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マメ柴のシバ
高崎とまゆ
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「あれ?さゆりちゃんじゃん。久しぶり。」
さゆりが真顔でボーッと線路を見つめていると、女性に声を掛けられた。
金属のレールから目を離し、呼ばれた方をみやり、認識した人物の名を思わず呼んだ。
「えりかさん…。」
声だけでは分からなかったが、隣に立つ女性をさゆりは知っていた。
えりかはみつるの同回生だった。学部も所属していた課外活動も違ったが、兄と親しかった高崎を通じて知り合ったことを、兄がいなくなってから知った。
みつるが行方不明になった時、えりかは、高崎の恋人だったのだ。
みつるがいなくなった当初、さゆりたち家族の次に熱心にみつるを探してくれたのが、みつるの恋人のまゆと友人の高崎だった。
そして街頭でのビラ配りに高崎が招聘したのがえりかだったため、さゆりはえりかと顔見知りになった。
とはいえ、さゆりが個人的にえりかと親しくなることはなかった。
えりかが兄の捜索活動に参加したのはいなくなったばかりのころ数回のみだったので、親しくなるきっかけすらないままに縁が切れてしまったのが実情だった。
高崎は彼女の不在を、彼女の親族トラブルに起因するものだとさゆりに説明し、謝罪をしてくれた。
とはいえ、えりかは特別兄と親しかったわけでも無ければ利害関係がある訳でも無く、さゆりから見て彼女が参加しないことは謝罪に値することでは無かった。ただ、さゆりに対する謝罪の裏に、うっすらと高崎のえりかに対する非難感情を感じ、なんとなく居心地の悪い思いをした。
それから一年後だった。
いつものように街頭でチラシを配って解散した後、物陰で抱き合うまゆと高崎をさゆりが目撃したのは。
その時、高崎はまだえりかと交際していたとさゆりは記憶しているし、一年経っても献身的にみつるを探すまゆの姿にさゆりの一族郎等どころかみつるの友人一同も関心しきりだった。
なので、目撃した瞬間のさゆりの素直な感想としては、
「え、ヤバくね?」
だった。
しかし、単純に4人の男女の痴情の話とすれば、本件においてさゆりは完全な部外者であった。
兄の無二の親友だったはずの男と、兄の健気な恋人だったはずの女の実態に少なからずショックは受けたし、裏切られた気持ちもあった。でも、もう一年も兄は生死すらわからないのだ。
大の男が一年も所在不明ということは、普通に考えれば死んでいるか、自主的に姿を隠しているかしか考えられない。
つまり、どっちにしろまゆは早く次に行って正解なのである。
実際は異世界に飛ばされて帰れなくなっていたのだが、それを予想しないまゆを責められる奴がいるだろうか。
部外者の立場で考えれば、まゆの心変わりは止む無いものだったし、高崎のえりかに対する非難めいた言動を感じた時から、えりかと高崎の関係が帰結する先は見えていた。
極め付けに、彼らはさゆり一家を訪問し、涙ながらに交際の許しを求めてきたのである。
行方不明のドラ息子を懸命に待ち続けた女と、それを支え続けた男が心を寄せたと聞いた家族ができる返答は割と限られている。
「今までの2人の協力には心から感謝している。でも、我々も、このまま君たちを巻き込み続けて良いのか常々悩んでいた。責める気持ちは一切ない。むしろ、肩の荷が下りたと言う意味ではこうなってくれて、返って良かったのではないかとすら思う。みつるのことは気にせず、これからお互いを1番に2人で支え合いながら幸せになって欲しい。君たちが幸せになることは、みつるの望みでもあるはずだから。我々にも遠くから応援させてくれないか。」
そんな感じの父の返事は、模範解答だったとさゆりは思っている。
みつるの面子を守りつつ、家族の矜持も保ちつつ、真摯な2人を気遣いながら、もう関わってくれるなと無垢な裏切り者への牽制も忘れない。
言い渡された2人は父の意図を知ってか知らずか、ただ深く頭を下げた。
さゆりはそれを向かいで見ながら、早くこの茶番が終わらないかなと考えていたが、その必要性はなんとなく理解できたのでじっとしていた。
その時一度だけふと、えりかのことを思った。
でも、関東地区の品行方正な好青年代表、と言った風情の高崎がそこに手抜かりをしているとも思えなかったのですぐに掻き消えた。
それからの交流は、主に父母が2人と年賀状のやりとりを続ける程度だった。
2人からの年賀状は程なくして連名になった。
例年既製品に一言を添えた儀礼的な体裁だったようだが、一度だけ油断したかのように家族写真付きのカジュアルなものが送られてきたことがある。
さゆりは帰省時にたまたま郵便受けをチェックしてそれを見つけた。
大人びた高崎とまゆの腕にはそれぞれ幼児と乳児が抱かれていて、暖色でまとめられたデザインは被写体の笑顔を際立たせる趣味の良いものだった。
みつるが居なくならなかったら、果たしてこの写真は存在し得ただろうか。
そう思う自分の底意地の悪さに、罪悪を覚えた。
でも、同じ出来事が、誰かにとっては不幸の入り口でも、誰かにとっては幸せの始まりになりえる。そのことは、やっぱり素直に認められなかった。
さゆりが真顔でボーッと線路を見つめていると、女性に声を掛けられた。
金属のレールから目を離し、呼ばれた方をみやり、認識した人物の名を思わず呼んだ。
「えりかさん…。」
声だけでは分からなかったが、隣に立つ女性をさゆりは知っていた。
えりかはみつるの同回生だった。学部も所属していた課外活動も違ったが、兄と親しかった高崎を通じて知り合ったことを、兄がいなくなってから知った。
みつるが行方不明になった時、えりかは、高崎の恋人だったのだ。
みつるがいなくなった当初、さゆりたち家族の次に熱心にみつるを探してくれたのが、みつるの恋人のまゆと友人の高崎だった。
そして街頭でのビラ配りに高崎が招聘したのがえりかだったため、さゆりはえりかと顔見知りになった。
とはいえ、さゆりが個人的にえりかと親しくなることはなかった。
えりかが兄の捜索活動に参加したのはいなくなったばかりのころ数回のみだったので、親しくなるきっかけすらないままに縁が切れてしまったのが実情だった。
高崎は彼女の不在を、彼女の親族トラブルに起因するものだとさゆりに説明し、謝罪をしてくれた。
とはいえ、えりかは特別兄と親しかったわけでも無ければ利害関係がある訳でも無く、さゆりから見て彼女が参加しないことは謝罪に値することでは無かった。ただ、さゆりに対する謝罪の裏に、うっすらと高崎のえりかに対する非難感情を感じ、なんとなく居心地の悪い思いをした。
それから一年後だった。
いつものように街頭でチラシを配って解散した後、物陰で抱き合うまゆと高崎をさゆりが目撃したのは。
その時、高崎はまだえりかと交際していたとさゆりは記憶しているし、一年経っても献身的にみつるを探すまゆの姿にさゆりの一族郎等どころかみつるの友人一同も関心しきりだった。
なので、目撃した瞬間のさゆりの素直な感想としては、
「え、ヤバくね?」
だった。
しかし、単純に4人の男女の痴情の話とすれば、本件においてさゆりは完全な部外者であった。
兄の無二の親友だったはずの男と、兄の健気な恋人だったはずの女の実態に少なからずショックは受けたし、裏切られた気持ちもあった。でも、もう一年も兄は生死すらわからないのだ。
大の男が一年も所在不明ということは、普通に考えれば死んでいるか、自主的に姿を隠しているかしか考えられない。
つまり、どっちにしろまゆは早く次に行って正解なのである。
実際は異世界に飛ばされて帰れなくなっていたのだが、それを予想しないまゆを責められる奴がいるだろうか。
部外者の立場で考えれば、まゆの心変わりは止む無いものだったし、高崎のえりかに対する非難めいた言動を感じた時から、えりかと高崎の関係が帰結する先は見えていた。
極め付けに、彼らはさゆり一家を訪問し、涙ながらに交際の許しを求めてきたのである。
行方不明のドラ息子を懸命に待ち続けた女と、それを支え続けた男が心を寄せたと聞いた家族ができる返答は割と限られている。
「今までの2人の協力には心から感謝している。でも、我々も、このまま君たちを巻き込み続けて良いのか常々悩んでいた。責める気持ちは一切ない。むしろ、肩の荷が下りたと言う意味ではこうなってくれて、返って良かったのではないかとすら思う。みつるのことは気にせず、これからお互いを1番に2人で支え合いながら幸せになって欲しい。君たちが幸せになることは、みつるの望みでもあるはずだから。我々にも遠くから応援させてくれないか。」
そんな感じの父の返事は、模範解答だったとさゆりは思っている。
みつるの面子を守りつつ、家族の矜持も保ちつつ、真摯な2人を気遣いながら、もう関わってくれるなと無垢な裏切り者への牽制も忘れない。
言い渡された2人は父の意図を知ってか知らずか、ただ深く頭を下げた。
さゆりはそれを向かいで見ながら、早くこの茶番が終わらないかなと考えていたが、その必要性はなんとなく理解できたのでじっとしていた。
その時一度だけふと、えりかのことを思った。
でも、関東地区の品行方正な好青年代表、と言った風情の高崎がそこに手抜かりをしているとも思えなかったのですぐに掻き消えた。
それからの交流は、主に父母が2人と年賀状のやりとりを続ける程度だった。
2人からの年賀状は程なくして連名になった。
例年既製品に一言を添えた儀礼的な体裁だったようだが、一度だけ油断したかのように家族写真付きのカジュアルなものが送られてきたことがある。
さゆりは帰省時にたまたま郵便受けをチェックしてそれを見つけた。
大人びた高崎とまゆの腕にはそれぞれ幼児と乳児が抱かれていて、暖色でまとめられたデザインは被写体の笑顔を際立たせる趣味の良いものだった。
みつるが居なくならなかったら、果たしてこの写真は存在し得ただろうか。
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