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第66話 サイン会
しおりを挟む12月20日、僕は朝9時に、指定された書店に出かけた。そこで10時半からサイン会があるんだ。本当は9時半に来てと言われてたのだが、気が急いて来てしまった。
場所は前回下見に行ったところ。正直に言うと、昨晩は眠れなかった(なので仕方なくずっとキーボードを叩いていた)。
――――もし、誰も来なかったらどうしよう。書店にはステージみたく場所を作ってもらってるのに、ポツンと一人で座ることになったら……。
想像するに恐ろしい絵面だ。今の僕はお世辞にも日頃の行いが良いとは言えない。いや、はっきり悪い。だから天も味方しないのではと思っていた。
大雪、大事件、事故。そんな突拍子もないことも色々頭が過ったが、天にまで僕の悪行が届いていなかったのか、平穏無事な朝を迎えられた。
しかし、だからこそ人が来なかったらダメージは大きい。小泉さんは心配無用と言ってくれてたが……。
――――あれ? なんか書店の前に人が……まさか、違うよね? 偶然、待ち合わせの場所になってるだけだよね?
書店の前に人だかりができている。有名老舗書店だし、品ぞろえは専門書から漫画まで幅広い。
でも開店の10時まで、まだ1時間近くある。風がないのが幸いだが、冬の朝だ。地面から冷気が容赦なく伝わってくる。
「鮎川先生、早いですね。あ、こんなところにいたら見つかってしまいます。通用口から入りましょう」
人だかりをぼんやり見ていたら、よく知った声が降って来た。小泉さんだ。彼女は僕より早く来るつもりだったのだろうが、僕の方が早くなってしまった。
「あ、はい」
見つかってしまう。じゃあ、やっぱり?
「あれ、お客さんですか?」
「そうに決まってるじゃないですか。サイン会は先着100名様ですから。整理券をもらうために並ばれてるんですよ。新刊も早く手に入れたいだろうし……」
「そんなわけないですよ。僕のサイン会ですよ?」
小泉さんの言葉を遮ってまで抗議した。小泉さんは通用口のドアを開けながら、呆れた顔で僕を見た。
「初めてだから、そう思われるのも無理はないですが……初めてだからこそ、ファンの方が集まってくれたんですよ。こちらがなんのリサーチもせずにサイン会を行うと思ってました? 先生、いい加減SNSやってくださいよ」
ギクッ。痛いところを……。新人の作家さんの多くは(最近は大御所作家さんも)、SNSのアカウントを持ち、本の宣伝はもちろん日常を呟いている。ファンは即効フォロー。
こういうサイン会のアナウンスなんかには、それで大体の盛況ぶりが予想できる。
「すみません」
僕はそういうの苦手で。アカウントは持ってるけどロムるだけだ。
しかし、じゃあポツンと一人で椅子に座ってる恐怖はないのか。なんだか急に僕はホッとしてしまった。
友達に声をかけるのも考えたが躊躇した手前、そんな惨事になって後悔したくなかった。
冷たい外気から暖かい書店に入る。寒い中で待っていてくれる読者の皆様に、僕は心から感謝した。早く開店時間になって欲しいよ。
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