ｍｉｒｉａ

警察官チョウさんの場合4

……みーつけた……


声のする方へ顔を上げるチョウさん。そこには大きく目を見開き、舌をベロベロと出しながらこちらを向いている人形の姿があった。
「テメエは……あの時の人形……。」
「“ミリア”よ。おじいさん。」
「ぬ……⁉︎」
突然喋り出した“ミリア”に驚愕するチョウさん。そんなチョウさんを見下ろしながら、ミリアはケタケタと嗤う。
「驚いた？ねえ驚いた？あはは……！今のあなたの顔、とても滑稽だわ。」
「テメエ……！やっぱりバケモンだったか！」
チョウさんはミリアに向けて二発三発と発砲した。だがミリアは風に流される布切れの如く弾丸をヒラリヒラリと躱す。
「くそっ……！」チョウさんは空になった弾倉に慌てて弾を込め直す。
そして装弾が終わり再度ミリアに銃口を向けた。そこには……。


『バケ……モノ……ですって……⁉︎』


「っ⁉︎ううっ……！」
いつのまにか、ミリアはチョウさんの眼前にまで迫っていた。妙に生々しい目をさらに大きく開いて、ぎょろぎょろと動かしながらチョウさんを睨みつけていた。その様はまるでチョウさんの言動に怒っているかのようだった。
チョウさんに近づいたミリアの髪の毛がシュルシュルと異様な速度で伸びる。ミリアの足元にまで伸びたそれは、やがてチョウさんの首元を捉え彼を締め上げる。
「ぐうっ……！」
『私が……バケモノですって⁉︎この私が！』
ミリアの声は先程までの可愛らしい少女の声ではなかった。ドスの効いた、低い女の声だった。
『ミリアはバケモノじゃない！ミリアはバケモノじゃない！ミリアはバケモノじゃない！ミリアは……！』
狂ったように喚き立てるミリア。チョウさんは締め上げられながらも、そのミリアに向けて銃口を向ける。
「喰ら……え！」
引鉄が引かれると同時に、ミリアの眉間に向けて弾丸が放たれる。チョウさんを締め上げていたミリアは、先程のように躱すことは出来なかった。


『ぎゃあああああああっ‼︎‼︎‼︎』


獣のような断末魔を上げるミリアは、そのまま地上に仰向けに倒れた。チョウさんを締め上げていた髪の毛も力を失い、宿主の元へと収縮していく。
「ハァッ……！ハァッ……！……やったか⁉︎」
息も絶え絶えに、ミリアの生死を確認するチョウさん。自身の手応えの通り、弾丸はミリアに命中していた。先程まで喚き立てていたミリアは天井を向いたままピクリとも動かない。
「……やったのか？」
静まったミリアに少し安堵するチョウさん。警戒をしつつ、状況を確かめるためゆっくりとミリアに近づく。

ミリア人形は白目をむいて横たわっていた。そして確かに銃弾が命中していた。
銃弾を受けた眉間はヒビ割れ、穴からは脳漿のような赤黒い液体が、コポコポと泡を立てながら流れ出ていた。
「……一体、なんなんだ。こいつは。」



【バケモノだよ。】



「っ⁉︎」
突然、ミリアに黒目が戻りムクリと起き上がり始める。その声はまた先程の女の声ではなく、低い男の声に変わっていた。
【ったくよう。痛えじゃねえかよ。このクソジジイが。】
「……な、なんだ。なんなんだ。お前は一体……。」
【だからさっきも言ったろ。俺はバケモノだってよ。】『……違う。ミリアはバケモノなんかじゃない……。』
男と女の声が入り混じりながらミリアはゆっくりと起き上がる。
起き上がったミリアの顔は、複雑な表情をしていた。左半分は尚もチョウさんを睨みつけ、薄ら笑いを浮かべている。一方の右半分は焦点の合わない目で涙を流し口は下に曲げている。
嘲笑、憤怒、悲愴……。
そんな様々な感情を混ぜ込んだ、まさしく「歪」な表情であった。
【さっきはよくもやってくれたよなぁ……。おかげで大事な顔に傷が付いちまったよ。】
『痛い……。痛い……。痛い……。』
【今この場で殺してやるよ。覚悟しろ。ジジイ。】『い……や……！殺したくなんか……ない……。』
自身の気が触れてしまったのかと錯覚するほど、ミリアの声は混沌としてきた。殺意と慟哭を喚きながら再び近づこうとするミリアに、チョウさんは拳銃で応戦する。

「この……！バケモンが……！」

だがその弾丸はまたもやヒラリと躱された。何度も撃ち続けるチョウさんだったが、やがて撃鉄がカチカチと虚しい音を立て始める。
【残念…。弾切れみたいだなぁ。ジジイ。】『逃げ……て……。』
先程のように髪の毛を伸ばし、ミリアはまたもチョウさんに襲いかかった。チョウさんはその髪の毛をなんとか振り払うと身を翻して走り出す。
【バァカ！逃げ場なんてねえよ！せいぜい悪あがきしてみせろ！ヒャハハハハハ！】『ああ……！嫌……！嫌……！』


署の中へ向けて再び走り出したチョウさんは、携帯を取り出し耳に当てていた。
「青島……！頼む！俺は今、ミリアっつうバケモンに襲われている！恐らくあの会社員の井口を殺した奴だ！もし……もし俺が死んだら、お前が奴を……！」
必死に訴えるチョウさんの手に、銃声と共に一条の傷が走る。振り返った先、そこにはさっきまで自分を追いかけていた亡者たちが自分に銃口を向けていた。

……みーつけた……

……みーつけた……

「く……そ……！」
【残念だったなぁ。電話したところで助けになんか来ねえよ。そもそも、電話なんか通じねえしな。】『ああ……。ああ……。』
亡者たちの上にいるミリアがチョウさんを見下ろしていた。よく見ると、ミリアから伸びた髪の毛が一本一本亡者たちにつながっている。
「……なるほど。理屈は分からんが、テメエの髪の毛でヤマさんたちを操っていた訳か。」
【その通り。よく分かったな。】
「テメエの目的はなんだ！ここの署員まで巻き込んでまで、なぜ俺を狙う！」
【クフフ……！目的ねえ。】
亡者の一人がチョウさんの脚を撃つ。たまらずチョウさんは地面に突っ伏した。
「ぐっ……！」
【あはは…！俺がお前を襲った目的はただ一つ、テメエが気に入らないからさ！俺を気味悪いだのなんだの言いやがって！俺をコケにしたテメエの言動が気に食わなかった。だから殺すことにした。それだけよ。そもそも前々からテメエは目障りだったんだよぉ！ギャハハハ！】
這いつくばるチョウさんを見下ろして高笑いするミリア。だがチョウさんには一つの言葉が引っかかった。
「……！前々から……？オメエは俺のことをもっと前から知ってるのか？」
【……うん？おおっと、こりゃいけねえ。つい口が滑ったか。】
「答えろ！お前は一体何者か！」
いきり立つチョウさん。だがその体を一発、また一発と亡者の弾丸が貫いていく。


【駄目だね。あんたはもうゲームオーバーだ。】


不快なミリアの嗤い声と共に、警察署内に拳銃の発砲音が雷雨の如く響き渡る。
一人の老刑事が憐れにもその雨に打たれ続ける。全身から血を噴き出し、意識を失っても、雨は執拗に彼の身体を貫く。

いつまでも

いつまでも……。