【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺

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第6章 アンダーパス

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 アパートのロビーでエレベーターに乗り込む。ふうっと一つ大きな息を吐いて、渉は自分の階のボタンを押した。
 もう日付が変わろうとする時間だ。エレベーターから降り、自分の部屋の扉を静かに開けた。成行が寝ていたら起こさないようにとの配慮だ。

「あ、おかえり」
「あれ、まだ起きてたのか」

 リビングから声がした。渉は急いで靴を脱ぎ、部屋へと入っていった。

「なんとなく。別に待ってたわけじゃないからな」
「ええ? まあ待っててもらわらなくてもいいけど」

 ふふっと鼻で笑う。リビングのソファーに座る成行の隣にどさりと体ごと沈めた。
 デート帰りにしては普通の様相だ。普通と言っても黒のTシャツも重ねた柄入りシャツも海外ブランドものではあるが。スキニージーンズが渉のスタイルの良さを十分に表していた。

「あー、疲れた」
「デートどうだった? 僕のいない間にいい人が見つかったみたいだね」
「おや? まさかのヤキモチか? 仕方ないだろう? 俺も寂しかったんだよお」

 なんてふざけた仕草で成行に抱きつく仕草をする。けたけたと笑いながら、成行は渉を退けた。

「いや、でも悪いことじゃないよ。とっかえひっかえばかりしてたんだから」
「誤解するなよ」
「え?」
「それは今も1ミリだって変わってないよ。いい人なんて見つかってない」

 さっきまでのふざけた様子を完全に封じ、ムッとした表情で吐き捨てた。

「そう、なんだ。それならごめん」
「謝ることじゃないさ。どうせ俺は、自分で嫁なんて決められない。親が適当に見繕うだろう」

 渉は名の知れた企業の御曹司だ。けれど、ドラマや小説のように許嫁がいるわけでもないし、政略結婚させられるわけでもない。だが親のチェックは厳しいのだろう。
 渉はそんなことで煩わしいのはごめんだと言っていた。親が決めてくれた方が後々もめなくていい。そんな考えの持ち主だった。少なくとも成行は、渉の日ごろの言動からそんなふうに思っていた。

「まあ、夢中になれる人がいないなら、それもいいかもだよ」
「そうさ」

 以前なら、渉のことを好きだった自分は、そんな会話に安堵していいのか寂しく思っていいのかわからなくて、暗い気持ちになったものだ。けど今は、渉の態度が無理しているようで切なくなった。この言動は、彼の本心なのだろうかと。

「ところで、どうだったんだ? 実況見分だっけ、あったんだろ。なにか思い出した?」

 もうその話は腹いっぱいとでも言うように、渉はさっと話題を変えた。元々、今日帰ってきたら聞くつもりだったことだ。

「ああ。ううん、なにも。刑事さんたち、それなりに期待してたみたいだからちょっと申し訳なかったよ」
「へえ、そうなんだ。でもそんなん気にするなよ。警察が能無し過ぎなんだよ。おまえの目撃情報なくても、犯人ちゃんと捕まえろって言うの。四人も殺されてさ」

 背もたれにふんぞり返ると右手をぱたぱたと振った。

「なんかさ。犯人らしき人物の画像見せられて。見覚えがないかって聞かれたんだ。そんなの初めて見せられた」
「ふうん。それはニュースでは流れてないやつだな」
「多分ね。現場近くの防犯カメラに映ってたみたいだけど、犯人と特定されたわけでないから流せないんじゃないかな」
「それも覚えがなかった?」
「ないよ。だいたい顔も映ってないし。パーカーのフード被ってて俯いてんだよ? 無理言うなっての」

 成行は肩のあたりに両手をかざし、首を竦める。見せられた映像はモノクロで画像も良くなかった。覚えがなくても心当たりはないかと刑事たちに聞かれたが、それもなかったと続けた。

「彼らも必死なんだろ。その画像、関係者には見せてるんだろうなあ」
「そうじゃないかな。でも、個人を特定するの、あれじゃあ無理だ」

 ふうん。と一つ鼻を鳴らす。渉はスポーツ仕様の腕時計をちらりと見た。歩数、距離はもちろん、心拍数とかも管理するヤツだ。



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