます勇豪さん! それはあちらにお願いします!」
大量の武器を抱えた勇豪に、浩源は切羽詰まった表情で答えるのであった。
勇豪は浩源の指示通り、雑多に積まれた武器の山にそれらを重ねる。
「ふぅ……こんなもんか」
白い吐息を漏らしながら額の汗を綌で拭いた勇豪は、ふと思い出す。辺りを見回して、もはや相棒と呼んでも差し支えない青年を探す。
「おおい、忠山。お前、さっき腹抑えてなかった、か……ッ⁉」
瞠目する勇豪。少し離れた位置に座っていた忠山の元に駆け寄る。
「忠山!」
「勇豪さ、ま……」
弱々しく呟いた忠山の顔はすっかり血の気が引いていた。
ぐらりと体が傾いた忠山を、勇豪は抱き留める。その瞬間、脇腹に触れた手が滑る。
「お前……! こんな傷……早く言え!」
「こいだげ、どうってごど、ね……」
ヒュー、ヒュー、と喘ぎながら話す忠山の体からは血が流れ続ける。
「ンな訳あるか! 今からでも止血を「勇豪さま」
勇豪は忠山を地面に寝かせて立ち上がろうとした。それを忠山が肉刺だらけの手で引き留める。そして静かに首を振ると、いつもと同じえくぼを浮かべる。
「勇豪、さま……お願いが、あります」
「……ッ!」
嫌という程聞き慣れたその文句に、勇豪は息を呑む。
「なんだ、なんでも聞くぞ」
震える声で答える勇豪。その言葉に忠山は目を細める。
「明花のごど、頼んだぁ。あいづはあだのこど信頼してらがら……頼めるのは、あだだげだ」
「……ああ。分かった。全部俺に任せておけ」
その言葉に、にこ、と忠山は微笑む。
「安心、したら、ねむぐなってぎだ……」
荒かった呼吸が、だんだんと細くなっていく。
勇豪の顔がくしゃり、と歪む。
「そうか。疲れが出たんだろう。体力がないってのにお前、働き詰めだったもんな。ゆっくり休むといい」
「んだなぁ……そうさせでもらいます……」
言うや否や、忠山の体から力が抜け、瞼は固く閉ざされた。
それからしばらく、勇豪は眠る忠山を見つめ続けた。が、ふと自身の結髪を解いて、忠山の髪も解く。そしてそっと彼の頬を撫でると、手についていた血が一筋の線を描く。
「…………これが終わったら一緒に帰ろうな」
そう囁いた勇豪は、忠山が髪を結っていた布で自分の髪を結び直し、勢いよく立ち上がる。
「田植えにはきっと、間に合うだろうよ」
険しい顔で言い置いた勇豪。その背中に声が飛ぶ。
「勇豪さん! 良かったらこちらへ来てもら……ッ!」
たまたま通りがかった浩源が、言いかけて止める。
そのまま浩源は勇豪の傍近くに立つと、小さく訊ねる。
「確かその方は……」
「ああ。俺の友さ」
「そうですか……」
普段と様子の違う勇豪に、然しもの浩源も言葉に困る。何か言わねば、と口を開こうとしたそのとき。先に勇豪が話す。
「で、何を手伝やいい?」
「……!」
その顔にはもう先程の気配はない。それを見た浩源も、いつもと同じ調子で話し始める。
「直せない武器がありまして。破棄すべきかどうか見ていただきたいのですが……」
「分かった。案内してくれ」
腕捲りをしながら歩き始める勇豪に、浩源が〝こちらです〟と道を指し示すのであった。
圧倒的な兵数に加え、いつ降ってくるか分からない凶器。そうでなくとも疲労が溜まっていった修軍は苦戦を強いられた。修兵らは奮闘したものの、日が暮れる頃には這う這うの体で自軍に舞い戻るしかなかった。
傷だらけの兵士たちの間を浩源の声が駆ける。
「軽傷者はこちらで手当てを受けてください! 重傷の者は都城に戻る荷馬車に乗りなさい!」
その指示に従って彼らは方々に散る。
「護衛長! 包帯が足りません!」
天幕の傍にいた一人の兵士が叫ぶ。浩源は眉を顰めると、隣に立つ側近に命じる。
「君保さん! 都城からの物資を確認してきてください!」
「はい!」
溌剌と返事をした君保は、小走りで荷馬車の一団に向かっていく。
「浩源! 直せる武器は直しておいたぜ!」
「! ありがとうございます勇豪さん! それはあちらにお願いします!」
大量の武器を抱えた勇豪に、浩源は切羽詰まった表情で答えるのであった。
勇豪は浩源の指示通り、雑多に積まれた武器の山にそれらを重ねる。
「ふぅ……こんなもんか」
白い吐息を漏らしながら額の汗を綌で拭いた勇豪は、ふと思い出す。辺りを見回して、もはや相棒と呼んでも差し支えない青年を探す。
「おおい、忠山。お前、さっき腹抑えてなかった、か……ッ⁉」
瞠目する勇豪。少し離れた位置に座っていた忠山の元に駆け寄る。
「忠山!」
「勇豪さ、ま……」
弱々しく呟いた忠山の顔はすっかり血の気が引いていた。
ぐらりと体が傾いた忠山を、勇豪は抱き留める。その瞬間、脇腹に触れた手が滑る。
「お前……! こんな傷……早く言え!」
「こいだげ、どうってごど、ね……」
ヒュー、ヒュー、と喘ぎながら話す忠山の体からは血が流れ続ける。
「ンな訳あるか! 今からでも止血を「勇豪さま」
勇豪は忠山を地面に寝かせて立ち上がろうとした。それを忠山が肉刺だらけの手で引き留める。そして静かに首を振ると、いつもと同じえくぼを浮かべる。
「勇豪、さま……お願いが、あります」
「……ッ!」
嫌という程聞き慣れたその文句に、勇豪は息を呑む。
「なんだ、なんでも聞くぞ」
震える声で答える勇豪。その言葉に忠山は目を細める。
「明花のごど、頼んだぁ。あいづはあだのこど信頼してらがら……頼めるのは、あだだげだ」
「……ああ。分かった。全部俺に任せておけ」
その言葉に、にこ、と忠山は微笑む。
「安心、したら、ねむぐなってぎだ……」
荒かった呼吸が、だんだんと細くなっていく。
勇豪の顔がくしゃり、と歪む。
「そうか。疲れが出たんだろう。体力がないってのにお前、働き詰めだったもんな。ゆっくり休むといい」
「んだなぁ……そうさせでもらいます……」
言うや否や、忠山の体から力が抜け、瞼は固く閉ざされた。
それからしばらく、勇豪は眠る忠山を見つめ続けた。が、ふと自身の結髪を解いて、忠山の髪も解く。そしてそっと彼の頬を撫でると、手についていた血が一筋の線を描く。
「…………これが終わったら一緒に帰ろうな」
そう囁いた勇豪は、忠山が髪を結っていた布で自分の髪を結び直し、勢いよく立ち上がる。
「田植えにはきっと、間に合うだろうよ」
険しい顔で言い置いた勇豪。その背中に声が飛ぶ。
「勇豪さん! 良かったらこちらへ来てもら……ッ!」
たまたま通りがかった浩源が、言いかけて止める。
そのまま浩源は勇豪の傍近くに立つと、小さく訊ねる。
「確かその方は……」
「ああ。俺の友さ」
「そうですか……」
普段と様子の違う勇豪に、然しもの浩源も言葉に困る。何か言わねば、と口を開こうとしたそのとき。先に勇豪が話す。
「で、何を手伝やいい?」
「……!」
その顔にはもう先程の気配はない。それを見た浩源も、いつもと同じ調子で話し始める。
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「分かった。案内してくれ」
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