【中編版】「愛している」と言われたのに、前世の事を話したとたん、冷たくなりました。

ありま氷炎

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二章 愛していない?

2-9

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ローズはケヴィンの背中を目で追っていた。
彼が給仕に話しかけているのを遠目で見ていると、あの胸の豊かな令嬢の姿が視界に入った。
ケヴィンは気づいていてないようで、その先はあっという間だった。
令嬢が倒れ掛かり、彼がそれを支える。心なしが彼女のたわわな胸がケヴィンの体に触れているようだ。

(わざとだろ、あれ)

 ローズが苦々しく思っていると、ふと話しかけられる。顔をあげるとそこには爽やかな青年が手を差し出し、微笑んでいた。

「ローズ様。私はカズン家のウィルソンと申します。一曲踊っていただけますか?」
 
 ウィルソンと名乗った青年の肩越しに、ケヴィンと令嬢の姿が目に入る。

「ええ」
 
 気がつくと、ローズはその手をとっていた。
 曲が始まり、ゆっくりとステップを踏み始める。

「ローズ様と踊れるなんて夢のようです」

 ウィルソンは無害な笑みを浮かべたまま、彼女は踊りに集中できずケヴィンのいる方向に意識が向いていた。そんな彼女が引っ張られるような感覚を覚え、足を止める。

「ボタンが引っかかったようです。申し訳ありません」

 ドレスのレースの部分がウィルソンの上着のカウスボタンに絡まっていた。

「すぐ取りますから」

 もたもたしている彼に手を貸そうとしたら今度は冷たい感触がして、顔をあげると蒼白な顔をした使用人が立っていた。

「も、申し訳ありません」

 どうやら誤ってグラスに入ったワインをローズのドレスの上にこぼしてしまったらしい。

「こちらへ。代わりのドレスに着替えましょう」

 いつもは侍女のマチルダが傍にいるのに今夜はケヴィンと踊り出してから彼女が姿が見えなかった。けれども粗相をした使用人はこの館で見慣れた者で、ローズは彼女と共に会場から部屋に向かう。ドレスのレースに絡まったカウスボタンがまだ取れていないウィルソンも一緒についてきた。

(ケヴィン様に伝えた方がいいよね?)

 彼を目線で探すと、まだ令嬢に抱きつかれていて、ローズはイラッとした。
 冷静な彼女であればおかしいと気がついたはずなのに、ローズは使用人が案内するまま部屋に入る。
 
「ごめんなさい。ローズ様」

 どんっと背中を押されるのと同時に謝罪の言葉。
 そこで彼女はやっと異常なことに気がついた。
 扉が閉まり鍵をかける音もした。

「待って!」

 慌てて扉に駆け寄ろうとするが、ドレスが邪魔をする。

「ローズ様。僕はあなたをお慕いしています。こんな風に僕のボタンがあなたのドレスに絡まるように、僕もあなたと一緒になりたい」
「は?」

 異常事態でローズは淑女の仮面を脱ぎ捨てる。
 それにウィルソンは少し怯んだが、それだけだった。
 彼女の腕を掴んで彼の元へ引き寄せる。

「離せ!」

 通常の令嬢よりは力の強いローズ、胸を叩かれたウィルソンは彼女を離した。彼女は必死に逃れ、カウスボタンに絡まっていたレースが引きちぎられる。

「まだ効いてないか?」
「どういう意味?」

 聞き返した時、ドレスからむわっとした香りがして、ローズは目眩を覚えた、部屋の窓も閉められ、重いカーテンが下りている。換気の悪い部屋でその香りは容赦なく彼女の嗅覚をおかしくした。

「そのワインは特別なんだ。やっと効いてきたみたいだな。もっとあげよう。僕には耐性があるから。効かないんだけど」

 逃げたいのに体が痺れたように動けなくなった。
 体が熱をもっていて、おかしかった。

(これは、もしかして媚薬の一種?!)

 前世では何度も効いたことがある薬で、下卑たことを自慢げに話すのを聞いた覚えもあった。

(体の自由を奪って、性的興奮を増す、薬)

「さあ、ローズ。僕を楽しませて」
「寄る、な」

 声も出せなくなってきて、彼女はその場にしゃがみ込む。

(私はなんて馬鹿なんだ。嫉妬、あの令嬢に嫉妬して冷静な判断をくだせなくなっていた。ボタンにレースが絡まるなんておかしいし、その上ワインをかけられるなんてあり得ない。そんな偶然は重なることなんてない)

「ローズ」
 
 甘ったるく名を呼ぶウィルソンの顔から好青年の仮面は剥がれ落ちていた。

「ローズ!」

 ガンッとものすごい音がして、扉が蹴破られた。
 現れたのはケヴィンで、ローズは気がつくと泣いていた。

「なぜ、あなたがここに!」
「貴様に話す必要はない!」

 ケヴィンがウィルソンの顔を殴りつける。
 彼の後に続いたエドがウィルソンを拘束、ケヴィンはローズを抱き上げていた。

「ケ、ヴィン様?」
「エド。後のことは頼む。マチルダ。救護室へ行き解毒剤を部屋に持ってきてくれ」
「はい。お任せください」
「畏まりました。すぐに」

 エドはウィルソンを縛り上げたまま、マチルダはすぐに部屋を出ていく。
 
「ご、ごめんなさい」
「謝るのは俺だ。あんな馬鹿みたいな罠に引っかかった」

 ケヴィン自身もローズがウィルソンと踊っている姿を見て冷静さを欠いていた。罪の意識に駆られた使用人に教えてもらわなければ間に合わなかったかもしれなかった。
 そう思うとぞっとして彼はローズを抱く手に力を入れる。
 
「すぐに楽になるから」

 夜会はエドの指示でお開きになったが、ティム伯爵の家族はすべて館に留め置いていた。伯爵夫妻と娘の三人には監視つきで部屋に閉じ込めている。

 腕の中のローズは媚薬のため、その頬は赤みが差し、涙に濡れた目や苦しげに息を漏らす様子は誘っているようだった。
 ケヴィンは紳士であることを自身に誓い、ティム伯爵への怒りで自身の気を逸らせた。
 

 
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