ある探偵<第一部>

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第一章:隠しごと

第九話:「隠しごと」⑤

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「おめえが、教頭を怒らせてどねえすんじゃ」
 生徒指導室に戻ってきたところ、まっさきに、国木田先生が呆れた声を出した。宗平くんが、苦笑いした。
「すんません。口が、回ってしもうて」
「まったくなあ。あんまり、困らせんといてくれ……。久住も、笑うとる場合じゃねえけ」
「ふふ、ごめんなさい」
 肩を小さく震わせて、亜里沙ちゃんが、笑っていた。
「宗平くんは、よく知ってるんだね。わたしのことも」
 亜里沙ちゃんは、穏やかな笑みを浮かべていた。
「亜里沙だけやない。慎二のこともよう知っとる。グリンピースは苦手じゃけど、枝豆は好きじゃゆうことも」
「それは、いま関係ないでしょ」
 そう言いながらも、ぼくは悪い気はしなかった。人に知られているというのは、知られていないより、心地が良い。
「そんで、次はどねんするつもりなんじゃ? 学校で聞ける話は、だいたい聞いたが」
 国木田先生は、なかば、やけになったように宗平くんを促した。
 宗平くんはというと、意に介した様子はなく、からっとしている。
「次は、現場検証じゃな」
 これが、大変だった。
 ぼくらは手分けして校舎中を、廊下、教室、男子トイレから女子トイレまで——もちろん、女子トイレは亜里沙ちゃんに任せて——窓という窓や、床に至るまで、どこかから入ってきた跡はないかという、調べ物をした。
 途中、校舎を巡回していた用務員の茂男しげおさんに、何度も遭遇し、変な顔をされた。
 一時間をかけて調べ回り、へとへとになって得た結論は、やはり、外部からの入ってきた人はなかっただろう、ということだった。
「校舎裏も見て来たんじゃが、昨日の雨で、地面がぐずぐずじゃった。
 もし、校舎裏から入ってきおったなら足跡なり泥の跡なりがあったはずじゃが、なんもなかったけえ、やっぱり、外から入ったゆうのは、ないじゃろうな」
 ぼくらは再び生徒指導室に集まって、結果を報告し合っていた。
 宗平くんの報告を聞いて、ぼくはお腹が重くなったような心地がした。猫に追い詰められているネズミのような。
 先生と宗平くんは、唸っていた。亜里沙ちゃんは目線を机の上に落として、静かでいる。誰も口には出さないが、ある可能性にうすうす気づき始めている気がした。
 やっぱり、犯人は四年生の中にいるんじゃないか。ぼくはほとんど、そう思っていた。
 誰も怪しい人を見ていないのは、怪しいと思えない人物が出入りしていたからだ。実際、外からの侵入者がなく、各学年の先生や生徒が教室を出ていないなら、もう、残るは四年生だけだ。
 人が居ない時を見計らったとすれば、怪しいのは誰か。
 最後に教室を出たと言った、晴美ちゃんだろうか。
 あるいは、晴美ちゃんとすれ違って教室に入っていった、恭介くんだろうか。
 それとも、それ以外の誰かが、盗んでいった?
 それにしても、どうして上履きと教科書なんだろう。犯人は、亜里沙ちゃんのことが好きだったのか。あるいは、嫌いだったのか。
 考えはまとまらなかった。どのような場合だとしても、これだ、と言える証拠がどこにもなかった。
 下校時間も迫って来ていた。ぼくらは最後に、四年生の教室を探すことにした。完全に帰り支度を終えていたぼくや宗平くんとは別に、亜里沙ちゃんは放課後すぐ、先生に呼ばれたため、まだ片づけを終えていなかったので、荷物を取りに行く目的もあった。
 四階に向かう階段を登りながら、ぼくは、こっそり、亜里沙ちゃんの横顔を見た。亜里沙ちゃんの頬にはほんのりと赤みがさしていて、心なしか、ゆるんでいる。
 彼女は五時間目の時より、ずいぶん元気になっているように見えた。ぼくは、安心した。そして、嬉しくなった。苦労が報われていく気がした。今のところ何の成果も出ていないけれど、きっと、亜里沙ちゃんは喜んでくれている。
 誰が何をしたにせよ……。さらにはもし、上履きや教科書が見つからなかったとしても、ぼくや宗平くん、国木田先生みたいに、亜里沙ちゃんを心配する人が居ることを分かってもらえれば、それでいいのかもしれない。
 彼女の心が、夏の吉野川みたいに、さらさらと澄んだ清流として、はるか遠くまで流れていくことを、ぼくは望んだ。
 それはぼくの夢で……。
 だからぼくには、現実が、ちゃんと見えていなかったのかもしれない。教室に辿り着いた瞬間に、そう思い知った。
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