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第二章 迷宮顛倒変
朱雷吼
しおりを挟む《夢窮館》
麟堂の筆になる新しい道場の看板は見事な出来栄えであった。
それぞれに書体の違う三文字であるのにもかかわらず美しい統一感がそこにはあった。書に疎い俺でさえ凛としながらも玄妙精微な墨蹟に感じ入るものがある。
「こんなものか」
「師匠。恩に着ます。前のやつよりずっとか立派だぜ」
「お主が横からぺちゃくちゃと口を挟むので、いささか鋭気に欠けるきらいはあるが」と麟堂は首を傾げ、どこか不満そうである。
「いいんだよ。何がどこにあるって知れりゃ看板の用は足りる」
看板なんざ、哀れな弟への義理で拵えたんであって、本音としてはどうでもいい。父とて扁額がすげ変わったところで気付きもすまい。
寝惚け眼の雲助が筆と硯を手際よく片していくのが妙に懐かしく思えた。学舎で学んだ時間は短くはあったが、存外に愉快で温かな想い出として記憶されているらしい。
「ふむ、よい面構えになった。迷宮の悪辣さに心魂が馴染んだか」
「まぁな。ここで教わったことも、ちびっとなら役に立ってるぜ」
「憎まれ口は相変わらず。弟を修羅に引き込んだにしては気鬱の翳も見えぬ。人喰い人でなしの悪名は未だ健在だ」
ふん、好きに思えばいい。
俺の用事は回天楼という隊伍のことである。丁度、あの鳩親父より耳にした話のあらましをかいつまんで師匠に話したところであった。
「師匠、思い当たることはあるかよ?」
「回天楼。残念ながら、儂の耳には入っておらぬ。強力な伍であれば、評判は漏れ聞こえてもいいはずだが」
「なんでぇ、師匠でも知らねえのか。だったらお手上げだな」
当てが外れて俺は面白くない。こうなったら最後の願いを申し出てみるべきかもしれぬ。手合わせである。しかし、どう見てもそんな雰囲気ではない。
「迷宮はの。三日潜らねば、もはや別物よ。常に情勢は動いておる。それに他所から来た勢力であれば、儂らが失った十余年を越してきたと考えることもできる。未知の強者・手練れが沸いて出ても不思議ではないな」
江戸を中心に時が滞っていたとするならば、遠隔地には俺たちのまったく知り及ばぬ歴史を重ねてきたはず。どんな事件が起き、どんな変遷を潜り抜けてきたのか、急ぎ調査せねば幕府の根幹が揺らぎかねない。麟堂はこれから手に余る公務に追い立てられるはずであった。
「まったく猫の手も借りたいものだが」
――ガシャン。
襖の外で物が派手にぶちまけられる音がする。雲助がへまをやらかしたのであろう。何かと器用な猫目にしては粗忽な野郎である。麟堂は情けなそうに眉を下げた。
「猫にもいろいろ、だ」
「師匠が潜ってた頃から、例の五烈ってのはのさばってたのかい?」
「あやつらか」
表向き麟堂は探降稼業より足を洗ったと言われている。迷宮が迷宮と呼べぬほど浅い回廊であった数年前よりそこに馴染んでいた。誰ぞが虚空権現に願いを捧げるたびに迷宮は拡大し、より深く成長していったとして、いつ頃、どうして師匠が見切りをつけたかは定かではない。
「やつらのことなら多少は見知っておる。五烈とは言うなれば、人でありながら迷宮の一部となった者らのことよ。魂を迷宮に奪われてなお死なぬなら、その性はもはや魔に近しい」
血狼煙。
金九字講。
備中だらに党。
漆羅漢。
愛宕社中。
――いわゆる五烈と呼ばれる連中は、俺の目的にとって目の上のたんこぶであった。
さらに迷宮深く版図を拡げるのであれば、避けては通れぬ手合いである。
「だらに党とは、唯一友誼を結んでおった。彼らは自身を害する者以外には牙を剥くことがない無欲な修行者たちよ。迷宮を神聖な修練の場と捉え、厳しい鍛錬に励んでおる。しかして残りの連中ときたら、まさに餓狼の群れよ。地底奥深くを己が牙城とし、天を恐れず虎視眈々と擾乱《じょうらん》の機を窺っておる」
「お上に矢を向けるなんてことが?」
「ないと思うか? すでに隠宮奉行の約定も縛めもどこ吹く風。自由狼藉、放逸三昧でふてぶてしく振舞っておろう。やつらを抑えることは誰にもできぬ。それゆえに互いに拮抗したまま地の底で力を削ぎ合ってくれればと淡い期待を抱いてはおったものの、案に相違して、やつらめ、より力を付け、とめどなく増長していきおった。あろうことか、その影響は迷宮の底へだけでなく溢れ返すように地上へと滲出しつつある。引き込む力と噴き出す力。二つの力は迷宮の本質とはいえ、あまりに剣呑」
迷宮には未知の遺物のみならず異形の体験が蔵されている。その奥深くでたった三日の月日を生き延びるなら、別人となって生まれ変わるといっても過言ではない。五烈とはそんな迷宮の深部を我が庭のように逍遥《しょうよう》しているのである。
「現今の混乱した地上に奴らが食指を伸ばすなら、二百年の長きに渡った太平の世も瓦解しかねん」
「だろうよ。ありゃ半端じゃなかったからな」
麟堂の龍の如き眼がすぼまって、
「出遭うたのか」
「ああ、金九字講の脊川黙雷さ」
その名を聞くや否や、老人とは思えぬ、ぴりぴりとした気が張り詰めた。と、同時に周囲の気配を探るような密やかなためらいも見せた。声を潜めろと無言で合図する。
なんだ、なんだ、おっかねえじゃねえか。この屋敷に金九字の密偵がいるってわけでもあるまい。
「魍魎街でどんちゃん騒ぎさ。いい酒を振舞ってもらったが、頭ん中がこう取っ散らかっちまって味はとんとわからなかった」
「――何を耳にした?」小声で麟堂は問うた。
「なんだって祝い事があるとかって‥‥ああ、そうだ。滅多にねえ宝を掘り出したって浮かれ騒いでやがった」
「遅れを取ったか。忌まわしい連中だ」
無念の嘆息が漏れる。麟堂の、これほどまでに落胆を露わにした姿はついぞ見かけたこともなく、また煮えくり返る腸《はらわた》が透けてのぞけそうな激情も初めて接するものであった。猛烈な怒気は屋敷を吹き抜けて禅画の掛け軸と腰高障子を震わせた。
――ガシャンとまた誰ぞが床を鳴らす。今度の粗相は雲助でないといいが。
「知っての通り、迷宮の深部より発掘した財物は隠宮奉行に申し出ねばならぬ決まりだ」
知らなかった。俺は畳の目に視線を落とした。
「脊川とその一党はそれを怠ったのみならず、過失を追及する役人を呪殺したのだ」
「いかにもやりそうだ」
「我が物顔でやりたい放題。薄暗い地中で大名気取りなら可愛げがあるが、その傲慢を地上でも押し通そうと言うのなら――」
黙ってられねえわな、と俺は他人事のように思う。こちとら地上にゃ用はねえ。そっちはそっちで勝手にすればいい。どうせ江戸は地上も地下も滅茶苦茶なのである。
「ちなみにそんなに大層なお宝を掘り当てたのか?」
台所事情の苦しいうちの伍であるから地上の勢力図よりむしろこっちの方面について知るべきであろう。探降者が迷宮の片隅で拾ったガラクタが実のところ途方もない値のつく逸品であった――そのお宝を召し上げる対価として、お上は孫の代まで左団扇で暮らせる禄物を用立てる、そんな筋立てなら耳に胼胝《たこ》ができるほど聞いたことがある。
「お主には理解できぬであろうが、それは時代の風向きを変えるほどのものよ」
「ふうん」興味もねえや、と俺はそっぽを向く。「ともかく、やつらは衆生を益すべき宝をひとり占めにしてやがるってわけだ。けしからんね」
俺でもそうするけどな。なんで刻苦の末に掘り出した宝を迷宮のうすら寒い風を知らぬ役人なんぞに取り上げられなきゃならねえのだ。
「さては、お主」ぎろりと麟堂の眼玉が俺を追って向きを変えた。
「いや、なんでもない。俺なら快く差し出すぜ。俺のものはみんなのもの。みんなのものはもっとみんなのもの。金九字なんてケチな輩とは違う……ま、酒は恵んでもらったが」
――ガシャ、ガシャッガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
なんだ。もはや尋常の粗相ではない。隣の間で関取と虎が取っ組みあってでもいやがるのか、それとも猪が駆けっこでもしているのか。
ドンっ、
襖を蹴り破って飛び込んできたのはやはり雲助であった。ごろごろと畳を転げ回ったかと思うとしなやかな軽業で今度は宙を旋転する。
着地点は俺の顔面であった。のんびり構えている場合ではない。
「あぶねえっ」蛮刀の峰で雲助をはたき落とす。
背骨の弾性で衝撃を殺すと、いかにも猫らしいシャーという威嚇でさらに迫ってくるから俺は膝行のままそれを躱《かわ》す。
「なんでぇ、いきなりよぉ」
「樋口。殺す。殺す殺す殺す」
「なんでそうなる。話の筋道が見えねえ」
「金九字の話をしてやがったろ。酒を酌み交わしただと? 貴様は奴らの仲間か」
雲助、と麟堂が諫めようとするが、珍しくも猫目の学生には師の声が届いていない。猫目が我を忘れて殺傷の本能に身を任せれば、総毛立って鋭く爪がせり出すのだったが、それを目の当たりにしたことは今の今までついぞなかった。憎悪の焦点となった縦長の瞳がぎらぎらと煌めく。
「殺す」
「やめるのだ雲助」と麟堂は凄味を利かせて制止したが、それでも逆上した雲助は俺に挑みかかってくる。万の刀槍と銃口を前にしても決してひるみはしない、そんな気迫であった。畳に四つ足の爪を立て、背を丸め全身を発条《ばね》のようにたわめると、
――ザレ、マカザレ、ウッキ、モッキ、アレ、アレハテ‥‥
聞き覚えのない呪言が木霊《こだま》する。雲助の五体がまずは赤く、次いで白熱し、ぶすぶすと煙が立ち上る。
悪寒が足元から這い上がってくる。やばいぞ、こいつはやばい。
「いかん、赫巒《フールァン》だ。瞼を閉じろ。眼が焼かれるぞ」
言われるまでもなく、これほどの激しい光の中ではとても眼を空けてなどいられぬ。しかし、眼を閉じていてはこれから降り掛かってくる攻撃を避けられぬ。
「任せておけ。力の根源を堰き止める」
「奴は突然なにを気色ばんで向かってきやがった」
「雲助はの。金九字講に一族郎党を皆殺しにされたのだよ、いまではその名を耳にしただけで我を忘れてこの始末よ。ましてやお主が仲良く酒を飲んだと聞けばな」
先程より麟堂が声をひそめたわけはこれであったのか。
「早く言えよな」言い訳はすでに遅きに失していよう。耳のいい猫目には襖一枚や二枚は無きに等しいのであろう。寝惚け猫一匹と師匠も油断したな。
「お主は庭へ出ろ。ここは吹っ飛ぶかもしれぬ」
――藍婆《らんば》・毘藍婆《びらんば》・曲歯《こくし》・華歯《けし》・黒歯《こくし》・多髪《たはつ》・無厭足《むえんぞく》・持瓔珞《じょうらく》・皐諦《こうだい》・奪一切衆生精気《だついっさいしゅじょうせいけ》。
瞼を閉じても透過してくる猛烈な光量に網膜を炙られながら、俺は麟堂の喉から放たれるしわがれた音声を聞いた。
「来たれ十羅刹女。冷猛たる腕《かいな》、瀉血《しゃけつ》せよ、瀉血せよ、固陋《ころう》の灰汁《あく》、迷妄の汚濁、輪廻の蠱惑」
視界は閉ざされた。しかし濃密な気の塊が麟堂の呼び出したモノたちの恐ろしさを伝えてくれる。それらは悋気《りんき》持ちの狂女の如く叫び、せせら笑い、慟哭する。跳梁する十の鬼影。振り向くのが恐い。触らぬ神に祟りなしと俺は何枚もの襖を蹴り破って庭へ飛び出した。
風雅を介さぬ俺ですら、手の込んだ作庭だと知れた。苔むした石はいかにも蓬莱山を象ったものであろう。東に配された立派な黒松であれば四神たる青龍を想起させる趣向か、ぐねぐねと幹をよじっている。池に泳ぐは一抱えもある赤べっ甲、白べっ甲の立派な錦鯉と来たもんだ。
「景気がいいね。ま、庭なんざどうでもいいけどな」
屋敷の中では熱と光と風とが渦を巻いている。大玉花火を閉所に打ち込んだらこんな具合になろうか。雲助の野郎は捨て身の呪法を行使し、それを捌く側は、扱いの難しい高格の鬼女たちを召喚したという恰好であろう。麟堂のことだ、滅多なことで遅れと取るとは思えぬが、あれほど猛り狂った雲助を無傷で制するのは至難の業であろう。
「地上に出ても気が休まる暇がねえ」
身から出た錆なのであろうが、いまさらながらに因業な星の巡りにくらくらする。俺と世間とは互いを迷惑千万と肘突き合う間柄なのであろう。
などと我が身の憐れを嘆いていると、
どぶん。瓦屋根を突き抜けた雲助が放物線を描いて池に落ちる。
遅れて師匠は縁側より出てくるが、さすがに疲労困憊の色を隠し切れぬ。いっそ殺してしまうなら楽であったろうが、弟子を労わる配慮が足を引っ張るのであろう。
むくりと水を滴らせて雲助が起き上がる。池で頭を冷やしたというわけにはいかぬようだ。もはや正気を完全に失っている。
先程の白熱した烈光は帯びてはおらぬが、いまだ戦意満々である。寿命を縮めるほどの呪法を放ったのであろう。赫巒《フールァン》とはそういった猫目ならではの決死の絶技だとするなら、こちらもいつ倒れ伏しても不思議ない。
「師匠もういいよ。こいつは俺が狙いだ。だったら俺がやる」
「油断するなよ」と麟堂は呟いた。「――殺しても殺されても承知せんぞ」
「ややこしいこと言うなよ、少なくとも手加減はできねえな」
雲助の足元で池の水が渦を巻いた。
――グチィ、コロス。
「ちっ、仕方ねえ、ここで試すか。師匠から一本取るためのとっておきだったのによ」
雲助は持てる最大の呪力を練り上げた。
池の渦は回転の速度を増して、ついには浮き上がった。水と風の象意の合わせ技である水風井《すいふうせい》の呪法を独自に転化したものであろう。回転する水の鋸は雲助に頭上に静止――猛烈な回転によってそれはかえって不動と映る――した。渦より飛び散る水の一滴一滴はまるで針のように俺の着物と肌を穿った。
「上等だ。そうでなきゃいけねえ、我を忘れて暴れる。せせっこましい迷宮と口うるせえ仲間のせいで、随分とそんなふうにできずにいたよ」
両刀を抜いて、誰に教わったわけでもない呪を唱える。相応しい文言は書の中ではなく、己の内から詠いかけてくる。
――応変罰苦《おうへんばっく》、
雲助の水輪がふわりと滑れば庭の黒松がすっぱりと断ち落とされた。あの庭石まで刻むようなら相当な威力であろう。逃げた方がいいかもしれぬ。
――呶々累々《どどるいるい》、
天が雷気を孕んだ。札差《ふださし》が米を銭に換えるように俺は呪力を根こそぎ電雷の力へと変換する。雷雲が立ち込め、大気がパチパチと音を立てた。
ゴトリ。水輪に触れ、蓬莱山も両断された。惚れ惚れするような滑らかな断面に呆気に取られる。
「冗談だろ」
思わず口にした。よし、逃げよう。駄目だ。足が動かない。背中を向ければ、あの水輪の優しいひと触れで俺の首と胴体とは離れ離れとなるに違いない。迷宮ならぬ地上では死んだら二度と蘇ることはできない。
とうに決めたと思っていた覚悟を再び決め直す。
二人の間合いには通常のものではない闘気が張り詰めた。あの水輪が俺の首を落とすか。
それとも。
――朱雷吼《しゅらいく》。
この夜、江戸の空を見上げた善男善女たちは、宵闇を引き裂く龍の爪痕を眼にしたであろう。それは立ち込めた雷雲から放たれた五条の朱《あか》き稲妻であった。蝕の当夜である。何が起きようと一向に不思議ではなかった。
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