13 / 38
第一章
3-4.「私は”勇者”チヒロ。協力、感謝する」
しおりを挟む
――ここからの話はすべて、後にハタノが記憶を元に思い出したものだ。
それくらい当時の状況は混迷を極めていたし、ハタノ自身、チヒロの動きが早すぎて見えなかった、というのもある。
何れにせよ彼女の行動は恐ろしく冷徹、かつ、論理的な行動であったと思う。
迷宮十三階層、その奥にオークの集落は存在した。
石畳の迷路から一変、僅かな草木と土の地面が広がる広間にて、でっぷりとした腹を揺らしたオーク達が寝転がり、あるいは槍を研ぎながら言葉にならない鳴き声をあげていた。
その数、およそ五十以上。
その中央広間には、複数名の人間が縛られた姿で転がされていた。
人間の姿は様々だ。足を折られたまま怯える鎧姿の少年。魔術師のローブが大きくはだけ、ボロボロの姿を隠すこともできず倒れたままの女性。
人垣の中央に一人、白い貴族服を着込みでっぷりと肥えた男がいるが、その男もいまは情けなく青ざめ震えるばかりだ。
”知恵付き”――人並みの知恵をもつ特殊なオークが誕生した場合、彼等の行動様式は大きく変化する。
群れを成し、社会を作るのだ。
魔力のよどみから自然発生する魔物は本来、社会性を持たないが、知恵付きの集団は別だ。魔物としては異例の、同種同士で交配を始め、生まれた我が子を愛し、育て、家族を形成していく。
そのため爆発的に数を増やす性質を持ち、さらに家族の絆を深めるため”祭り”を開く。
もちろん祭りの主役は、人間の肉というご馳走。捕まった彼等はじきに四肢を裂かれ、魔物の腹の足しになるだろう。
その祭りの開演に、チヒロ達は間に合った。
見張りを消したチヒロが、広間へと足を踏み入れる。
直後。奥の玉座に腰掛けた、並のオークの二倍以上の体躯をもつ”王”と、ぴたりと、目が合った。
王がその豚顔を歪め、チヒロを睨み――
「……どうシテ、無傷の人間がここに居ル? 貴様、何者――」
チヒロが消えた。
正しくは、強弓より放たれた矢のように、飛びかかった。
ハタノが気付いた時には、チヒロは和服をはためかせながら王の鼻っ柱に蹴りを入れ、そのまま地面に叩きつけていた。
ぐおお、とオークの王が悲鳴をあげ、配下のオーク達が驚いて顔を上げる。
誰一人、チヒロの速度に追いつかない。
その一瞬が、命運を決めた。
チヒロが王を足蹴にする。
そして倒れた王の首筋に、すっ……と刀を寄せ、凜とした声で告げた。
「全員、動くな。王の首が惜しければな」
「なっ――き、貴様! この王タル我を質に――ぐぎゃアッ!」
「喋るな」
チヒロが刀を突き立て、王の右腕を貫いた。
その悲鳴に並居るオーク達がようやく立ち上がり、チヒロに槍を、弓を、そして魔法の杖を向ける。
チヒロはすかさず周囲を見渡し――王の傍にいた、小さなオークに目をつける。
王の子供だろう。
魔物と呼ぶにはつぶらな瞳を浮かべたそいつに、チヒロは刀を下ろす。
子供オークの右膝から下が飛んだ。
悲鳴をあげる子供オークの首根っこをチヒロが掴み、見せつけるように突き出し――矢を放とうとしたオーク達へ、盾になるようぶら下げる。
ざわり、と魔物達の動きが止まった。
「ッ、わ、我が子ヲ離せ! 貴様、ナンたる無礼を……」
「喋るな、と忠告したはずだが? 抵抗すると痛い目を見るぞ。お前の子が、な」
チヒロが子供のオークを捉えたまま、その首筋に刀を沿わせる。
チヒロの瞳には何一つ、感情らしきものは浮かんでおらず――その冷ややかな眼差しが、オークの王を引きつらせた。
「ま、待て。止めろ! 頼ム!」
「なら全員、その場を動くな。旦那様、歩ける者をなるだけ増やし、脱出を」
「っ……はい!」
さすがのハタノですら、一瞬、我を忘れた。チヒロの凶行に怯んだのだ。
が、理性はすぐさま、彼女の意図を理解する。
”知恵付き”を殺せば、オーク達は暴走を始める。そうなると、三十名以上もいる怪我人を救出することは難しい。
チヒロが王を抑え、時間を稼ぐ間に、ハタノは怪我人達の元へと走る。
(粗雑治癒でいい。まず脱出の準備を)
ハタノは動けそうな兵士の縄をナイフで切りつつ、状況を選別。
縄で縛られてるだけの者。足や肩をへし折られ転がされている者。腹部に刃物を突き立てられたまま蹲ってる者。左腕がなく既に冷たくなっている者。
こびりつく血と汗と悪臭のなか、ハタノは救える命を数える。
生存者は止血を済ませており、逆に出血多量の者はすでに絶命している。生死の境にいる者が少ないのは、ある意味で幸運――死体は救助する必要が無いから。
ハタノは手近な男の足首をがっと掴み、整復しつつ治癒魔法を放つ。
「失礼。歩けるように治癒します」
「あ、がっ、っ――!」
足をへし折られた鎧姿の男を掴み、治癒魔法を一気に行使。
血管や神経の断絶には復元魔法が必要だが、さいわい骨は自然治癒力が高いため、整復さえ正しくすれば治癒魔法が届きやすい。
「なるだけ、動ける人を増やします。それと皆さんこれを」
治癒魔法を扱いながら、ハタノは魔力ポーションを手渡していく。
”才”ある者なら、魔力を体力に換算でき、失血や体力の消耗を軽減できる、と見込んだのだが――
その差し出したポーションを、横からかっさらわれた。
「それを我によこせ! 我の治癒をしろ、こんな愚図共など放っておけ!」
叫んだのは人質達の中央、でっぷりと肥えた男だ。
迷宮では目立ちすぎる白の貴族服に、ちぢれた金髪。ふくよかな肉体は迷宮に潜るには適してなく、腰元に下げた立派な剣にも使い込まれた様子はない。
ハタノは苦い顔をしながら、苦言を呈した。
「いまは可能な限り、人命を救助することが先決です。すみませんが魔力ポーションは生存者へ均等に」
「そんなことより、早く我を地上に……」
「――助かりたければ黙って従え!」
遠くからチヒロの喝が飛び、貴族男が震えて黙った。
それ幸いにと、ハタノは別の者を治癒をしつつ、瀕死と思わしき二人に目線を送る。
……一人は失血が酷い。脱出まで持たないだろう。
もう一人は腹部にナイフが刺さったままだが、幸い大きな失血はない。刃物が動脈や臓器を傷つけている可能性は高いが、刺さった刃物がそのまま蓋の役割を果たしている可能性がある。
この場で治癒するには時間が掛かりすぎるが、刃物を動かさず地上まで運べれば、救命できるかもしれない。
歩ける程度になるまで治癒を続けるハタノの傍では、チヒロがオークの王と交渉を続けている。
「貴様、マサカ“勇者”か? ……このママ、我等の命を――」
「安心しろ。そのような無体は行わない。私は”勇者”。人命は守るが、無益な殺生は好まない」
「し、信じラレルか、そんなもの!」
「証拠をみせよう」
チヒロが、盾にしていたオークの子供をそっと下ろした。
既に泡を吹き、気絶していた魔物の足に手を当て、治癒魔法を行使する。
ハタノの治癒魔法には大きく劣るが、光とともに子供の失血が止まる。
「大人しくするなら、これ以上の手は出さない」
「だが、人間ガ我等を見逃すなど、聞いたコトガ――」
「オークは人肉を好むが、迷宮の魔物を喰らって生きることも出来るだろう? ひっそりと迷宮の地下に潜むのなら、私もそれ以上手は出さない」
「…………」
「王よ。お前は魔物だが、それでも愛おしい妻や息子がいるのだろう? 家族を愛しく思う気持ちは、私にも理解できる。決して、無碍にはしない」
信じてくれ、と、チヒロは刀を突きつけながら、柔らかく口元を緩めた。
慈母のように、優しく。
追い詰められたオークの王にとって、その微笑みはとても魅力的に見え――同時に、ハタノはその笑顔が、仕事中に自分がよく浮かべている笑顔にそっくりだと気づく。
ハタノはチヒロから視線を逸らし、治癒師らしき男の遺体のアイテム袋に手をつけた。
救援用の折りたたみ担架を取り出し、かろうじて歩ける者達に指示。
「あちらの、腹を刺されてる方を運び出します。刃物は絶対抜かず、なるだけ動かさないように。私が持続回復しつつ、地上まで持たせます。後は歩けない者を背負い、脱出を」
最後に、ハタノは金髪の貴族男を睨み付けた。
「怪我人を運びます。協力をお願いします」
「っ、わ、我に命令するか。なんで我がこやつらの世話など! 第一、我も怪我をしてるのだぞ、怪我を!」
「軽傷でしょう。手伝いをお願いします。それとも豚の餌になりたいですか?」
男はこの後に及んでも何か言いたげだったが、チヒロを恐れて黙った。
それでも下銭な仕事はしないとばかりに腕を組む。まあ、邪魔をしないのなら結構。ハタノも期待していない。
そうして可能な限り怪我人をつれ、ハタノが脱出の準備を始めた頃――
「待って! お願い、彼を、助けて……」
ハタノの身体に、女戦士がすがりついてきた。
その女の傍らには、相方らしき右腕のない男。
地面に横たわったまま血は流れきっており、呼吸もなく瞼も半開きのまま宙を見つめている。
「お願い、お願いだから……!」
女が縋る。きっと、彼女にとって大切な人だったのだろう。
が、それはもう、死体だ。
ハタノは、チヒロと同じ……慈母のように優しい笑みを浮かべて、囁く。
「安心してください。必ず助けますから」
「ああ、良かっ――」
女がほっとした隙をつき、ハタノは彼女の額に手を当て催眠魔法を打ち込んだ。
麻酔効果を持つこの魔法は、対象の精神がゆるんだ時のほうが有効だ。
どさ、と女が崩れ落ち、その身体をなんとか背負う。これで全員だ。
「チヒロさん。あとを、お願いします」
「ええ。旦那様も後発隊と合流後、速やかに地上へ」
「はい。チヒロさんも、お気を付けて」
ハタノは後ろを振り返らず、怪我人の群れとともに足早に出口を目指した。
その姿を見届けたチヒロは、そっと刀に力を込める。
「オークの王よ、あなたは魔物ではあったが、約束は守る真摯な方であった」
「ああ。だかラ、我が子を助け――」
「私は”勇者”チヒロ。協力、感謝する」
チヒロが王の首を跳ね、返す刀で子供の首を切り飛ばした。
途端、オーク達が怒りと絶望の声をあげ、暴走する。
チヒロはすかさず広間の入口へと飛び、刀を翻しながら、全てを焼き払う炎を灯し始めた。
それくらい当時の状況は混迷を極めていたし、ハタノ自身、チヒロの動きが早すぎて見えなかった、というのもある。
何れにせよ彼女の行動は恐ろしく冷徹、かつ、論理的な行動であったと思う。
迷宮十三階層、その奥にオークの集落は存在した。
石畳の迷路から一変、僅かな草木と土の地面が広がる広間にて、でっぷりとした腹を揺らしたオーク達が寝転がり、あるいは槍を研ぎながら言葉にならない鳴き声をあげていた。
その数、およそ五十以上。
その中央広間には、複数名の人間が縛られた姿で転がされていた。
人間の姿は様々だ。足を折られたまま怯える鎧姿の少年。魔術師のローブが大きくはだけ、ボロボロの姿を隠すこともできず倒れたままの女性。
人垣の中央に一人、白い貴族服を着込みでっぷりと肥えた男がいるが、その男もいまは情けなく青ざめ震えるばかりだ。
”知恵付き”――人並みの知恵をもつ特殊なオークが誕生した場合、彼等の行動様式は大きく変化する。
群れを成し、社会を作るのだ。
魔力のよどみから自然発生する魔物は本来、社会性を持たないが、知恵付きの集団は別だ。魔物としては異例の、同種同士で交配を始め、生まれた我が子を愛し、育て、家族を形成していく。
そのため爆発的に数を増やす性質を持ち、さらに家族の絆を深めるため”祭り”を開く。
もちろん祭りの主役は、人間の肉というご馳走。捕まった彼等はじきに四肢を裂かれ、魔物の腹の足しになるだろう。
その祭りの開演に、チヒロ達は間に合った。
見張りを消したチヒロが、広間へと足を踏み入れる。
直後。奥の玉座に腰掛けた、並のオークの二倍以上の体躯をもつ”王”と、ぴたりと、目が合った。
王がその豚顔を歪め、チヒロを睨み――
「……どうシテ、無傷の人間がここに居ル? 貴様、何者――」
チヒロが消えた。
正しくは、強弓より放たれた矢のように、飛びかかった。
ハタノが気付いた時には、チヒロは和服をはためかせながら王の鼻っ柱に蹴りを入れ、そのまま地面に叩きつけていた。
ぐおお、とオークの王が悲鳴をあげ、配下のオーク達が驚いて顔を上げる。
誰一人、チヒロの速度に追いつかない。
その一瞬が、命運を決めた。
チヒロが王を足蹴にする。
そして倒れた王の首筋に、すっ……と刀を寄せ、凜とした声で告げた。
「全員、動くな。王の首が惜しければな」
「なっ――き、貴様! この王タル我を質に――ぐぎゃアッ!」
「喋るな」
チヒロが刀を突き立て、王の右腕を貫いた。
その悲鳴に並居るオーク達がようやく立ち上がり、チヒロに槍を、弓を、そして魔法の杖を向ける。
チヒロはすかさず周囲を見渡し――王の傍にいた、小さなオークに目をつける。
王の子供だろう。
魔物と呼ぶにはつぶらな瞳を浮かべたそいつに、チヒロは刀を下ろす。
子供オークの右膝から下が飛んだ。
悲鳴をあげる子供オークの首根っこをチヒロが掴み、見せつけるように突き出し――矢を放とうとしたオーク達へ、盾になるようぶら下げる。
ざわり、と魔物達の動きが止まった。
「ッ、わ、我が子ヲ離せ! 貴様、ナンたる無礼を……」
「喋るな、と忠告したはずだが? 抵抗すると痛い目を見るぞ。お前の子が、な」
チヒロが子供のオークを捉えたまま、その首筋に刀を沿わせる。
チヒロの瞳には何一つ、感情らしきものは浮かんでおらず――その冷ややかな眼差しが、オークの王を引きつらせた。
「ま、待て。止めろ! 頼ム!」
「なら全員、その場を動くな。旦那様、歩ける者をなるだけ増やし、脱出を」
「っ……はい!」
さすがのハタノですら、一瞬、我を忘れた。チヒロの凶行に怯んだのだ。
が、理性はすぐさま、彼女の意図を理解する。
”知恵付き”を殺せば、オーク達は暴走を始める。そうなると、三十名以上もいる怪我人を救出することは難しい。
チヒロが王を抑え、時間を稼ぐ間に、ハタノは怪我人達の元へと走る。
(粗雑治癒でいい。まず脱出の準備を)
ハタノは動けそうな兵士の縄をナイフで切りつつ、状況を選別。
縄で縛られてるだけの者。足や肩をへし折られ転がされている者。腹部に刃物を突き立てられたまま蹲ってる者。左腕がなく既に冷たくなっている者。
こびりつく血と汗と悪臭のなか、ハタノは救える命を数える。
生存者は止血を済ませており、逆に出血多量の者はすでに絶命している。生死の境にいる者が少ないのは、ある意味で幸運――死体は救助する必要が無いから。
ハタノは手近な男の足首をがっと掴み、整復しつつ治癒魔法を放つ。
「失礼。歩けるように治癒します」
「あ、がっ、っ――!」
足をへし折られた鎧姿の男を掴み、治癒魔法を一気に行使。
血管や神経の断絶には復元魔法が必要だが、さいわい骨は自然治癒力が高いため、整復さえ正しくすれば治癒魔法が届きやすい。
「なるだけ、動ける人を増やします。それと皆さんこれを」
治癒魔法を扱いながら、ハタノは魔力ポーションを手渡していく。
”才”ある者なら、魔力を体力に換算でき、失血や体力の消耗を軽減できる、と見込んだのだが――
その差し出したポーションを、横からかっさらわれた。
「それを我によこせ! 我の治癒をしろ、こんな愚図共など放っておけ!」
叫んだのは人質達の中央、でっぷりと肥えた男だ。
迷宮では目立ちすぎる白の貴族服に、ちぢれた金髪。ふくよかな肉体は迷宮に潜るには適してなく、腰元に下げた立派な剣にも使い込まれた様子はない。
ハタノは苦い顔をしながら、苦言を呈した。
「いまは可能な限り、人命を救助することが先決です。すみませんが魔力ポーションは生存者へ均等に」
「そんなことより、早く我を地上に……」
「――助かりたければ黙って従え!」
遠くからチヒロの喝が飛び、貴族男が震えて黙った。
それ幸いにと、ハタノは別の者を治癒をしつつ、瀕死と思わしき二人に目線を送る。
……一人は失血が酷い。脱出まで持たないだろう。
もう一人は腹部にナイフが刺さったままだが、幸い大きな失血はない。刃物が動脈や臓器を傷つけている可能性は高いが、刺さった刃物がそのまま蓋の役割を果たしている可能性がある。
この場で治癒するには時間が掛かりすぎるが、刃物を動かさず地上まで運べれば、救命できるかもしれない。
歩ける程度になるまで治癒を続けるハタノの傍では、チヒロがオークの王と交渉を続けている。
「貴様、マサカ“勇者”か? ……このママ、我等の命を――」
「安心しろ。そのような無体は行わない。私は”勇者”。人命は守るが、無益な殺生は好まない」
「し、信じラレルか、そんなもの!」
「証拠をみせよう」
チヒロが、盾にしていたオークの子供をそっと下ろした。
既に泡を吹き、気絶していた魔物の足に手を当て、治癒魔法を行使する。
ハタノの治癒魔法には大きく劣るが、光とともに子供の失血が止まる。
「大人しくするなら、これ以上の手は出さない」
「だが、人間ガ我等を見逃すなど、聞いたコトガ――」
「オークは人肉を好むが、迷宮の魔物を喰らって生きることも出来るだろう? ひっそりと迷宮の地下に潜むのなら、私もそれ以上手は出さない」
「…………」
「王よ。お前は魔物だが、それでも愛おしい妻や息子がいるのだろう? 家族を愛しく思う気持ちは、私にも理解できる。決して、無碍にはしない」
信じてくれ、と、チヒロは刀を突きつけながら、柔らかく口元を緩めた。
慈母のように、優しく。
追い詰められたオークの王にとって、その微笑みはとても魅力的に見え――同時に、ハタノはその笑顔が、仕事中に自分がよく浮かべている笑顔にそっくりだと気づく。
ハタノはチヒロから視線を逸らし、治癒師らしき男の遺体のアイテム袋に手をつけた。
救援用の折りたたみ担架を取り出し、かろうじて歩ける者達に指示。
「あちらの、腹を刺されてる方を運び出します。刃物は絶対抜かず、なるだけ動かさないように。私が持続回復しつつ、地上まで持たせます。後は歩けない者を背負い、脱出を」
最後に、ハタノは金髪の貴族男を睨み付けた。
「怪我人を運びます。協力をお願いします」
「っ、わ、我に命令するか。なんで我がこやつらの世話など! 第一、我も怪我をしてるのだぞ、怪我を!」
「軽傷でしょう。手伝いをお願いします。それとも豚の餌になりたいですか?」
男はこの後に及んでも何か言いたげだったが、チヒロを恐れて黙った。
それでも下銭な仕事はしないとばかりに腕を組む。まあ、邪魔をしないのなら結構。ハタノも期待していない。
そうして可能な限り怪我人をつれ、ハタノが脱出の準備を始めた頃――
「待って! お願い、彼を、助けて……」
ハタノの身体に、女戦士がすがりついてきた。
その女の傍らには、相方らしき右腕のない男。
地面に横たわったまま血は流れきっており、呼吸もなく瞼も半開きのまま宙を見つめている。
「お願い、お願いだから……!」
女が縋る。きっと、彼女にとって大切な人だったのだろう。
が、それはもう、死体だ。
ハタノは、チヒロと同じ……慈母のように優しい笑みを浮かべて、囁く。
「安心してください。必ず助けますから」
「ああ、良かっ――」
女がほっとした隙をつき、ハタノは彼女の額に手を当て催眠魔法を打ち込んだ。
麻酔効果を持つこの魔法は、対象の精神がゆるんだ時のほうが有効だ。
どさ、と女が崩れ落ち、その身体をなんとか背負う。これで全員だ。
「チヒロさん。あとを、お願いします」
「ええ。旦那様も後発隊と合流後、速やかに地上へ」
「はい。チヒロさんも、お気を付けて」
ハタノは後ろを振り返らず、怪我人の群れとともに足早に出口を目指した。
その姿を見届けたチヒロは、そっと刀に力を込める。
「オークの王よ、あなたは魔物ではあったが、約束は守る真摯な方であった」
「ああ。だかラ、我が子を助け――」
「私は”勇者”チヒロ。協力、感謝する」
チヒロが王の首を跳ね、返す刀で子供の首を切り飛ばした。
途端、オーク達が怒りと絶望の声をあげ、暴走する。
チヒロはすかさず広間の入口へと飛び、刀を翻しながら、全てを焼き払う炎を灯し始めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる