永遠の伴侶(改定前)

猫の額にある物を鼠が窺う

79

　夜も更けた頃。
　とある貴族の屋敷に一人の使用人が入っていく。
　屋敷の中からは女たちの嬌声と、酒に酔った男たちの猥雑な話し声が漏れ、先に進めば酒と肉の匂いで溢れていた。
　贅を尽くした……尽くし過ぎて卑しさが勝っている宴の隅で、使用人は息を潜めて二人の貴族の傍に近寄っていく。

「いやあ、しかし彼かの国と取引してこんな生活を送れるとは。誘われたときはどうしようかと思いましたが、こんな簡単に上手くいくなんての」
　一人が杯さかずきを揺らしながら隣にいる男に話しかける。と、彼も杯を持ち上げながら返す。
「やってみるものでしょう？　どうせあの王が気づくこともあるまい」
「うむ。仁顺レンシュン丞相じょうしょうが亡き今、王一人で我らの動向など探り切れぬであろう」
「新しい丞相もこちらの息が掛かった者。上手く帳簿を合わせてくれているでしょう」
「万が一バレたとしても捨て駒にする者も用意しておる。我らに被害が及ぶことはあるまい」
「お主も悪いお人だ」
「何。お主程ではない」
「ふふふ」
「ははははは」
　二人がほくそ笑んでいると、裸同然の女たちが彼らに纏わりつく。
「難しい話なんてよして、私たちと遊びましょうよ」
　女は甘い声で彼らを誘う。それに男たちも下卑た声で返す。
「そうだな。お主たちに分からん話をしてもつまらんよな」
「あら酷い。私たちだって少しは分かるんですよ？　貴方たちが悪ぅい話をしているんだ、って」
「は……？」
「そんな悪ぅいお話をこんな人がいるところでしてはいけませんよ？　誰が聞いているか分からないんですから」
　女たちの内の一人が〝しぃ……〟と言いながら人差し指を口の前に持っていく。同時に、彼女の後ろから、使用人の恰好をした男たちが密談をしていた二人に向かってまっすぐに向かってくる。
「な、まさか……！」
「そのまさか、ですよ」
　と、頭巾で顔を隠した使用人姿の男が言いつつ、男たちの腕を掴む。その拍子に頭巾の隙間から糸のように細い目が覗き見え、拘束された男はその風貌に目を見開く。
「お前は⁈　処刑されたのではなかったのか？」
「はて。なんの事でございましょう」
　飄々と頭巾の男は返すと、腰に掛けていた縄で男を素早く拘束する。隣でも別の使用人姿の男がもう一人を捕え終えていた。
「先程の続きはぜひ王の御前でお話くださいませ。時間はたっぷりございますから」
「ひッ!」
　細い目が更に細く弧を描いたのが見え、男たちは怯えた声を出すのであった。






「それで？　其方そちらは剛ガンにどれ程鉄鉱石を横流ししたのだ？」
「…………」
　宮殿の大広間。
　そこでは連行されてきた二人。と、それに加えて数人の男たちが、兵らに拘束されて床に座らせられていた。
　広間の中央の椅子には文生ウェンシェンが座している。
　文生は中心にいる二人に問いかけた。が、二人からは無言の返事しか返ってこなかった。
「もう覚えておらぬ量を流したようだな。なれば罪状は……「お、王！　私はこの者に唆そそのされただけなのです！」
　一人が声を上げながら隣の男を顎で指し示す。
「ほう？　主犯は其方そちか」
　と言って文生はもう一人の方を見つめる。するとその男は唾を飛ばしながら初めに声を上げた男に向かって叫ぶ。
「お、お主かて、人員の手配など嬉々としてやっておったではないか！」
「私はお主に誘われねばやらなかったわ！」
「それに乗ったお主かて同罪だッ！」
「私を巻き込むな！」
「何を「もうよい」
　お互いを罵倒し始めた二人。だが、文生に遮られた途端、首をつままれた猫のように大人しくなる。
「これ以上我に見苦しいものを見せるでない。どう足掻こうとも其方そちらの過去行いが変わる訳ではないのだから」
「う……」
　文生は大きくため息を吐つくと、近くに控えていた部下から一枚の木簡もっかんを受け取り、もう一度ため息を吐つく。
「其方そちらが横流しした量は〝小遣い稼ぎ〟というには多過ぎる。これは反逆罪と捉えてもおかしくない量だ」
　その言葉に男たちは愕然とする。
「そんな……！　そんなつもりは微塵もございません！」
「そんなつもりが無くとも、証拠がそう言っているのだ」
「ッ！」
　男たちは呆然と項垂うなだれる。文生は無感情にそれを見つめ、口を開く。
「それともう一つ。これが一番大事なことだ」
「……？」
　二人は顔を上げる。
「其方そちらにその取引を持ち掛けたのは剛の誰だ？」