永遠の伴侶(改定前)

白藤桜空

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猫の額にある物を鼠が窺う

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 雨が屋根を叩く音がする。ここ数週間、毎日のように鳴り続けている音。
 梅雨らしく振り続ける地雨。文生ウェンシェンは白髪の混ざり始めた髭を撫でながら、政務室で一人外を眺めていた。すると部屋の外から声が掛かる。
「失礼致します。今御時間宜しいでしょうか?」
「良い。入れ」
 文生の許可が下りると、両腕いっぱいの木簡もっかんを抱えた官吏かんりが入ってきた。
「市中で頻発している変死についてまとめた書類を持って参りました」
 そう言いつつ文生のいる文机ふづくえに木簡を置くと、拱手きょうしゅして頭を下げる。
「うむ。其方そちはもう下がって良いぞ」
「はッ!」
 官吏が大人しく退室すると、文生は再び一人になった。
「……はぁ」
 文生は額に手を当てながら、山積みにされた木簡の一枚を捲り、顔に近づける。だがいつの間にかその近さでは文字がぼやけるようになった。
 はっきりと文字が読めるまで顔から距離を取ると、眉間に皺を寄せる。
「突然の嘔吐、下痢を訴え、数日後に悶え苦しみながら死亡……身分、年齢問わず発生……」
 そこまで読み進めると、文生は唸り声を出す。
「流行り病か……? いや」
 文生は文机の下に置かれた布を取り出し、そこに記されている都城とじょう内の地図と照らし合わせ始める。
「それにしては広がる速度が遅い。その上場所が限定的過ぎる。何か別の要因が……?」
 そこに慌ただしい足音が政務室へやってくる。
「し、失礼致します!」
 息せき切ってやってきた侍女が、出入り口にいた護衛兵に抑えられながら叫ぶ。
「だ、第四王子の文庭ウェンティ様がッ! 誤って鼠捕りの団子を食べられてしまって危篤状態でございます!」
 涙ながらに訴える侍女を、文生はちらりと見やる。が、すぐに木簡に目を戻すと、事務的に話す。
「我の専属医師を連れて行くことを許可する。護衛兵。案内してやれ」
「え……」
 その言葉に侍女は言葉を失う。
「どうした。早く行け」
 文生は顔を上げることなく言葉を続ける。だが侍女は声を振り絞って問う。
「お、王は来られないのですか?」
「我はまだ仕事が残っている故、手が離せぬ」
「で、ですが、御子息の命が危のうございますのに……!」
 そう、侍女は言い掛けた。だが文生の眼差しを見て、息を呑んだ。
「……死ぬことがあったらもう一度呼びに来るがよい。それ以外で我の仕事の邪魔をするな」
 文生の無感情な声が侍女の耳に届く。
息子代わりは五人もいるのだ。一々騒ぎ立てるな」
「ッ!」
 侍女は涙を一粒零すと、それ以上は何も言わずに場を後にするのであった。



 遠のいていく足音。
 静寂が戻った政務室で、文生ウェンシェンは木簡に目を通し続けていた。
「嘔吐……下痢……何かの食物が悪さを……いや、それなら誰か気づくはずだ」
 ぶつぶつと呟き続ける文生の脳裏にふと、先程のことが蘇る。
「鼠捕りの団子……無味無臭の、毒……?」
 バッと、文生は地図を広げ直すと、地図に直接印をつけていく。
「これは……」
 丸がつけられたそれらはすべて、一本の水道に隣接している地域だった。
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