居候同心

紫紺

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弐の三

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その足で、壮真は名人を有する将棋家、大橋本家を訪ねた。ここもまた、旗本ほどの力を持つ家だ。屋敷は将棋道場を併設した由緒ある佇まいだった。

「私も心配しているのです。なんとしても、善太郎殿と一局お願いしたい」

 都合よく在宅していた当主本人、宗亰に会うことが出来た。貫禄を漂わせる見た目からは実際の年齢より年かさを印象付けるが、まだ三十を超えたところのはず。
 将棋指しは若死にが多く、宗亰が早逝した父親の跡を継いだのは二十歳にも満たなかった。御三家の頂点に長く座ることが彼を老成させたのか。

「一度くらいは指したことあるんでしょうか」

 宗亰は武士ではないので髪を結っていない。前髪を後ろに流す総髪を肩口まで垂らしてどこかの役者のようだ。上等な羽織袴姿は、将棋が隆盛を誇っている証だろう。

「いえ。息子の英だけです。あれはまだ、修行の身なので」

 素人の大会に、本家の有段者は出場できないきまりだと、宗亰は付け足した。

「本来は養子に迎え、跡を継がせたいのですが……」
「跡継ぎは息子さんなのでは」

 本当に悔し気に言うので、壮真は慌ててそう被せる。当時の名人位は実力制ではなく世襲制。家元制度なので、優秀な弟子を養子にして跡を継がせることは可能だ。
 ただ、それは男児に恵まれなかったり、育たなかったりした時の緊急処置のはず。宗亰には将棋に精進する息子がいるのだ。

「何を仰ってるのか。大橋家本家を継ぐは、すなわち名人を継ぐ者。将棋界一の棋力がなければいけません。もし私が負けたら、命に代えても善太郎殿に本家を継承してもらうつもりです」

 ――――命ときたか……真摯というか、これは重い。これでは親も怯む。善太郎はこのことを知っているのか。親元を離れて、将棋の道を行くと決めているのだろうか。



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