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第4章 糸の切れた凧
(8)
しおりを挟む駅で彼を下ろし、後部座席を見る。車を走らせながら、戸ノ倉は考えを超高速で回した。
策は三つあった。一つ目は病院に直行し、警察に行く。自分が運転したと言えば、大きな過失はない。だが、それはすぐに却下された。この頃では町中に防犯カメラがある。あの酔っ払いが運転していたのがばれる可能性は高い。 無免許、飲酒であいつの俳優生命は完全アウトだ。
二つ目は人気のないところに置き去りにする。だが、時間はない。青年はいつ目覚めるかわからないからだ。気絶してるのは、転んだ拍子に頭を打ったからだろう。息はあるので、今すぐ気が付いてもおかしくはないのだ。
だがその一方で、打ち所が悪く、病院に連れて行かなければこのまま死んでしまう可能性もある。しかし、戸ノ倉はその可能性を無視した。
置き去りにする場所について、戸ノ倉には思い当たる場所があった。このまま北東に進路を取れば、小さなキャンプ場のある山に出る。一度だけ友人と遊んだことがあった。さらにそこを越えれば深い山林だ。既にもうあたりは暗くなってきているし、置き去りに出来るだろう。
――――どうか、目を覚まさないでくれ。
もし、途中で目を覚ましたら。それは第3の策だ。だが戸ノ倉はそれを言葉にすることはしなかった。
「ですが、キャンプ場に行く途中で、彼が目を覚ましそうになって……」
後部座席で男がうめき声を上げるのに心底ビビった戸ノ倉は、林の中へとハンドルを切った。人のいないのを確かめるのもそこそこに彼を担いで暗闇の中分け入る。
第3の策など、彼には所詮無理な話。『起きないでくれ』と念仏を唱えるように繰り返しながら頃合いのところまで運んだ。
「スマホやポケットに入ってたレシートみたいなのも全部取って、そこに置き去りにしたんです」
スマホやカバン等々を奪ったのは、強盗に見せかけるためだ。車にぶつかったのは一瞬だった。ナンバーはもちろん、車種も覚えていないはず。当て逃げ強盗にやられたと思ってくれれば。それにこのまま息を引き取ったとしても、身元が分からない方がいい。
「それでも後から考えると、自分の策は穴だらけなんじゃないかと思い始めて……新聞やニュースを毎日食い入るように見てました。けど、あの付近で死体が見つかった話はもちろん、警察から車を調べに来られることもなく、正直どうなったのか不思議に思っていたんです。これは言い訳になりますが、車の傷はバンパーだけで、縁石にぶつかったものだとわかりました。つまり、こちらは彼を直接轢いたわけではなくて」
だが、久しぶりに訪れたカフェ『時游館』で零を見て、驚愕した。戸ノ倉はあの日、事件後初めて彼を捨てた場所の辺りまで車を走らせた。死体でもあったら大変だとでも思ったのか。
けど、結局その痕跡は見当たらなかった。ひとまずは安心して、美味しい珈琲でも飲もうかと、『時游館』を思い出し立ち寄ったのだが。
「どうして、ここにいたのか。わからなかったんです。まだ夏休みでもないし、大学は退学したのかとか。彼の実家が偶然この辺だったのかとも思ったりして」
「それでじろじろ見てたのを俺にとがめられ、あんな嘘っぱちを」
戸ノ倉はうなだれた。
「はい……本当にすみません」
「で、今日はまたなんでここに来たんだ。面はばれてないと言っても、近づきたくないだろう」
「それが、このカフェは私の友人がたまに通ってたんです。元々、初めて寄せてもらったのも、そいつに連れられてで。それでそいつに、それとなく彼のことを尋ねたら、『そういえば、いなくなってた』と言われたんです」
何か不穏な気がした。ただのバイトなら辞めてもおかしくはないけれど。それでも戸ノ倉は危険を冒してまたこの店にやってきた。彼らの人生を狂わす可能性のある男だ。所在を知っておきたい。そう考えた。
「本当言うと、彼をスカウトしたい気持ちも嘘じゃなかったんです。綺麗な顔してたし、素直そうだったし、なにより……」
「自分のそばに置いておけば、ひき逃げのことを有耶無耶に出来る。そう思ったんだろう」
「ご、ごめんなさいっ」
戸ノ倉は突然、ばね仕掛けのおもちゃのように椅子から飛び跳ねたと思うと、床に伏して土下座した。彼らの業界では一番の謝罪の方法かもしれないが、航留と越崎は同様に鼻白んだ。
零を越崎のクリニックに連れて行ったとき、彼が頭以外に大きく打撲したところはなかった。多分、車に当たる直前か、かすったかした時、体を不自然に避け、その拍子で転倒して頭を打ったのだ。
戸ノ倉たちの『何かに当たった感じ』は、縁石にバンパーが当たった衝撃だ。だが、それでも人身事故、救護義務違反には変わりない。
「どうする? 航留。今から警察に突き出すか」
越崎の言葉に、戸ノ倉は過呼吸のようにひいひいと息を漏らす。必死の形相で航留を見上げている。
「まず……零に、佐納君に会う。話をして、彼に決めてもらうよ。俺たちがすることじゃない。もちろん、自首するなら止めないけどね。ねえ、戸ノ倉さん」
口角を上げ、けれど冷たい視線で航留は戸ノ倉を見下ろした。皺になってしまったスーツと同様、マネージャーはヨレヨレとうなだれた。
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