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第84話 おまじないと呪文
しおりを挟むファンから恋愛感情に。僕をトレーニング指導する間に、舞原さんは好きになったというけれど(書店の話は聞かなかったことにする)。
その頃の僕は九条さんに首ったけだったし、裏切られた途端、神崎さんにも走った。
「仕方ないですよ。九条さんも神崎さんも、男から見たってあまりに完璧でクールだ。あなたが惚れても無理はないって思いました。鮎川さんは、僕を年下のバイトとしか見てなかったし」
ギク。仰る通りだ。舞原さんのこと、僕は嫌いじゃなかった。むしろ頼りになるし話しやすくて好感はもってた。けど、それだけだ。恋愛感情じゃない。
「でも、絶対チャンスは来るって思ってました。彼らの不誠実さは僕も知るところでしたからね。必ず、僕を見てくれる時が来るって信じてました」
もう一度、舞原さんは僕の目を捉える。今度は真っすぐに熱い視線。思わず目を逸らしてしまった。
「どうして、言ってくれなかったん。九条さんたちの素行の悪さ」
「言ったら止まりました?」
「いや……。絶対ない」
自分の愚かさを美化するわけじゃないけど、そういうとこ、多分僕はわかってたと思う。
本能的にかぎ分けるんだ。そんでもって、それも含めて惹かれてしまう。性分なんだね。
もし舞原さんに真実を言われても、僕は『それがなに?』って突っぱねたと思う。恋は盲目というか、自分勝手なんだよ。
「さ、質問が以上なら、そろそろトレーニング開始しましょう。もう平気でしょ?」
「あ、ああ。うん」
え? もう? もう少し話したいような……。僕は指をちらりと見る。物足りない想いを知ってか、舞原さんがふいにその怪我してる手を取った。
「そうだ。おまじない」
「え?」
チュッと音をならして、怪我した指にキスをした。
「な、何をするのっ!?」
いきなりの行為に僕は面食らい、椅子ごと後退ってしまった。またまた心臓爆発中だ。
「ふふ、可愛いんだよね。そういうとこ」
「お、大人を揶揄うなよ……」
それには答えず、舞原さんが立ちあがる。僕もつられて席を立った。
「鮎川さん」
「な、なに?」
いまだに動揺してるのを悟られないよう、平静を装った(つもり)。
「僕はあなたが振り向いてくれるまで、献身的にトレーニング指導しますから、ご安心を」
「献身的? 嘘だろそれは。ドS指導の間違いじゃないの?」
僕のことを何度も『あなた』と呼ぶ。その響きが面映ゆくて、照れ隠しの冗談を言った。
「はは。それはそうですね。あ、僕、あっちのほうもドSかも。お好きでしょ? そっちも」
お、おい……。何を言い出すんだよ、こいつは。これ以上僕を動揺させるつもりか?
「ふふふ。楽しみだなあ。早くあなたが僕に翻弄される姿を見たい」
「ば、馬鹿か。そんな日は来ないよ」
狼狽えてるのを誤魔化すように、語気を強めて否定する。キスされた指が熱い。
「来ますよ。だって、もう癖になってる。だからやめられないんだよ、あなたは」
半歩前に立ち、肩越しに振り返って舞原さんが反論した。その表情が意志強く訴えかけてくる。
「もう、逃がしませんから」
独り言のように呟いた文言が、僕の心に鎖をかける。まるで呪文のように。指と同様、心の内側が熱くなる。
その熱を感じながら、でもなにも答えることなく、僕は彼の後を追った。
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