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第一章:隠しごと
第十七話:記者
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葬儀を終えても、松木惠香には一言も声を掛けなかった。
宗平と久住亜里沙のためだけでなく、松木惠香自身も、そのように昔のことをほじくり返されて良い気がしないだろうと、文治は思った。
叔父を悼んだ一筋の涙を、美しいと感じたからでもある。その涙が、今もなお、また、来たる未来永劫に至っても、純然たるものであってほしかった。
葬儀場を出た霊柩車に続いて、文治たち遺族が火葬場へ向かおうという時になって、父に声をかけてきた者があった。
「週刊東国タイムズの藤枝という者です。この度は、ご愁傷様です。亡くなった梶山宗平さんの件で、お話を伺いたいのですが……」
口回りに髭を生やした、ぼさぼさとした髪の四十代に見える男だった。受付をしていた時から、うろうろしていたので目についていた。参列者から話を聞けず、こちらに来たのかもしれなかった。
父の喉が嚥下したのち、細い声が聞こえた。
「そういうことは、先日お断りしたはずやけど」
「そこを、何とかお願いできませんか。後日でかまいませんので」
藤枝記者は食い下がり、名刺と思しきものを父に突き出した。
折しも、これから火葬という段取りである。厄介者にかかずりあうのを避けるために名刺を受け取って場を治めるだろう、という記者のずる賢い算段を、文治は悟った。
父の隣で、老いた祖母がうな垂れたのが、分かった。
文治の身体は、父と藤枝記者の間に割って入っていた。周囲の視線が集まるのを感じる。藤枝の差し出した名刺を受け取ると、胸元を探った。目当てのものが手に触れる。呆気に取られている藤枝の目を、じっと見据えた。
「藤枝さんですね。東国タイムズの。わたくし、こういうものです」
名刺入れを取り出した文治は、自らの名刺を差し出す。名刺を受け取ってもらえたからか、一瞬、喜悦を浮かべた藤枝の顔が、すぐ怪訝な顔になった。文治の渡した名刺を受け取ると、しげしげと見つめ、顔色を曇らせる。困惑の声が漏れ聞こえた。
「はあ、梶山文治さん。……週刊日本。同業の方で」
「いずれ、お答えすることもあろうかと思いますが、今ではありません。今日のところは、お引き取りください」
藤枝の視線が、名刺と文治の顔を行き来する。疑わし気な顔をしていたが、弱ったな、などとぶつぶつと呟いて、藤枝はその場を離れていった。
文治は、ふっ、と息を吐いた。同業に先んじられたと知り、取材を諦めてくれればいいのだが、そう簡単にはいかないだろう。藤枝とて仕事である。同じ記者であるから、指示があれば諦めるわけにはいかないのは、よく分かる。
すごすごと引き下がれば上司に怒鳴りつけられるのは、掌を指すほどに明白だ。また会うことになるに違いない。その前に、やるべきことがあると、文治は考えていた。
「文治。助かった」
父の声に振り返った。疲れた顔をしている。傍らの祖母はまだ、俯いたままだった。
茫漠とした念が迫り、胸が潰れる思いがした。祖母は、やはり気丈夫などではなかった。つい先日のことが、思い出された。
宗平と久住亜里沙のためだけでなく、松木惠香自身も、そのように昔のことをほじくり返されて良い気がしないだろうと、文治は思った。
叔父を悼んだ一筋の涙を、美しいと感じたからでもある。その涙が、今もなお、また、来たる未来永劫に至っても、純然たるものであってほしかった。
葬儀場を出た霊柩車に続いて、文治たち遺族が火葬場へ向かおうという時になって、父に声をかけてきた者があった。
「週刊東国タイムズの藤枝という者です。この度は、ご愁傷様です。亡くなった梶山宗平さんの件で、お話を伺いたいのですが……」
口回りに髭を生やした、ぼさぼさとした髪の四十代に見える男だった。受付をしていた時から、うろうろしていたので目についていた。参列者から話を聞けず、こちらに来たのかもしれなかった。
父の喉が嚥下したのち、細い声が聞こえた。
「そういうことは、先日お断りしたはずやけど」
「そこを、何とかお願いできませんか。後日でかまいませんので」
藤枝記者は食い下がり、名刺と思しきものを父に突き出した。
折しも、これから火葬という段取りである。厄介者にかかずりあうのを避けるために名刺を受け取って場を治めるだろう、という記者のずる賢い算段を、文治は悟った。
父の隣で、老いた祖母がうな垂れたのが、分かった。
文治の身体は、父と藤枝記者の間に割って入っていた。周囲の視線が集まるのを感じる。藤枝の差し出した名刺を受け取ると、胸元を探った。目当てのものが手に触れる。呆気に取られている藤枝の目を、じっと見据えた。
「藤枝さんですね。東国タイムズの。わたくし、こういうものです」
名刺入れを取り出した文治は、自らの名刺を差し出す。名刺を受け取ってもらえたからか、一瞬、喜悦を浮かべた藤枝の顔が、すぐ怪訝な顔になった。文治の渡した名刺を受け取ると、しげしげと見つめ、顔色を曇らせる。困惑の声が漏れ聞こえた。
「はあ、梶山文治さん。……週刊日本。同業の方で」
「いずれ、お答えすることもあろうかと思いますが、今ではありません。今日のところは、お引き取りください」
藤枝の視線が、名刺と文治の顔を行き来する。疑わし気な顔をしていたが、弱ったな、などとぶつぶつと呟いて、藤枝はその場を離れていった。
文治は、ふっ、と息を吐いた。同業に先んじられたと知り、取材を諦めてくれればいいのだが、そう簡単にはいかないだろう。藤枝とて仕事である。同じ記者であるから、指示があれば諦めるわけにはいかないのは、よく分かる。
すごすごと引き下がれば上司に怒鳴りつけられるのは、掌を指すほどに明白だ。また会うことになるに違いない。その前に、やるべきことがあると、文治は考えていた。
「文治。助かった」
父の声に振り返った。疲れた顔をしている。傍らの祖母はまだ、俯いたままだった。
茫漠とした念が迫り、胸が潰れる思いがした。祖母は、やはり気丈夫などではなかった。つい先日のことが、思い出された。
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