居候同心

紫紺

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終章 二

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「僕には教えてくれないの?」

 ひと月ほど前のことを思い出していたら、翔一郎が責めるような口ぶりで見下ろしている。おっと、こっちもないがしろにしてはいけねえ。

「あ? 教えただろ。昔馴染みだって……形見だって……」

 伝説の天才少年は、壮真の幼馴染だった。武家の子が集まる寺子屋で、そいつは書を読むこともせず、ただ将棋を指していた。

『僕は天下一の名人になる。大橋なんか、すぐに負かしてやるんだ』

 痩せっぽちの小柄だったが、きらきらと光る双眸からは、才知が溢れ出ていた。

『おまえなら出来るな。俺も応援してやるよ』
『本当かい? 壮真に応援されたら頑張れるよ』

 その時の笑顔は屈託なく、年相応の少年のものだった。

 手始めは界隈の童同士の将棋大会、勝ち続けていけば、どんどんとその道は開けていく。そのうち名の知れた大人たちが並ぶ大会でも彼は勝利を挙げた。だが……。

 その道は突然閉ざされることになる。体が熱を帯びるようになり、食事が摂れなくなる。やがて重い病に侵されていると知った。
 何時間座るだけでも辛いのに、それでも将棋を指せないよりはと命を削って盤に向かっていく。命を賭して繰り出される一手はまさに神の一手と呼べるものだった。

『これを、壮真さんにと』

 大きな手合いの最中、少年は昏倒し、そのまま息絶えた。まだ十二になったばかりだった。

 少年の母親が歩駒の根付を手に訪ねてきてくれたのは、葬儀の三日後だ。壮真はそれを握りしめ、声も上げずに泣いた。歯を食いしばり庭の池端に佇むと、秋の終わりを告げる深紅の椛が、はらりと一枚落ちていった。



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