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第6章 アンダーパス
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しおりを挟む「なあ、成行、これから車で出かけないか?」
「ええ? 今から? 渉帰ってきたばっかじゃん」
渉の車はHVの国産車だがスポーツタイプのこじゃれた特別仕様だ。有名私立大学だから学生の半分は富裕層。車を持ってる学生も少なくない。
平均的家庭の成行は奨学金で大学に行ってる身分なので当然車などない。だいたい、この地域で車なんて必要ないのだが。
「いいんだよ。たまには成行とデートしたいじゃん。せっかく戻って来たのに、あんまり話してないし」
「そうかあ? でもいいね。夜のドライブに行くか」
「ああ。ちょっと支度してくるよ」
渉は自室へと向かった。成行も同じタイミングで部屋へ戻る。朝から同じ格好をしていたからでもないが、成行は羽織っていたシャツを薄手のジャケットに着替えた。黄なりの七分袖、ポケットにスマホを入れた。
「成行、行くぞー」
玄関から渉が叫んでいるのが聞こえる。成行は急いで部屋を出た。
初夏とはいえ、深夜の外気はひんやりと肌をこする。ジャケットは正解だったかなと成行は思う。渉は黒デニムに迷彩柄のパーカーに着替えていた。
渉の好きな洋楽が、小気味よいリズムを刻みながら車内を流れる。助手席の成行も聞きなれた曲でつい鼻歌を歌った。
「なんだ、ご機嫌だな。いいことあったのか?」
「え? まさか。いつも通りだよ。大学もバイトも。でも、いつもどおりが一番だ」
「おいおい、年寄りかよ」
「ははっ。本当だ」
コンビニで缶コーヒーを買い、また車を走らせる。行き先はまだ決めていないが、渉の車は八王子方面に向かっているようだ。
「そう言えば渉、さっき連続殺人のこと、四人って言ったけど……三人じゃなかったっけ」
成行は自分が記憶を失っている間に事件は起きていないと聞いている。刑事の話からも三人が正しいはずだ。
「え? そうだっけ。まあ何人でもいいよ。興味ないし。それよりおまえ、この1年間のこと、思い出せないでいいのか?」
事も無げにそう答えたのとは裏腹に、渉は成行には深刻な表情を見せて尋ねた。その問いに、ほんの数秒間を開けてから、成行が口を開く。
「いいんだよ、もう。僕は1年間意識不明だったって思うことにしてる。実際そんな感じだし。1年遅れちゃったけど、大学には戻れたし、バイトも再開できた。留年したと思えば大したことないよ」
ふんっと渉が鼻で笑った。
「そんなもんかなあ。そんなに簡単に諦めつくもんか?」
「渉にはわからないよ。記憶喪失なんてさ、どこかで諦めないと。ところでどこ行くの? こっち方面なら以前行った展望台がいいな」
「ああ、そうだな。俺もそこに行くつもりだったみたいだ。ほら、ナビも入ってるし」
ダッシュボードの真ん中に位置したナビを指す。確かに車はそこに向かっていた。数分、二人の会話は途切れ、高性能のスピーカーから流れる高音の女性ボーカリストの声だけが心地よく響く。
成行は眼前に瞬く赤いテールランプを追いながらポケットのスマホを手で確かめた。
「なあ成行、ところでどうして嘘つくんだ? おまえ、諦めたんじゃないよな。思い出したんだろ? なにもかも」
突然放たれたそのセリフは、いつもより半音くらい高い声だった。それは、ずっと用意していた言葉を、ようやく放つ決心がついたかのようだった。
「なに、何を言ってるんだよ」
いつの間にか、ハンドルを持つ渉の左腕の袖が、肘辺りまで捲れあがっていた。そこには腕時計がはめられている。さっきまで付けていたスポーツ系のものではない。
「渉。その時計」
「ああ、これな。なくしたなんて嘘だよ。俺がおまえからもらった大切な時計、なくすわけないだろ? これは、大事な時だけに着けることにしたんだ」
「大事な、時」
「そうだ。嘘つきに罰を与えるときとかにな」
渉は口角を上げ成行をちらりと見た。笑っているのに凍るような冷たい瞳だ。くっと息を飲む成行を気にもせず、渉はシフトレバーに手を置いて、グッとアクセルを踏み込んだ。
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