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第33話 『砂漠の月』
しおりを挟むシャワーを浴びながら、僕は文字通り悶々としてしまった。
『絆ほど脆いものはない』
耳元で囁かれた言葉は、吐かれた息とともにまだ耳に残像として貼りついてる。
それを狙ってのことだってわかってる。普通に会話した言葉より、印象深くなるのを神崎さんは計算したんだ。
『いつでも来ていいですからね』
つまり、あくまで僕からのアクションというわけだ。もし九条さんという彼がいなければ、神崎さんはあのままグイグイ来たのかな。
けど、彼氏持ちと分かったから、自分は待ちに計画変更なのか。力づくで奪うことはしないんだな。さっきだって、九条さんなら遠慮なく僕を手に入れた。
――――そういうとこ、神崎さんは狡い。
散々僕に興味津々なのを見せつけて、いざとなったらサッと身を翻す。思わず翻した身を追ってしまうのが人間の生理現象だろう。え? 違うの?
――――少なくとも僕は、罠に引っ掛かりそうで怖いよ。
神崎さんが僕の性格を知ってて、こんな態度に出たかは知らないけど、心の中がモヤモヤしてる。それもみんな洗い流したくて、僕はいつも以上にゴシゴシ体を洗った。
結局のところ、九条さんとの絆が強ければ何の問題もないんだ。たったのひと月じゃないか。すぐ過ぎるよ。今はビデオ電話もあるし、平気だ。
それに僕は今、仕事が忙しいんだ。集中して執筆すれば、こんなモヤモヤ忘れられる。
仕事部屋のPC前に座ったら、随分と気持ちが落ち着いた。さっき一瞬過ったアイディアを採用してみよう。ナギが感情に任せて叫んだりするシーン。
沈着冷静と思われてた彼が、実は激情家の一面も持っていた。もちろんそれは、アライジャに関わることで判明する。
――――うん、いいな。これ。絶対みんな好きだよっ。
僕はまた、軽快にキーを叩き始めた。
「絶好調ですね。アライジャもナギも、主要キャラがキャラ立ちしてて実にいい。編集会議でも概ね良好な印象でした」
翌日、いつものデパ地下のお弁当を持って小泉さんが来てくれた。現在進行形の原稿を確認し、気になるところを指摘してもらった。
自分では気が付かない言い回しの間違いや読者にわかりづらい比喩なんかは、指摘してもらうと助かる。そういう点でも小泉さんは凄腕だ。
「本当ですかっ。うわあ、嬉しいなあ」
編集会議では、僕の新刊は『今月のイチオシ』になりそうな感触だという。編集長が決めるので、まだ決定ではないようだが。
「それで、そのためには来月頭に脱稿して欲しいんですが……」
「えっ!? 来月頭ですか……」
おそらく、推す有力な作品がない月に出したいんだな。確かに大物作家さんと被ったら『イチオシ』なんかになれっこない。
元々の締め切りは来月末だったから、約ひと月短縮だ。普通ならとっても無理な話。けど今回のは、自分史上最速に書けている。なんとかなりそうだ。
「わかりました。多分いけると思います。小泉さん、これは続編有りを匂わせていいんですよね?」
そうであれば、もっと書きやすい。伏線を残せるからだ。
「もちろんです。『砂漠の月』シリーズ第1巻として出すと約束します。小泉の名にかけて」
砂漠の月……それは僕がアライジャのために考えたタイトルだ。これが、どれくらい続くかわからない大いなる旅の第一歩になる。
小泉さんの真摯な双眸と不敵な口元。僕の胸は熱くなった。恋心以外でこんなに熱くなったのは、間違いなくこの時が初めてだった。
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