偽夫婦お家騒動始末記

紫紺

文字の大きさ
48 / 64
第7章

その2

しおりを挟む


 じりじりとした時が流れる。夜空には半分の月と光の粒を散りばめたような星空が広がっている。江戸も故郷の常陸も夜空の美しさは変わらない。そろそろ日付が変わるころだと、ひと際高い位置にある黒い瓦屋根を眺める。

 ――――ん? なんだ……。

 今泉の別邸の樹々が揺れている。風かと思ったが、こちらは無風だ。あそこだけ吹いているわけはない。そのうちシンとしていた空気がざわめいてきた。

 ――――なにかあったかっ!?

 隼が潜んでいた家の影から飛び出すと同時に、弾けるような音とともに夜空に花が咲いた。花火だ。

「紫音っ!」

 迷いはない。隼は堂々と分厚い表門をたたく。

「あけろっ! 誰かいないかっ!」

 門番がいるはずなのに、応答がない。屋敷のなかのざわめきが一層大きくなっていた。

「何してる。隼、こっちだ」

 大門の端にある通用門がさっと開いた。正門が閉まっている以上、大抵はこの端にある小さな通用門から出入りする。ようやく門番が開けたかと勇んでいくと。

「か、要。おまえ一体……」
「私は曲がりなりにも前田藩藩士だ。とにかく急げ!」

 通用門から顔を出したのは、なんと一条要だった。ちゃっかり中に入り込んで、隼を迎え入れた。

「とにかく急ごう、中庭の辺りは既に騒然としてる」

 要は遠目で見張るのに飽き、早々に屋敷の中に入っていた。裏門の門番に酒瓶とつまみを渡すと、簡単に入れてくれた。要も前田藩の連中には有名人だったから成しえたことだが。

「あっちだ、あっちに行ったぞっ!」
「どこだよ。いやしねえ」
「馬鹿、そっちじゃない!」

 あっちこっちで怒声が放たれる。どさどさと大勢が床を踏み鳴らす音、中庭の砂をかき混ぜる音など、とにかくたくさんの人間が右往左往している様が見て取れた。

「要、こっちだ!」

 奥へと進み築山のある庭に出る。鯉が泳ぐ池や松などの形のよい庭木、石が置かれた見事な庭だ。賊が入ったことで急遽焚かれたかがり火がそれらを浮かび上がらせていた。
 身に危険が生じたら花火を上げる。紫音はそう言っていた。何かをつかんだわけではないから大目付はやってこないはずだ。

 ――――はやく、早くしないと。

 しかし、花火を上げたであろう築山に紫音の姿はない。庭に土がこんもりと盛られた箇所を『築山』と呼ぶ。庭で月を眺めるように作られた盛土のことだ。そのあたりに踏み入れた隼は足元が緩いのに気が付いた。

 ――――この山……なんだか妙だな。

「隼、どうする」

 足元を注視していた隼に要が急いた声をかける。騒ぎに乗じて入り込んだが、さすがに自分たちの姿も見とがめられそうだ。

「屋敷だ。証拠を見つけよう。連中の弱みを握るんだ。そうすれば大目付が動く!」

 本来なら自分たちで裁きたい。だが、浪人になった自分にはそんな力はない。大目付の、紫音の元愛人『政永様』の力を借りるのは癪に障るが背に腹は代えられない。

「よし、行こう!」

 二人は庭を駆け抜け、広縁から屋敷へと飛び込んだ。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【受賞作】小売り酒屋鬼八 人情お品書き帖

筑前助広
歴史・時代
幸せとちょっぴりの切なさを感じるお品書き帖です―― 野州夜須藩の城下・蔵前町に、昼は小売り酒屋、夜は居酒屋を営む鬼八という店がある。父娘二人で切り盛りするその店に、六蔵という料理人が現れ――。 アルファポリス歴史時代小説大賞特別賞「狼の裔」、同最終候補「天暗の星」ともリンクする、「夜須藩もの」人情ストーリー。

【完結】『江戸めぐり ご馳走道中 ~お香と文吉の東海道味巡り~』

月影 朔
歴史・時代
読めばお腹が減る!食と人情の東海道味巡り、開幕! 自由を求め家を飛び出した、食い道楽で腕っぷし自慢の元武家娘・お香。 料理の知識は確かだが、とある事件で自信を失った気弱な元料理人・文吉。 正反対の二人が偶然出会い、共に旅を始めたのは、天下の街道・東海道! 行く先々の宿場町で二人が出会うのは、その土地ならではの絶品ご当地料理や豊かな食材、そして様々な悩みを抱えた人々。 料理を巡る親子喧嘩、失われた秘伝の味、食材に隠された秘密、旅人たちの些細な揉め事まで―― お香の持ち前の豪快な行動力と、文吉の豊富な食の知識、そして二人の「料理」の力が、人々の閉ざされた心を開き、事件を解決へと導いていきます。時にはお香の隠された剣の腕が炸裂することも…!? 読めば目の前に湯気立つ料理が見えるよう! 香りまで伝わるような鮮やかな料理描写、笑いと涙あふれる人情ドラマ、そして個性豊かなお香と文吉のやり取りに、ページをめくる手が止まらない! 旅の目的は美味しいものを食べること? それとも過去を乗り越えること? 二人の絆はどのように深まっていくのか。そして、それぞれが抱える過去の謎も、旅と共に少しずつ明らかになっていきます。 笑って泣けて、お腹が空く――新たな食時代劇ロードムービー、ここに開幕! さあ、お香と文吉と一緒に、舌と腹で東海道五十三次を旅しましょう!

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

三十六日間の忘れ物

香澄 翔
ライト文芸
三月六日。その日、僕は事故にあった――らしい。 そして三十六日間の記憶をなくしてしまった。 なくしてしまった記憶に、でも日常の記憶なんて少しくらい失っても何もないと思っていた。 記憶を失ったまま幼なじみの美優に告白され、僕は彼女に「はい」と答えた。 楽しい恋人関係が始まったそのとき。 僕は失った記憶の中で出会った少女のことを思いだす―― そして僕はその子に恋をしていたと…… 友希が出会った少女は今どこにいるのか。どうして友希は事故にあったのか。そもそも起きた事故とは何だったのか。 この作品は少しだけ不思議な一人の少年の切ない恋の物語です。 イラストはいもねこ様よりいただきました。ありがとうございます! 第5回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。 応援してくださった皆様、そして選考してくださった編集部の方々、本当にありがとうございました。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...