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一か八か
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思いがけず降って湧いたチャンスを逃すまいと、俺は焦っている。十年以上も待ったんだ、絶対に失敗できない。どっちが上手くいく可能性が高いのか――これは賭けだ。俺がするのか、瑞輝にさせるのか……
* * *
高校からの親友なので、すでにもう十二年の付き合いだ。瑞輝はサッカー部のエースで、成績も優秀、明るい性格、長身に整った容姿と、すべてが揃った学校の人気者だった。俺とはタイプが違うが高校入学時に同じクラスで席が前後、初日に挨拶をしたことがきっかけで仲良くなり、それからずっと、大学を経て社会人になっても友人関係が続いている。
スペックが高い瑞輝は、高校時代から今に至るまで、ほとんど彼女が途切れずにいた。一人と長く交際するのではなく、結構すぐに別れることが多かったが、それでも瑞輝はモテるため、常に彼女には不自由していなかった。
俺はそのすぐに交際を解消する理由は、瑞輝の方から振っているのだとずっと想像していた。部活動や大学の課題、仕事とそれぞれの時期ごとの理由で忙しく、会う時間があまり作れないと言っていたので、それが原因で彼女が寂しさに耐えられずケンカになり別れているのだと。
瑞輝は一人になっても特に落ち込んでいる素振りを見せることがなく、毎回俺をカラオケや飲みに誘ってきた時にあっけらかんと話すので、瑞輝の方から告げているのだと思っていたし、俺も突っ込んで詳しく聞いたりはしなかった。
逆に俺の恋愛事情について尋ねられたりすることもあったが、俺も簡単に答えるのみに留めていた。瑞輝はもっと聞きたそうにしている時もあったが、俺はいつもはぐらかしていた。
だって、相手は男だし。それに、付き合っているけど体の関係の延長みたいなもので、本命は目の前にいるお前って言ったら、せっかくの友情が終わるだろ?
好きな人と付き合えたらどんだけ幸せだろうと、その可能性が限りなく低いなら、触れ合えなくてもずっとそばにいられる親友としての関係を選んだほうがいい――そう考えて今までずっと本当の気持ちを隠してきた。
お互い社会人になってからは、基本的に会社帰りに食事も兼ねて居酒屋で会うことが多かった。だが今夜の瑞輝からの誘いは『久しぶりに家で』とメッセージが送られてきたので若干新鮮に思ったが、もしかして彼女との結婚が決まり、何か結婚式とかの相談があるから――かと考えていた。
元々叶わない恋だと分かっている。だから祝福できるし、瑞輝が幸せになるのに邪魔をするつもりは一切ない。ただ……恋人がいても俺との時間は作ってくれていたが、結婚となるとそれは分からない。俺はどんな形でも瑞輝と繋がっていたい。だからそこに関しては――もちろん瑞輝が薄情だとは全く思わないが――頑張って配偶者にも気に入られ、親友の座をキープし続けないといけないと考えていた。
初めは誘った瑞輝の家の予定だったが、俺のほうが今夜は残業で遅くなりそうだったので、会社近くにある俺のマンションで会うことになった。瑞輝は酒とピザ、つまみなどを買ってくれていたので、仕事が終わった俺はそのまま会社近くのベンチで待ってくれていた瑞輝と合流した。
家に着き、まずはネクタイを緩めてビールの缶を開ける。仕事終わりのビールほど美味いものはない、これは社会人共通事項ではないのか。お互い座る前に一本目を飲み終え、二本目に突入する。
普段、一人の時は小さなテーブルと椅子で食事をしているが、テレビを見ながらや友人と食べる時はソファとローテーブルを使っている。
袋のまま広げたさきいかやポテチを食べながら、ピザをオーブンで温めていると、瑞輝が真剣な顔でいるのが分かった。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
ますます俺は結婚報告だと予想をつける。だが、それにしては嬉しそうな表情をしていない。もしかして、その気がなかったのにできちゃったとか? いや、瑞輝はそこに関しては昔から気を付けていると言っていたはずだ。
「実は……」
声が泣きそうだ。俺は不安になった。不幸があったとかでなければよいが……
「また彼女に振られたんだけど……」
「え? また振られた?」
「意外か?」
「ああ、俺はお前の方から別れているのかと思っていたが」
「いや、毎回俺が振られるんだ」
こんな高スペックな瑞輝が振られる原因って何だ?
「理由って……俺が訊いてもいいか?」
瑞輝は躊躇いながらも口を開いた。
「――下手なんだって」
「何がだ?」
「分かんないのかよ!」
「えっ、セックスが……ってことか?」
「そうだよ」
「それはただ、今回の彼女との相性が良くなかったってことじゃないのか? 俺も経験あるぞ」
だが瑞輝は首を横に振った。
「――違う。毎回……この理由だ」
「え……?」
意外過ぎたので、上手く返せなかった。瑞輝は何でもそつなくこなせ、高校時代のテストから現在の仕事まで、もちろん陰で努力はしてるだろうが常に人より優れた成績を収めている。会社は違うので詳しくは分からないが、前に飲んでいた時に遭遇した瑞輝の同僚たちが褒めちぎっていたのでそうだろう。
だから、セックスに関しても漠然と『上手いだろう』と思っていたのだ。そして――俺も瑞輝とやりたいとも……
思いがけない展開に、詳しく聞きたいと逸る気持ちを押さえ込むために俺はビールを口にした。神妙な面持ちを意識する。
「毎回ってどういうことなんだ? その――勃ちにくいってことか?」
瑞輝は両手で包んだ頭を、ソファーの上で立てた膝の上に乗せた。
「違う。下手って言われたって言っただろ?」
「うん。えっと……それは……どの場面で?」
「場面って?」
「突っ込んで訊いても怒らないか?」
「――相談したくて話してんだし大丈夫だ」
「じゃあ訊くけど、前戯をしてないとかなのか? それとも早いとか?」
「してる。早くもない――と思う。だけど毎回、触られても感じないとか、気持ち良くないって言われて。動画とか見て勉強しても変わらないし……もうどうしていいか自分でも分かんねえよ」
瑞輝が額を膝で擦るように左右に揺らした。もしかしたら涙を拭いたのかもしれない。俺は気付かないふりをするために、一度立ち上がって冷蔵庫からビールを持ってくる。プシューっという音が静寂の部屋に響いた。
「彼女と話さなかったのか?」
「だから下手って言われたって」
「そうじゃなくて、どういう風にすればいいか訊かなかったのかよ」
「何をだよ」
「どこを触られるのが好きとか、気持ちよくなるとか……」
「……訊いてない。でも元カノ達も自分からこうして欲しいとか言わなかったし……」
「瑞輝、逆にお前は自分のをされる時、ここ舐めて……とか、こうして……とか言わなかったのか?」
「ないよ。言えるわけないだろ」
「で、お前はどうだったんだ? してる時感じたのか?」
「出したから一応。でも周りの男友達がセックスは最高って言うほど気持ち良くはないと思う……」
瑞輝がビールを二口飲んでから、キッチンへ行き温まったピザをオーブンから取り出した。皿に載せてローテーブルに置く。何度もうちに来ているので、瑞輝は勝手に自分でやるのだ。瑞輝が食べている間、俺は考えた。
瑞輝は誰とでも仲良く話せてコミュニケーション能力が高い。だが、そんな瑞輝もセックスに関しては消極的らしい。
ここで俺との行為に持ち込むにはどうすべきか。おそらく瑞輝は俺がゲイだとは知らないだろう。今まで相手の性別は言わなかったし、俺の服装とかもゲイっぽくないから余程勘のいい人――同じ性的志向――とかじゃない限り気が付かない。
上手く誘導するには……『俺で練習してみるか?』と言ってみる方が瑞輝にとってのハードルが低いと思ったが、一つ問題があることに思い当たった。
それだと、技術が身につけば新しい彼女を探すだろうし、それで彼女が喜んでしまえば俺との関係を持つ必要性は確実になくなる。それに、俺は今まで攻めしかしたことがない。瑞輝とできるならどちらでもいいが……やっぱり俺が興奮させたい。
なら――
「なあ瑞輝?」
「ん? 良いアドバイスでもくれるのかよ」
「いや、ちょっとした提案があるんだけど」
「何だ?」
「俺と練習してみないか?」
「は?」
「だから――俺と練習しないかって」
「どういう意味だ?」
「俺とセックスしようってこと」
「は? 聡史、お前酔ってるのかよ」
「ビールだけで酔うわけないだろう」
「じゃあなんで変なこというんだよ。冗談でも面白くないぞ」
「いや、本気だよ。だってお前下手だって言われたんだろ? このままだったら誰と付き合ってもダメなんじゃないか? だから俺と練習すればいいじゃん。友達だろ? 協力するって! 俺ならいくら下手でも文句言わないし、こういうのは仲良い方がやりやすいだろ。それに俺ちょうど今相手いなくて溜まってたしさ」
幸いビールとはいえ瑞輝もまあまあ飲んでるし、素面じゃない。自分でも何言ってるんだ……と思うが、冷静になられる前に一気に畳み込んでみる。
瑞輝は目を丸くしながらこっちを見て、小さな声を出した。
「…………頼む」
俺は心の中でガッツポーズを上げた! 多分――元カノ達に言われてかなり落ち込んでいる、酔っていて頭が回っていない、なんだかんだ欲求不満、それがミックスされた感じだろう。
「じゃあ早速やろうか」
瑞輝は少し驚いた素振りを見せたが、頷いた。顔が赤のは酒のせいか照れているのか。
よし、ここからが重要だ。最後までするために――まずはベッドの横の引き出しに入っている潤滑剤をすぐ取れるところに行かないと。盛り上がっているところで一時中断したら、瑞輝がやっぱりやめると言い出しかねない。
「ここは狭いし、隣の部屋に行くぞ」
俺は瑞輝を引っ張るようにして連れていく。ベッドの端に二人で腰をかけた。
「ちょっと思ったんだが、お前の練習って言ったけど、まずは俺がしてみてどういう風にするのがいいか、見たほうがいいんじゃないかって。だから、お前はどうされるのが気持ち良いか感じてろよ。それを今度はお前がやってみればいいんだし。まあ俺もそんなに上手くできないかもしれないけど……」
こんな風に言ったが自信はある。社会人になってからは忙しくて最近していなかったのは本当だが、それでもたまに体の関係を持つ相手はいたし、大学時代には同じ学部にいた男と付き合っていた。彼もゲイで他に相手を見つけられず利害の一致みたいなところもあったが、それでも交際は卒業後も含め四年以上続いて、その間に色々と探求は欠かさなかった。
瑞輝がこれからされることをよく分かっていないような顔でこっちを見た。
「瑞輝……いいかな?」
やばい、声が震える……お前が好きだと自覚してから約十年、待ちに待った瞬間だ。何度俺の頭で繰り返したか……
俺は手で瑞輝の少し癖のある髪の毛をなでた。大学時代に何度か茶髪にしたりパーマをかけたりもしていたが、今は社会人らしく元々の黒髪と適度な長さを保っている。俺はこの髪型が好きだが、正直言うともう一度、瑞輝の茶髪姿をみたいと思う。日焼けした肌に合っていた。今も営業職として外出が多い瑞輝は、大学時代ほどではないが健康的な肌色だ。
酒で潤んだ目がじっとこっちを見る。俺はその視線を受け止め、体を寄せて耳元で囁いた。
「緊張してる?」
ほんの少し、瑞輝の体が動いたのが見て取れた。耳に指を這わせ、そのまま首筋とうなじを撫でる。
「瑞輝……」
耳元で囁きながら、柔らかいところに唇をそっと当てる。形に沿って尖らせた舌でついばむように触れ、その間に手を瑞輝の頬、首筋、肩……と撫でていき瑞輝の反応を確かめていく。
瑞輝はスポーツが得意で引き締まった体つきだが、筋肉隆々ではなく背が高く細身だ。スーツがとても似合う。無駄な肉がなくすっと伸びた首、男らしい喉仏、たくし上げたワイシャツの袖口から見える、筋のある前腕……
ひとつひとつ、極上のワインを堪能するように、時間をかけて瑞輝の味、香り、刺激を楽しむ。
瑞輝は緊張してどうしていいのか分からない様子だ。
俺はベッドの頭の方に体をずらし、瑞輝を俺の足の上に向かい合って跨らせた。情事のためにセミダブルベッドを買っているので、大人の男二人でも大丈夫だ。
「こう……か?」
俺はその問いに答えず、瑞輝の口を塞いだ。一度離し、そして今度はゆっくりと舌を入れて瑞輝の舌と絡める。歯をなぞり、上の部分に舌を這わせて中を撫で回し、ビール味の蜜を交えながら俺は瑞輝のワイシャツのボタンを外していく。
瑞輝の鼓動が耳を近づけなくても聞こえるくらい、速く強く波打っているのが分かる。その心臓の上の突起を指で転がす。
瑞輝は日焼けをしているが、普段は洗練されたスーツの下に隠されている部分の肌の色は違う。
熱を帯びて赤くなった白い肌の上の、ぽつっと主張しているピンク色のそれは小さく、今まで経験した彼女たちは触らなかったであろうことを主張しているようだ。
初めはくすぐったそうにするだけで何も反応しなかった瑞輝だが、緩急をつけたり周りを擦ったりしていくうちに、柔らかかったそれが、だんだんと硬さをともなって敏感になってきた。
俺はそこを捏ねたり摘んだりして執拗なくらい、じっくりと瑞輝の小さくて可愛いそれを弄ぶ。
俺の腹に押し付けるようにしている瑞輝の大きくなっているものに気付いても、まだそっちには触れず、舌の先で反対側の乳首を転がすように舐める。歯を押し付けると、瑞輝が「んっ」と堪えきれない声を上げた。
「こういうのが好きなのか?」
より反応を引き出すために、噛んでみたり、舌の色々な部分をあてて虐める。俺はそのまま右手を滑らせ、瑞輝のものでいっぱいになっているスラックスの前を緩めると、紺色のボクサーパンツが目に入った。
高校時代、瑞輝がサッカー部の練習のために着替えるのを何度も見た。あの時は制服だったが、懐かしい光景が一気に頭の中に蘇ってくる。隣で仲良く笑っている友達が自分の制服の下に隠されているものに欲情しているなど、爽やかで典型的な学年のヒーローだった瑞輝には想像もつかなかったことだろう。
俺はがっつきたい気持ちを抑え、上半身への愛撫に集中する。
瑞輝が我慢できなくなるまで……俺を欲しがるまで。『もう一回したい』と懇願するまで……
そのレベルまでいかないことには、今日できたとしても次の可能は低いだろうから。
後頭部を手で押さえるようにしてもう一度キスをする。舌で瑞輝の歯をこじ開け、口内をまさぐりながら右手で膨張しているものをボクサーパンツの上から触れる。
待ちきれなくて自ら腰を浮かせた瑞輝のスラックスとワイシャツを、俺は子どもが誕生日にもらったプレゼントの包みをワクワクしながら破くように、興奮と期待しか含まない手つきで脱がせた。
瑞輝は自分で下着も脱ごうごしたが、「だめ、俺がするから」と言って制し、ベッドに横にならせる。
赤みを帯びた肌、膨らんだパンツ、俺はその破壊力に、それだけでイキそうになるのを必死に我慢する。これはあくまで瑞輝のための練習だ。そう考えて暴発しそうな自身を止める。
「急いだら気持ち良くないぞ。時間をかけてゆっくりと、相手の反応を見ながら……」
瑞輝の耳に入っているのか分からなかったが、一応、練習の体を取るために口にする。
大きく主張しているそれを、布の上から形を確かめるように指でなぞると、待ちきれない欲情がじわじわと溢れ出ているのが分かった。瑞輝が興奮している――これだけで、今までやった誰とも得がたい達成感のようなものをすでに抱いてしまう。
やばい――挿れる前に暴発しそうだ。
俺はごくりと唾をのみ、乱暴に扱ったら壊れそうな繊細な紙細工に触れるような手つきでボクサーパンツをずらし、長年待ち焦がれたものをゆっくりと外に出した。しっかりと上を向いて硬く、先端が密に濡れているそれは、早くどうにかして欲しいと訴えているようだ。
瑞輝が自分で触ろうとした右手を、左手で自然に絡めて恋人つなぎで塞ぐ。俺はもう一方の手で、屹立しているところの根元から徐々に触れていき、先のところにキスをする。でもまだ望んでいるものはやらない。限界が来るまで。
「良いところを少し外して触ったり舐めて……相手が物足りないって思うのを繰り返させて、最後に一気に攻める感じで……」
性器から先走りがとろとろと流れ、すでに弾ける寸前まで達した風船のように解放されたがっている。
「聡史……頼む……」
「何だ?」
当然、甘さを混ぜた声で言う瑞輝の欲しいものは分かっている。
「やって欲しい……」
「何をやるんだ?」
「……出したい」
「どうやってして欲しいんだ? きちんと言わないと伝わらないぞ。瑞輝、お前は良く分かっているだろう?」
「――口で……咥えて手も動かしてほしい……」
瑞輝の欲望が、羞恥心より勝った。俺は仰せのままに――とばかりに瑞輝の要望を遂行する。瑞輝が今までの彼女達にされたことがあるのか知らないが、俺は男同士だからどこをどうすれば気持ち良くなるのかよく分かる。
「ん……、あっ……いや、あ――」
唇と舌で先端を包みこんで蜜を味わいながら右手を上下に揺らすと、瑞輝は体をびくんとさせあっという間に白濁を放ち、下半身の熱を解放させた。はあはあと肩で息をする瑞輝の横で、俺は引き出しから潤滑剤を取り出した。急いで手のひらに出して温める。
「瑞輝……俺もイキたい。輝と一緒に……いいか?」
自分がされたことと同じことをするつもりか、上半身を持ち上げようとする瑞輝の足を押さえ込み、俺は潤滑剤を瑞輝の尻に垂らした。思ってもみない展開に、瑞輝は一瞬呆然とした表情で俺を見つめた後、言った。
「おい。聡史、何だよそれ……何してる」
「潤滑剤だよ」
「じゅん……かつ……ざい?」
「そう、潤滑剤。心配いらない。普通にセックスで使うもので、変なものじゃない」
「は……?」
やっと思考が追いついた瑞輝が慌てて声を荒らげた。
「何やってんだよ……聡史、お前……」
「俺はまだ達してないから、俺もイキたい。お前にやってもらうのも良いけど、こうしたほうがお前もどうやって愛撫すればいいか分かりやすだろ? まあ男と女の違いはあるけど。一回女側されたら彼女の気持ちも想像しやすくなる思うぞ」
「いや、だからって……え? まさか――後ろに挿れるってことか?」
「瑞輝……セックス、上手くなりたいんだろ? 俺が達した後にお前もしたかったら、交代すればいいし。一回されてみたら動き方とか分かって練習しやすいぞ。それに――お前、今までセックスであまり感じたことないんだろ? 新しいこと試してみるのも良くないか?」
俺が言ったことを考えているのか瑞輝が黙り込んだ。本気で嫌がられるなら無理強いはしないともちろん決めていたが――瑞輝が顔を赤く染め、潤んだ目で俺を見てくる。
これは多分、恥ずかしくて『やってもいい』と口にできないのだろうと考えた。
「瑞輝――優しくするから……お前は気持ち良くなることだけに集中して……痛かったら遠慮なく言ってくれ」
俺は一度キスをして、それから瑞輝の両足の膝を立たせて、俺はその間に入った。
瑞輝はストレートだ。当然ながら一回も後ろは使ったことがないだろうし、そもそもモテる外見に反して、セックスの経験は(回数だけは少なくないだろうが)豊富じゃない。そんな瑞輝が快楽を覚えたらどうなるのか――
俺は今までゲイの男との関係しか持たなかった。だから瑞輝の反応が不安だが、セックスは信頼関係が重要で、そこに関しては自信がある。
初めて会った時から十年以上、些細な言い合い(食べたい店を決める時とか、瑞輝が逆ナンについて行こうとした時とか)はあるが、瑞輝を傷付けたり裏切るようなことは決してしていない。瑞輝は行為に対しての未知の恐怖心はあれど、俺に対しての怖さや嫌悪感はないはずだ。
締まっている孔の周りをなぞると、もぞもぞするのか瑞輝の下半身が揺れた。俺は瑞輝の足を押さえながら、先ほど塗った潤滑剤を使い指を少しずつ侵入させる。相手に負担をかけないよう、内壁の圧力を跳ね返すのでなくて弛ませるように、焦らずゆっくりと指で撫でるようにして緊張をほぐしていく。
潤滑剤を足しながら指を増やし、弱い部分を探す。左手で半勃ちしている性器を扱くと、それはあっという間に硬さを取り戻した。ここという箇所を、俺は三本の指で圧をかけ、擦り、回し、丹念に愛撫する。
「さと……し……あ、んっ……だめだ」
漏れ出す喘ぎ声が堪らなく俺の独占欲を刺激する。
「瑞輝……お前、女とやってる時もこんな声出すのか?」
「わかんね……やばい、なんか変……」
「妬けるな」
「ん……あ、もう……だめだ、聡史……」
「――そろそろいいか」
俺は指を抜くと、瑞輝の足を持ち上げ、痛いほど硬く勃起しているものを押し付けた。
「挿れるぞ」
「え、ちょっと……聡史……」
「瑞輝……俺に身を預けろ」
瑞輝を傷付けないよう、ゆっくりと腰を下ろしていく。今まで何度も繰り返し頭の中で想像した光景に、俺は歓喜で震えそうだ。
熱く蕩けている内側は、油断するとすぐにいきそうで、必死に今取り掛かっている大きなプロジェクトを思い出して留まった。
「痛くないか?」
「痛い……けど……」
「けど?」
「…………」
「抜いた方がいいか?」
瑞輝が何か言ったが小さすぎて聞き取れなかった。俺は瑞輝の耳元で囁いた。
「瑞輝、痛いならやめるから、正直に言ってくれ。怒ったりは絶対にしない」
「だい…………」
「ん?」
瑞輝は潤ませた目を少し逸らし、俺の首に腕を絡ませた。
「大……丈夫…………」
「――うん」
負担をかけないよう、内壁のうねりを見極めながらゆっくりと出し挿れする。
俺は数え切れないほど何度も、頭の中で瑞輝を穢してきた。叶わない想いだと諦め、想像と右手で射精までの達成感を得ていた。
だが、俺の下で実際に善がり、声を漏らす瑞輝――俺を包みこむ蕩けそうな感覚。
ああ――最高だ。瑞輝の匂い、温度、肌触り、すべてが俺に興奮を与え、この腹の底から波打つような欲情が俺を快楽へと導く。俺は今まで関係を持ったパートナー達にセックスが上手いと言われてきたが、肌が合うってこういうことなんだ。
全然違った。肉体だけじゃなくて精神的な満足感がより体の快感を高めてくれる。
今まで何度もしたセックスは性行為ではあるが愛の営みとは全く別物だったと思い知った。
「さと……し、いや……だ……」
「瑞輝、大丈夫か? 痛いのか?」
「ちが……う……なんか変、だめ……あんっ……」
瑞輝が善がる部分を丁寧に擦ると、体を大きくビクつかせ達したのが分かった。
「イったか?」
息をするのがやっと、という様子の瑞輝を、俺は優しく抱きしめる。
「瑞輝……」
自分でも驚くほど熱のこもった声だった。好きという気持ちが溢れて止められない。
瑞輝の伸縮が止まったところで、俺はもう一度腰の動きを再開させた。二人の体温と汗が混ざり合う。
「んっ――あ、ゔ……聡史……」
「瑞輝……」
俺は思わず『好き』と言ってしまいそうになったので、瑞輝の唇を塞ぐと同時に長年の想いが凝縮された欲を、言葉の代わりに瑞輝の深いところに吐き出した。
まだクーラーをつけるほどではないが、大人の男二人での運動だ。ビールも飲んでいるし汗をかいたので、シャワーを浴びることにした。そもそも一日働いた会社帰りだ。
瑞輝は恥ずかしそうにしたが、一人ずつだと待っている間に色々考えてしまうだろうから、無理やり誘って一緒に浴室へ行く。
「湯船も浸かるか?」
ホテル並に広くはないが一人暮らしのマンションにしては大きく、二人で入るにも十分だ。
お湯をためている間、まずシャワーで体と髪を洗う。俺が瑞輝のをしようとすると少し戸惑っていたが、「これは後戯だ」と言うと、赤くなって俯いたが結局俺にやらせてくれた。
瑞輝は――何を考えているのだろうか。このままさっきの行為は練習だったとして傷心と酒のせいとして流せば、少しの間は気まずさが残るだろうが友人として続けられるかもしれない――なんて考えは俺のエゴでしかない。
もし、正直に俺の気持ちを伝えたら……恐らく今までのような友達でいられる可能性はゼロだ。二択――万に一つの恋人、それかほとんど予想される、気持ち悪がられて音信不通になるという結果。
言う言わない――どっちをとっても一時の欲望を優先させた報いか。十年以上も耐えたのに、我慢しきれなかった。いや……人生で一回でも、好きな人とできたなら良いじゃないか。今までに感じたことのないほどの満悦感だった。
それに瑞輝はストレートだ、普通にしてたら一生なかったであろう間違い。その気の迷いを見せてくれただけで俺は幸せだ。
「聡史?」
急に呼ばれ、俺は我に返った。瑞輝はすでに湯船に浸かっている。
「平気か? なんかぼーっとしてるみたいだけど、今さら酔いが回ったか?」
「ああ、大丈夫だ」
俺は洗い終わっても流し続けていたシャワーを慌てて止めた。
「聡史も入れよ――ってお前ん家の風呂だけどさ」
瑞輝の視線が突き刺さるようで、俺は足が震えて湯船を跨ぐのに緊張した。お互い体育座りをして向かい合あう。本来の後戯なら、ここは後ろから抱きしめるはずなのに。
二人とも何も言わない。もう少し低い温度にしておくべきだった。のぼせそうだ。でも気まずくて立ち上がるのも躊躇してしまう。
痺れをきらしたのか、瑞輝が口を開いた。
「聡史、あのさ……」
来る……
瑞輝の声は冷静さそのもので、すでに酒の効果も雰囲気の手伝いもないことを容赦なく俺に突きつけた。少なくとも今の俺にできることは、落ち着き、正直に話したり謝ることだけだ。
「どうした?」
「さっきのことだけど……」
「――うん」
「……いや、やっぱり、長くなりそうだから出てから話すよ。タオル借りるぞ」
「ああ、脇の棚に入ってるから使ってくれ。後、買い置きの下着と歯ブラシもあるから――ちょっと待って。俺も出て渡すよ」
長くなりそう――ということはまだ話し合いの余地があるという意味か。それとも罵倒するためにか……少なくとも顔も見たくなくて一刻も早く出て行く、というわけではないと僅かながら期待した。
「瑞輝、サイズは一緒だよな?」
俺はもしかしたらと一縷の望みをかけて常に瑞輝用の下着を用意していた。もちろん関係だけの相手にそんな配慮はしたことがない。
「Tシャツもあるけど着るか?」
「ああ、サンキュ」
着替え終わると、情事を思い出すのを避けるためか瑞輝はソファに腰を下ろした。
「瑞輝、何か飲むか? ビールじゃなくて水か――コーヒーとか」
「いや大丈夫だ。聡史も座れば?」
俺も座っていいのか大いに疑問があったが、瑞輝の出方が分からない以上、立っているのも変だろう。一応すぐに土下座できるように足は組まないでいる。
「聡史、えっと……なんて言ったらいいか分かんねえから直接訊くけど、お前はゲイなのか?」
「……うん、そうだよ」
「だから――溜まってて……男なら誰でもいいと思ってやったのか?」
「違う」
「じゃあなんでやったんだよ! 下手って言われた俺に対する優越感か? 同情か?」
「違う。瑞輝……気付いていなかったと思うが、俺はお前のことが……ずっと――高校の時から好きだったんだよ……」
泣きそうだ。でも言ったほうがいい。例え気持ち悪がられても、二度と会うことがなくなっても、俺が瑞輝を抱いたのは、性欲解消とかノリとか、そんな理由じゃなくて……本当に好きな人と繋がりたいっていう自然な感情からだったってこと。
瑞輝は優しいから、受け入れられないことに罪悪感みたいなものを持ってくれるだろうが、遊ばれたって傷付けたくない。沈黙が怖く、俺は何かしらを口にする。
「だから――チャンスだと思って……どうしてもお前と一度でいいから肌を重ねたかった。ごめん……殴ってくれ。もう連絡しないよ」
俯いていた瑞輝が振り返った。俺は本当に殴られると覚悟したが――降ってきたのは腕ではなく唇だった。言葉を失っている俺に対して瑞輝が怒った。
「なんだよそれ。勝手に決めんなよ!」
瑞輝が続ける。
「たしかに俺はゲイじゃないし……初めは流されたけど……でも……俺、このままお前と会わなくなるなんて考えられないし……」
「……友達でいてくれるのか?」
瑞輝が首を横に振った。
「違う。友達じゃなくて――俺……聡史と付き合ってみたい」
ありえない言葉に、俺は思考が追いつかない。
「まだよく分からないけど……でも、聡史との関係がなくなるのは嫌だし、ぎくしゃくするのも嫌だ。それに、正直お前とのセックス……今までで一番気持ち良かった。技術の問題とか、する方とされる方とかの違いもあるだろうけど……でもしてる時、お前の気持ちが痛いくらい伝わって来たし、さっきのお前の話を聞いて……俺、お前と離れたくないよ」
瑞輝が俺を覗き込む。
「聡史、恥ずかしいんだけど。なんか言えよ」
「嬉しすぎて……言葉が出ない……」
「そんなに俺のこと好きだったのかよ」
冗談のように言う瑞輝に、俺は告げた。
「言葉で言い表せないくらい、お前が好きだよ」
瑞輝が照れた。この顔をこれからも見ていられるなんて――あまりの幸福に、現実かと信じられないくらいだ。夢中で瑞輝を抱きしめた。このまま朝までベッドでこうして眠りたい。
移動しようかと言おうとしたら、腕の中にいる瑞輝が顔を上げた。キスしてくれるのかと思ったら、違うらしい。さっきまでの照れた顔じゃなくて、いつものヒーローみたいな調子で言った。
「あ、聡史。一応忘れないでもらいたいんだけど、さっきのって俺のための練習だったよな?」
「――うん」
「なら、次は俺がやるからな! てか忘れないうちに今やりたいんだけど、いいか?」
* * *
高校からの親友なので、すでにもう十二年の付き合いだ。瑞輝はサッカー部のエースで、成績も優秀、明るい性格、長身に整った容姿と、すべてが揃った学校の人気者だった。俺とはタイプが違うが高校入学時に同じクラスで席が前後、初日に挨拶をしたことがきっかけで仲良くなり、それからずっと、大学を経て社会人になっても友人関係が続いている。
スペックが高い瑞輝は、高校時代から今に至るまで、ほとんど彼女が途切れずにいた。一人と長く交際するのではなく、結構すぐに別れることが多かったが、それでも瑞輝はモテるため、常に彼女には不自由していなかった。
俺はそのすぐに交際を解消する理由は、瑞輝の方から振っているのだとずっと想像していた。部活動や大学の課題、仕事とそれぞれの時期ごとの理由で忙しく、会う時間があまり作れないと言っていたので、それが原因で彼女が寂しさに耐えられずケンカになり別れているのだと。
瑞輝は一人になっても特に落ち込んでいる素振りを見せることがなく、毎回俺をカラオケや飲みに誘ってきた時にあっけらかんと話すので、瑞輝の方から告げているのだと思っていたし、俺も突っ込んで詳しく聞いたりはしなかった。
逆に俺の恋愛事情について尋ねられたりすることもあったが、俺も簡単に答えるのみに留めていた。瑞輝はもっと聞きたそうにしている時もあったが、俺はいつもはぐらかしていた。
だって、相手は男だし。それに、付き合っているけど体の関係の延長みたいなもので、本命は目の前にいるお前って言ったら、せっかくの友情が終わるだろ?
好きな人と付き合えたらどんだけ幸せだろうと、その可能性が限りなく低いなら、触れ合えなくてもずっとそばにいられる親友としての関係を選んだほうがいい――そう考えて今までずっと本当の気持ちを隠してきた。
お互い社会人になってからは、基本的に会社帰りに食事も兼ねて居酒屋で会うことが多かった。だが今夜の瑞輝からの誘いは『久しぶりに家で』とメッセージが送られてきたので若干新鮮に思ったが、もしかして彼女との結婚が決まり、何か結婚式とかの相談があるから――かと考えていた。
元々叶わない恋だと分かっている。だから祝福できるし、瑞輝が幸せになるのに邪魔をするつもりは一切ない。ただ……恋人がいても俺との時間は作ってくれていたが、結婚となるとそれは分からない。俺はどんな形でも瑞輝と繋がっていたい。だからそこに関しては――もちろん瑞輝が薄情だとは全く思わないが――頑張って配偶者にも気に入られ、親友の座をキープし続けないといけないと考えていた。
初めは誘った瑞輝の家の予定だったが、俺のほうが今夜は残業で遅くなりそうだったので、会社近くにある俺のマンションで会うことになった。瑞輝は酒とピザ、つまみなどを買ってくれていたので、仕事が終わった俺はそのまま会社近くのベンチで待ってくれていた瑞輝と合流した。
家に着き、まずはネクタイを緩めてビールの缶を開ける。仕事終わりのビールほど美味いものはない、これは社会人共通事項ではないのか。お互い座る前に一本目を飲み終え、二本目に突入する。
普段、一人の時は小さなテーブルと椅子で食事をしているが、テレビを見ながらや友人と食べる時はソファとローテーブルを使っている。
袋のまま広げたさきいかやポテチを食べながら、ピザをオーブンで温めていると、瑞輝が真剣な顔でいるのが分かった。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
ますます俺は結婚報告だと予想をつける。だが、それにしては嬉しそうな表情をしていない。もしかして、その気がなかったのにできちゃったとか? いや、瑞輝はそこに関しては昔から気を付けていると言っていたはずだ。
「実は……」
声が泣きそうだ。俺は不安になった。不幸があったとかでなければよいが……
「また彼女に振られたんだけど……」
「え? また振られた?」
「意外か?」
「ああ、俺はお前の方から別れているのかと思っていたが」
「いや、毎回俺が振られるんだ」
こんな高スペックな瑞輝が振られる原因って何だ?
「理由って……俺が訊いてもいいか?」
瑞輝は躊躇いながらも口を開いた。
「――下手なんだって」
「何がだ?」
「分かんないのかよ!」
「えっ、セックスが……ってことか?」
「そうだよ」
「それはただ、今回の彼女との相性が良くなかったってことじゃないのか? 俺も経験あるぞ」
だが瑞輝は首を横に振った。
「――違う。毎回……この理由だ」
「え……?」
意外過ぎたので、上手く返せなかった。瑞輝は何でもそつなくこなせ、高校時代のテストから現在の仕事まで、もちろん陰で努力はしてるだろうが常に人より優れた成績を収めている。会社は違うので詳しくは分からないが、前に飲んでいた時に遭遇した瑞輝の同僚たちが褒めちぎっていたのでそうだろう。
だから、セックスに関しても漠然と『上手いだろう』と思っていたのだ。そして――俺も瑞輝とやりたいとも……
思いがけない展開に、詳しく聞きたいと逸る気持ちを押さえ込むために俺はビールを口にした。神妙な面持ちを意識する。
「毎回ってどういうことなんだ? その――勃ちにくいってことか?」
瑞輝は両手で包んだ頭を、ソファーの上で立てた膝の上に乗せた。
「違う。下手って言われたって言っただろ?」
「うん。えっと……それは……どの場面で?」
「場面って?」
「突っ込んで訊いても怒らないか?」
「――相談したくて話してんだし大丈夫だ」
「じゃあ訊くけど、前戯をしてないとかなのか? それとも早いとか?」
「してる。早くもない――と思う。だけど毎回、触られても感じないとか、気持ち良くないって言われて。動画とか見て勉強しても変わらないし……もうどうしていいか自分でも分かんねえよ」
瑞輝が額を膝で擦るように左右に揺らした。もしかしたら涙を拭いたのかもしれない。俺は気付かないふりをするために、一度立ち上がって冷蔵庫からビールを持ってくる。プシューっという音が静寂の部屋に響いた。
「彼女と話さなかったのか?」
「だから下手って言われたって」
「そうじゃなくて、どういう風にすればいいか訊かなかったのかよ」
「何をだよ」
「どこを触られるのが好きとか、気持ちよくなるとか……」
「……訊いてない。でも元カノ達も自分からこうして欲しいとか言わなかったし……」
「瑞輝、逆にお前は自分のをされる時、ここ舐めて……とか、こうして……とか言わなかったのか?」
「ないよ。言えるわけないだろ」
「で、お前はどうだったんだ? してる時感じたのか?」
「出したから一応。でも周りの男友達がセックスは最高って言うほど気持ち良くはないと思う……」
瑞輝がビールを二口飲んでから、キッチンへ行き温まったピザをオーブンから取り出した。皿に載せてローテーブルに置く。何度もうちに来ているので、瑞輝は勝手に自分でやるのだ。瑞輝が食べている間、俺は考えた。
瑞輝は誰とでも仲良く話せてコミュニケーション能力が高い。だが、そんな瑞輝もセックスに関しては消極的らしい。
ここで俺との行為に持ち込むにはどうすべきか。おそらく瑞輝は俺がゲイだとは知らないだろう。今まで相手の性別は言わなかったし、俺の服装とかもゲイっぽくないから余程勘のいい人――同じ性的志向――とかじゃない限り気が付かない。
上手く誘導するには……『俺で練習してみるか?』と言ってみる方が瑞輝にとってのハードルが低いと思ったが、一つ問題があることに思い当たった。
それだと、技術が身につけば新しい彼女を探すだろうし、それで彼女が喜んでしまえば俺との関係を持つ必要性は確実になくなる。それに、俺は今まで攻めしかしたことがない。瑞輝とできるならどちらでもいいが……やっぱり俺が興奮させたい。
なら――
「なあ瑞輝?」
「ん? 良いアドバイスでもくれるのかよ」
「いや、ちょっとした提案があるんだけど」
「何だ?」
「俺と練習してみないか?」
「は?」
「だから――俺と練習しないかって」
「どういう意味だ?」
「俺とセックスしようってこと」
「は? 聡史、お前酔ってるのかよ」
「ビールだけで酔うわけないだろう」
「じゃあなんで変なこというんだよ。冗談でも面白くないぞ」
「いや、本気だよ。だってお前下手だって言われたんだろ? このままだったら誰と付き合ってもダメなんじゃないか? だから俺と練習すればいいじゃん。友達だろ? 協力するって! 俺ならいくら下手でも文句言わないし、こういうのは仲良い方がやりやすいだろ。それに俺ちょうど今相手いなくて溜まってたしさ」
幸いビールとはいえ瑞輝もまあまあ飲んでるし、素面じゃない。自分でも何言ってるんだ……と思うが、冷静になられる前に一気に畳み込んでみる。
瑞輝は目を丸くしながらこっちを見て、小さな声を出した。
「…………頼む」
俺は心の中でガッツポーズを上げた! 多分――元カノ達に言われてかなり落ち込んでいる、酔っていて頭が回っていない、なんだかんだ欲求不満、それがミックスされた感じだろう。
「じゃあ早速やろうか」
瑞輝は少し驚いた素振りを見せたが、頷いた。顔が赤のは酒のせいか照れているのか。
よし、ここからが重要だ。最後までするために――まずはベッドの横の引き出しに入っている潤滑剤をすぐ取れるところに行かないと。盛り上がっているところで一時中断したら、瑞輝がやっぱりやめると言い出しかねない。
「ここは狭いし、隣の部屋に行くぞ」
俺は瑞輝を引っ張るようにして連れていく。ベッドの端に二人で腰をかけた。
「ちょっと思ったんだが、お前の練習って言ったけど、まずは俺がしてみてどういう風にするのがいいか、見たほうがいいんじゃないかって。だから、お前はどうされるのが気持ち良いか感じてろよ。それを今度はお前がやってみればいいんだし。まあ俺もそんなに上手くできないかもしれないけど……」
こんな風に言ったが自信はある。社会人になってからは忙しくて最近していなかったのは本当だが、それでもたまに体の関係を持つ相手はいたし、大学時代には同じ学部にいた男と付き合っていた。彼もゲイで他に相手を見つけられず利害の一致みたいなところもあったが、それでも交際は卒業後も含め四年以上続いて、その間に色々と探求は欠かさなかった。
瑞輝がこれからされることをよく分かっていないような顔でこっちを見た。
「瑞輝……いいかな?」
やばい、声が震える……お前が好きだと自覚してから約十年、待ちに待った瞬間だ。何度俺の頭で繰り返したか……
俺は手で瑞輝の少し癖のある髪の毛をなでた。大学時代に何度か茶髪にしたりパーマをかけたりもしていたが、今は社会人らしく元々の黒髪と適度な長さを保っている。俺はこの髪型が好きだが、正直言うともう一度、瑞輝の茶髪姿をみたいと思う。日焼けした肌に合っていた。今も営業職として外出が多い瑞輝は、大学時代ほどではないが健康的な肌色だ。
酒で潤んだ目がじっとこっちを見る。俺はその視線を受け止め、体を寄せて耳元で囁いた。
「緊張してる?」
ほんの少し、瑞輝の体が動いたのが見て取れた。耳に指を這わせ、そのまま首筋とうなじを撫でる。
「瑞輝……」
耳元で囁きながら、柔らかいところに唇をそっと当てる。形に沿って尖らせた舌でついばむように触れ、その間に手を瑞輝の頬、首筋、肩……と撫でていき瑞輝の反応を確かめていく。
瑞輝はスポーツが得意で引き締まった体つきだが、筋肉隆々ではなく背が高く細身だ。スーツがとても似合う。無駄な肉がなくすっと伸びた首、男らしい喉仏、たくし上げたワイシャツの袖口から見える、筋のある前腕……
ひとつひとつ、極上のワインを堪能するように、時間をかけて瑞輝の味、香り、刺激を楽しむ。
瑞輝は緊張してどうしていいのか分からない様子だ。
俺はベッドの頭の方に体をずらし、瑞輝を俺の足の上に向かい合って跨らせた。情事のためにセミダブルベッドを買っているので、大人の男二人でも大丈夫だ。
「こう……か?」
俺はその問いに答えず、瑞輝の口を塞いだ。一度離し、そして今度はゆっくりと舌を入れて瑞輝の舌と絡める。歯をなぞり、上の部分に舌を這わせて中を撫で回し、ビール味の蜜を交えながら俺は瑞輝のワイシャツのボタンを外していく。
瑞輝の鼓動が耳を近づけなくても聞こえるくらい、速く強く波打っているのが分かる。その心臓の上の突起を指で転がす。
瑞輝は日焼けをしているが、普段は洗練されたスーツの下に隠されている部分の肌の色は違う。
熱を帯びて赤くなった白い肌の上の、ぽつっと主張しているピンク色のそれは小さく、今まで経験した彼女たちは触らなかったであろうことを主張しているようだ。
初めはくすぐったそうにするだけで何も反応しなかった瑞輝だが、緩急をつけたり周りを擦ったりしていくうちに、柔らかかったそれが、だんだんと硬さをともなって敏感になってきた。
俺はそこを捏ねたり摘んだりして執拗なくらい、じっくりと瑞輝の小さくて可愛いそれを弄ぶ。
俺の腹に押し付けるようにしている瑞輝の大きくなっているものに気付いても、まだそっちには触れず、舌の先で反対側の乳首を転がすように舐める。歯を押し付けると、瑞輝が「んっ」と堪えきれない声を上げた。
「こういうのが好きなのか?」
より反応を引き出すために、噛んでみたり、舌の色々な部分をあてて虐める。俺はそのまま右手を滑らせ、瑞輝のものでいっぱいになっているスラックスの前を緩めると、紺色のボクサーパンツが目に入った。
高校時代、瑞輝がサッカー部の練習のために着替えるのを何度も見た。あの時は制服だったが、懐かしい光景が一気に頭の中に蘇ってくる。隣で仲良く笑っている友達が自分の制服の下に隠されているものに欲情しているなど、爽やかで典型的な学年のヒーローだった瑞輝には想像もつかなかったことだろう。
俺はがっつきたい気持ちを抑え、上半身への愛撫に集中する。
瑞輝が我慢できなくなるまで……俺を欲しがるまで。『もう一回したい』と懇願するまで……
そのレベルまでいかないことには、今日できたとしても次の可能は低いだろうから。
後頭部を手で押さえるようにしてもう一度キスをする。舌で瑞輝の歯をこじ開け、口内をまさぐりながら右手で膨張しているものをボクサーパンツの上から触れる。
待ちきれなくて自ら腰を浮かせた瑞輝のスラックスとワイシャツを、俺は子どもが誕生日にもらったプレゼントの包みをワクワクしながら破くように、興奮と期待しか含まない手つきで脱がせた。
瑞輝は自分で下着も脱ごうごしたが、「だめ、俺がするから」と言って制し、ベッドに横にならせる。
赤みを帯びた肌、膨らんだパンツ、俺はその破壊力に、それだけでイキそうになるのを必死に我慢する。これはあくまで瑞輝のための練習だ。そう考えて暴発しそうな自身を止める。
「急いだら気持ち良くないぞ。時間をかけてゆっくりと、相手の反応を見ながら……」
瑞輝の耳に入っているのか分からなかったが、一応、練習の体を取るために口にする。
大きく主張しているそれを、布の上から形を確かめるように指でなぞると、待ちきれない欲情がじわじわと溢れ出ているのが分かった。瑞輝が興奮している――これだけで、今までやった誰とも得がたい達成感のようなものをすでに抱いてしまう。
やばい――挿れる前に暴発しそうだ。
俺はごくりと唾をのみ、乱暴に扱ったら壊れそうな繊細な紙細工に触れるような手つきでボクサーパンツをずらし、長年待ち焦がれたものをゆっくりと外に出した。しっかりと上を向いて硬く、先端が密に濡れているそれは、早くどうにかして欲しいと訴えているようだ。
瑞輝が自分で触ろうとした右手を、左手で自然に絡めて恋人つなぎで塞ぐ。俺はもう一方の手で、屹立しているところの根元から徐々に触れていき、先のところにキスをする。でもまだ望んでいるものはやらない。限界が来るまで。
「良いところを少し外して触ったり舐めて……相手が物足りないって思うのを繰り返させて、最後に一気に攻める感じで……」
性器から先走りがとろとろと流れ、すでに弾ける寸前まで達した風船のように解放されたがっている。
「聡史……頼む……」
「何だ?」
当然、甘さを混ぜた声で言う瑞輝の欲しいものは分かっている。
「やって欲しい……」
「何をやるんだ?」
「……出したい」
「どうやってして欲しいんだ? きちんと言わないと伝わらないぞ。瑞輝、お前は良く分かっているだろう?」
「――口で……咥えて手も動かしてほしい……」
瑞輝の欲望が、羞恥心より勝った。俺は仰せのままに――とばかりに瑞輝の要望を遂行する。瑞輝が今までの彼女達にされたことがあるのか知らないが、俺は男同士だからどこをどうすれば気持ち良くなるのかよく分かる。
「ん……、あっ……いや、あ――」
唇と舌で先端を包みこんで蜜を味わいながら右手を上下に揺らすと、瑞輝は体をびくんとさせあっという間に白濁を放ち、下半身の熱を解放させた。はあはあと肩で息をする瑞輝の横で、俺は引き出しから潤滑剤を取り出した。急いで手のひらに出して温める。
「瑞輝……俺もイキたい。輝と一緒に……いいか?」
自分がされたことと同じことをするつもりか、上半身を持ち上げようとする瑞輝の足を押さえ込み、俺は潤滑剤を瑞輝の尻に垂らした。思ってもみない展開に、瑞輝は一瞬呆然とした表情で俺を見つめた後、言った。
「おい。聡史、何だよそれ……何してる」
「潤滑剤だよ」
「じゅん……かつ……ざい?」
「そう、潤滑剤。心配いらない。普通にセックスで使うもので、変なものじゃない」
「は……?」
やっと思考が追いついた瑞輝が慌てて声を荒らげた。
「何やってんだよ……聡史、お前……」
「俺はまだ達してないから、俺もイキたい。お前にやってもらうのも良いけど、こうしたほうがお前もどうやって愛撫すればいいか分かりやすだろ? まあ男と女の違いはあるけど。一回女側されたら彼女の気持ちも想像しやすくなる思うぞ」
「いや、だからって……え? まさか――後ろに挿れるってことか?」
「瑞輝……セックス、上手くなりたいんだろ? 俺が達した後にお前もしたかったら、交代すればいいし。一回されてみたら動き方とか分かって練習しやすいぞ。それに――お前、今までセックスであまり感じたことないんだろ? 新しいこと試してみるのも良くないか?」
俺が言ったことを考えているのか瑞輝が黙り込んだ。本気で嫌がられるなら無理強いはしないともちろん決めていたが――瑞輝が顔を赤く染め、潤んだ目で俺を見てくる。
これは多分、恥ずかしくて『やってもいい』と口にできないのだろうと考えた。
「瑞輝――優しくするから……お前は気持ち良くなることだけに集中して……痛かったら遠慮なく言ってくれ」
俺は一度キスをして、それから瑞輝の両足の膝を立たせて、俺はその間に入った。
瑞輝はストレートだ。当然ながら一回も後ろは使ったことがないだろうし、そもそもモテる外見に反して、セックスの経験は(回数だけは少なくないだろうが)豊富じゃない。そんな瑞輝が快楽を覚えたらどうなるのか――
俺は今までゲイの男との関係しか持たなかった。だから瑞輝の反応が不安だが、セックスは信頼関係が重要で、そこに関しては自信がある。
初めて会った時から十年以上、些細な言い合い(食べたい店を決める時とか、瑞輝が逆ナンについて行こうとした時とか)はあるが、瑞輝を傷付けたり裏切るようなことは決してしていない。瑞輝は行為に対しての未知の恐怖心はあれど、俺に対しての怖さや嫌悪感はないはずだ。
締まっている孔の周りをなぞると、もぞもぞするのか瑞輝の下半身が揺れた。俺は瑞輝の足を押さえながら、先ほど塗った潤滑剤を使い指を少しずつ侵入させる。相手に負担をかけないよう、内壁の圧力を跳ね返すのでなくて弛ませるように、焦らずゆっくりと指で撫でるようにして緊張をほぐしていく。
潤滑剤を足しながら指を増やし、弱い部分を探す。左手で半勃ちしている性器を扱くと、それはあっという間に硬さを取り戻した。ここという箇所を、俺は三本の指で圧をかけ、擦り、回し、丹念に愛撫する。
「さと……し……あ、んっ……だめだ」
漏れ出す喘ぎ声が堪らなく俺の独占欲を刺激する。
「瑞輝……お前、女とやってる時もこんな声出すのか?」
「わかんね……やばい、なんか変……」
「妬けるな」
「ん……あ、もう……だめだ、聡史……」
「――そろそろいいか」
俺は指を抜くと、瑞輝の足を持ち上げ、痛いほど硬く勃起しているものを押し付けた。
「挿れるぞ」
「え、ちょっと……聡史……」
「瑞輝……俺に身を預けろ」
瑞輝を傷付けないよう、ゆっくりと腰を下ろしていく。今まで何度も繰り返し頭の中で想像した光景に、俺は歓喜で震えそうだ。
熱く蕩けている内側は、油断するとすぐにいきそうで、必死に今取り掛かっている大きなプロジェクトを思い出して留まった。
「痛くないか?」
「痛い……けど……」
「けど?」
「…………」
「抜いた方がいいか?」
瑞輝が何か言ったが小さすぎて聞き取れなかった。俺は瑞輝の耳元で囁いた。
「瑞輝、痛いならやめるから、正直に言ってくれ。怒ったりは絶対にしない」
「だい…………」
「ん?」
瑞輝は潤ませた目を少し逸らし、俺の首に腕を絡ませた。
「大……丈夫…………」
「――うん」
負担をかけないよう、内壁のうねりを見極めながらゆっくりと出し挿れする。
俺は数え切れないほど何度も、頭の中で瑞輝を穢してきた。叶わない想いだと諦め、想像と右手で射精までの達成感を得ていた。
だが、俺の下で実際に善がり、声を漏らす瑞輝――俺を包みこむ蕩けそうな感覚。
ああ――最高だ。瑞輝の匂い、温度、肌触り、すべてが俺に興奮を与え、この腹の底から波打つような欲情が俺を快楽へと導く。俺は今まで関係を持ったパートナー達にセックスが上手いと言われてきたが、肌が合うってこういうことなんだ。
全然違った。肉体だけじゃなくて精神的な満足感がより体の快感を高めてくれる。
今まで何度もしたセックスは性行為ではあるが愛の営みとは全く別物だったと思い知った。
「さと……し、いや……だ……」
「瑞輝、大丈夫か? 痛いのか?」
「ちが……う……なんか変、だめ……あんっ……」
瑞輝が善がる部分を丁寧に擦ると、体を大きくビクつかせ達したのが分かった。
「イったか?」
息をするのがやっと、という様子の瑞輝を、俺は優しく抱きしめる。
「瑞輝……」
自分でも驚くほど熱のこもった声だった。好きという気持ちが溢れて止められない。
瑞輝の伸縮が止まったところで、俺はもう一度腰の動きを再開させた。二人の体温と汗が混ざり合う。
「んっ――あ、ゔ……聡史……」
「瑞輝……」
俺は思わず『好き』と言ってしまいそうになったので、瑞輝の唇を塞ぐと同時に長年の想いが凝縮された欲を、言葉の代わりに瑞輝の深いところに吐き出した。
まだクーラーをつけるほどではないが、大人の男二人での運動だ。ビールも飲んでいるし汗をかいたので、シャワーを浴びることにした。そもそも一日働いた会社帰りだ。
瑞輝は恥ずかしそうにしたが、一人ずつだと待っている間に色々考えてしまうだろうから、無理やり誘って一緒に浴室へ行く。
「湯船も浸かるか?」
ホテル並に広くはないが一人暮らしのマンションにしては大きく、二人で入るにも十分だ。
お湯をためている間、まずシャワーで体と髪を洗う。俺が瑞輝のをしようとすると少し戸惑っていたが、「これは後戯だ」と言うと、赤くなって俯いたが結局俺にやらせてくれた。
瑞輝は――何を考えているのだろうか。このままさっきの行為は練習だったとして傷心と酒のせいとして流せば、少しの間は気まずさが残るだろうが友人として続けられるかもしれない――なんて考えは俺のエゴでしかない。
もし、正直に俺の気持ちを伝えたら……恐らく今までのような友達でいられる可能性はゼロだ。二択――万に一つの恋人、それかほとんど予想される、気持ち悪がられて音信不通になるという結果。
言う言わない――どっちをとっても一時の欲望を優先させた報いか。十年以上も耐えたのに、我慢しきれなかった。いや……人生で一回でも、好きな人とできたなら良いじゃないか。今までに感じたことのないほどの満悦感だった。
それに瑞輝はストレートだ、普通にしてたら一生なかったであろう間違い。その気の迷いを見せてくれただけで俺は幸せだ。
「聡史?」
急に呼ばれ、俺は我に返った。瑞輝はすでに湯船に浸かっている。
「平気か? なんかぼーっとしてるみたいだけど、今さら酔いが回ったか?」
「ああ、大丈夫だ」
俺は洗い終わっても流し続けていたシャワーを慌てて止めた。
「聡史も入れよ――ってお前ん家の風呂だけどさ」
瑞輝の視線が突き刺さるようで、俺は足が震えて湯船を跨ぐのに緊張した。お互い体育座りをして向かい合あう。本来の後戯なら、ここは後ろから抱きしめるはずなのに。
二人とも何も言わない。もう少し低い温度にしておくべきだった。のぼせそうだ。でも気まずくて立ち上がるのも躊躇してしまう。
痺れをきらしたのか、瑞輝が口を開いた。
「聡史、あのさ……」
来る……
瑞輝の声は冷静さそのもので、すでに酒の効果も雰囲気の手伝いもないことを容赦なく俺に突きつけた。少なくとも今の俺にできることは、落ち着き、正直に話したり謝ることだけだ。
「どうした?」
「さっきのことだけど……」
「――うん」
「……いや、やっぱり、長くなりそうだから出てから話すよ。タオル借りるぞ」
「ああ、脇の棚に入ってるから使ってくれ。後、買い置きの下着と歯ブラシもあるから――ちょっと待って。俺も出て渡すよ」
長くなりそう――ということはまだ話し合いの余地があるという意味か。それとも罵倒するためにか……少なくとも顔も見たくなくて一刻も早く出て行く、というわけではないと僅かながら期待した。
「瑞輝、サイズは一緒だよな?」
俺はもしかしたらと一縷の望みをかけて常に瑞輝用の下着を用意していた。もちろん関係だけの相手にそんな配慮はしたことがない。
「Tシャツもあるけど着るか?」
「ああ、サンキュ」
着替え終わると、情事を思い出すのを避けるためか瑞輝はソファに腰を下ろした。
「瑞輝、何か飲むか? ビールじゃなくて水か――コーヒーとか」
「いや大丈夫だ。聡史も座れば?」
俺も座っていいのか大いに疑問があったが、瑞輝の出方が分からない以上、立っているのも変だろう。一応すぐに土下座できるように足は組まないでいる。
「聡史、えっと……なんて言ったらいいか分かんねえから直接訊くけど、お前はゲイなのか?」
「……うん、そうだよ」
「だから――溜まってて……男なら誰でもいいと思ってやったのか?」
「違う」
「じゃあなんでやったんだよ! 下手って言われた俺に対する優越感か? 同情か?」
「違う。瑞輝……気付いていなかったと思うが、俺はお前のことが……ずっと――高校の時から好きだったんだよ……」
泣きそうだ。でも言ったほうがいい。例え気持ち悪がられても、二度と会うことがなくなっても、俺が瑞輝を抱いたのは、性欲解消とかノリとか、そんな理由じゃなくて……本当に好きな人と繋がりたいっていう自然な感情からだったってこと。
瑞輝は優しいから、受け入れられないことに罪悪感みたいなものを持ってくれるだろうが、遊ばれたって傷付けたくない。沈黙が怖く、俺は何かしらを口にする。
「だから――チャンスだと思って……どうしてもお前と一度でいいから肌を重ねたかった。ごめん……殴ってくれ。もう連絡しないよ」
俯いていた瑞輝が振り返った。俺は本当に殴られると覚悟したが――降ってきたのは腕ではなく唇だった。言葉を失っている俺に対して瑞輝が怒った。
「なんだよそれ。勝手に決めんなよ!」
瑞輝が続ける。
「たしかに俺はゲイじゃないし……初めは流されたけど……でも……俺、このままお前と会わなくなるなんて考えられないし……」
「……友達でいてくれるのか?」
瑞輝が首を横に振った。
「違う。友達じゃなくて――俺……聡史と付き合ってみたい」
ありえない言葉に、俺は思考が追いつかない。
「まだよく分からないけど……でも、聡史との関係がなくなるのは嫌だし、ぎくしゃくするのも嫌だ。それに、正直お前とのセックス……今までで一番気持ち良かった。技術の問題とか、する方とされる方とかの違いもあるだろうけど……でもしてる時、お前の気持ちが痛いくらい伝わって来たし、さっきのお前の話を聞いて……俺、お前と離れたくないよ」
瑞輝が俺を覗き込む。
「聡史、恥ずかしいんだけど。なんか言えよ」
「嬉しすぎて……言葉が出ない……」
「そんなに俺のこと好きだったのかよ」
冗談のように言う瑞輝に、俺は告げた。
「言葉で言い表せないくらい、お前が好きだよ」
瑞輝が照れた。この顔をこれからも見ていられるなんて――あまりの幸福に、現実かと信じられないくらいだ。夢中で瑞輝を抱きしめた。このまま朝までベッドでこうして眠りたい。
移動しようかと言おうとしたら、腕の中にいる瑞輝が顔を上げた。キスしてくれるのかと思ったら、違うらしい。さっきまでの照れた顔じゃなくて、いつものヒーローみたいな調子で言った。
「あ、聡史。一応忘れないでもらいたいんだけど、さっきのって俺のための練習だったよな?」
「――うん」
「なら、次は俺がやるからな! てか忘れないうちに今やりたいんだけど、いいか?」
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(できれば、春樹に彼女が出来ませんように)
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*********
久しぶりに始めてみました
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