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「この辺で降ろしてもらえますか?」
「こっちまで来たら、もう中で降りても一緒だと思うぞ」
「マギーさん。何か言う人がいたら、僕に言ってください。黙らせますから」

 えっと、アーベル様、めっちゃ物騒だな。
 ジソエル様は正論だけど、無責任だし。まあ、いいや、この人は。
 私は腹を括ると、アーベル様たちと一緒に下車する。
 その途端、黄色い声と、怖い視線。
 まあ、アーベル様たちの前だから、あからさまに文句は言えないだろうね。
 後が怖いなあ。

「教室まで送って行くよ」
「いえ、必要ありません」
「無駄な抵抗だな」

 アーベル様はニコッと微笑み、それで周りの女生徒からため息が漏れる。
 私が断ると、悲しそうな顔をして、ジソエル様はめちぇいい顔して笑ってる。
 性格悪いな。こいつ。

「それではありがとうございました」
 
 貴族の礼法、きっちりと作法通り挨拶をした後、私は早足で二人から離れた。
 その途端、周りの視線が険しくなる。
 うああ、猛獣に囲まれているみたいだ。
 でも昨日のあれは、本当に危なかったから、今の状況の方がかなりマシだ。
 女子たちだって、あからさまに私を傷つけたりできるわけがないんだから。
 学校だし。

 そう思っていたのだけど、数日後私はその言葉を撤回する羽目に陥る。

「どうして、あなたのような芋女が、ディオン様とエディ様と一緒なの?」
「その貧相な体で媚びが売れるなんて」

 随分失礼なことを言う人たちだな。
 私は本を読んでるふりをして、無視し続ける。
 女子はこうして突っかかってくるけど、男子は静観してる感じだ。
 誰も助けに入らないところが情けないけど。
 まあ、貴族社会。みんな自分のことが可愛い。

 言葉はドン引きするようなものもあったけど、聞き流していればどうって事もない。
 いい気分ではまったくないけど、授業中は静かなもので、私はどうにか放課後まで無事に過ごした。

 考えてみたら、図書館で勉強できなくなったら、こうして人気のいない教室で勉強するよりも、家に帰ったほうがいいよね。この時間だし、おかしな人はいないだろうし。
 昨日のように利用されていない教室に向かおうとした足を止めて、門へ方向を変えた。
 父さんに迎えを頼むとか、全然考えてなかったから、迎えに来てもらえるわけないし。手紙とかも馬鹿らしいし。家に手紙を出すことは可能。だけど時間はかかるし、お金もかかる。そんなお金を使うなら辻馬車なり使ったほうがいい。
 距離的に辻馬車っていうのはおかしいのだけど。

「マギーさん。確かお父上に迎えに来てもらうって言ってましたよね?」
「え、は?アーベル様?!」
「俺もいるぞ」
「ジソエル様まで?!」
「こんなことだろうと思って、見張ってました。マギーさん」
「見張る?!」
「ドン引きだよな。マギー嬢」
「エディ。うるさいぞ」

 いやいや、見張るとか、なんなんですか??

「さあ、マギーさん。送るよ」
「いやいやいや。必要ないですから」
「素直に聞いたほうがいいぞ。もう注目の的だし」
「え?嘘。あ」

 門の前でやりとりしている私たちの周りに人だかりができていた。
 女子の視線には殺気が篭ってる気がする。

「さあ、乗って」
「はい」

 これ以上ここにいたくなくて、差し出されたアーベル様の手をとって、馬車に乗り込んだ。
 女子のため息がきこえてきた~~
 アーベル様、ジソエル様が乗ってから、馬車が走り出す。
 ああ、嫌だ。
 明日、どんな噂がされるんだろう。いったい?!

「うーん。ディオン。対策を考えたほうがいいと思うぞ」
「僕もそう思う。本当、僕なんて伯爵子息ってだけなのに、なんでだろうね」
「顔がいいからだろう。あと、その鳥肌ものの貴公子っぷりか」
「鳥肌ものってなんだよ」

 うーん。
 仲良いね。二人とも。
 私はものすごく降ろしてほしいけど。

「マギーさん。あなたのことは僕が守るから!」
「……やる時はやる奴だから、任せておけ。マギー嬢」
「な、何がですか?守るっていったい。そもそも、私はこれまで平穏に学園生活を送っていたんです」
「ぼっちだったがな」

 う、うるさいな。ジソエル様は。
 どうせ友達なんていませんでしたよ。

「知ってるよ。僕はずっと見ていたから」
「み、見ていた?!」
「ディオン。その言い方はまずい」
「まずい?マギーさん、まずいですか?」
「いや、まずいっていうか、気持ち悪いっていうか」
「気持ち悪い!」
「あ、言い過ぎだ」

 アーベル様が両手で顔を覆い、その隣のジソエル様は頭が痛いとばかり額に手をやっていた。
 正直すぎたかな。
 でもずっと見ていたとかちょっと気持ち悪い。
 全然面識なんてないのに。
 これだけ整っている顔だから、いくら私でも会ったことがあれば覚えている。
 まあ、声をかけられるまで、存在を認識してませんでしたが。

「マギーさん。気持ち悪いって。やっぱり僕のこと嫌いですか?」
「いえ、嫌いとかそれ以前でよくわかりません」

 うん。昨日会ったばかりだし。
 助けてくれたことには感謝してるけど。

「ディオン。お前は先走りすぎだ。見守っているだけでいいって言っていたのに、男が近づいたら急に積極的になりやがって」
「エディ。言わないでくれるかな?」

 二人とも何を話しているんだろう?
 うん?
 
「あの何を話しているかわからないのですけど、これ以上関わらないでいただけますか?私は一生懸命勉強して、いい成績で卒業して、文官になりたいんです」
「マギーさん」
「マギー嬢。言っている意味はわかるが、関わるくらいいいだろう?」
「お二人は、女子生徒にとても人気なのですよ。だから、私みたいな芋女が関わっていると、嫌味とかものすごく言われるんです。へこたれなりしないですけど、疲れるんですよ」
「へこたれないんだ。すごいな。マギー嬢」
「ごめんなさい。マギーさん。あの、でもやっぱり心配なので、学園に登下校する時は僕の護衛を一人つけてもいいですか?影のような存在なので、絶対に存在を悟れないようにしますから」
「護衛。なんでそこまで」
「理由は言えません。いつか話します。時期がきたら。なのでお願いできますか?」
「……はい」

 アーベル様の顔が必死だったので、反射的に頷いてしまった。

「それではありがとうございました」
「また明日」
「じゃあな」

 家が見える位置で下ろしてもらって、二人にお礼を言う。
 にこやかに二人が返事をして、二人を乗せた馬車は去って行った。

 うーん。わけわからない。 
 どうしてアーベル様にこんなに心配されるんだろう。

 家に帰ると両親がアーベル様のことを聞いてきて、適当にはぐらかした。
 うーん。どうしてうちの両親は上昇志向が強いのかな。
 現状維持でいいと思うんだけど。



 
 
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