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第83話 ファンタジーと現実
しおりを挟む『鮎川零』が自分の容姿を世間に晒したのは2度ある。と言っても、それは印刷され世間様に配布されてるものだし、ネットで探せばいつでも取り出せる代物である。
けど、僕はその2度以外は写真に撮られることをヨシとしなかった。サイン会でも撮影はNGを貫かせてもらったし、新刊の著者近影はイラストだ。知っての通り、SNSもやってない。
ひとつめは新人賞受賞式での撮影。これはネットニュースと構文社のHP、ペケに掲載されているのを見かけた。あと、同じく構文社の月刊誌。ただ宣材写真ではなかったので、暗いし写りは悪いしで、本人すら僕と認識するのは難しかった。
もう一つはデビュー作の初版本。そのカバーの裏に小さく載せた。これは編集長と小泉さんがどうしてもと言うので断れなかった。
僕の小説そのものに、今一つ自信がなかったのではと今でも疑ってる。それは適当に加工もされ、イケメン作家と噂になった。それ以降は頑として断っている。
現在は僕の素行不良に嫌気がさしてる小泉さんも、写真を載せようとは絶対に言わなくなった。
「僕、初版本買ったんですよ。タイトルに惹かれて。それに新人さんの書くものは一応読んでおきたくて。好きになったらファン一号になれるチャンスじゃないですか」
そんな、考えたこともなかったけど。舞原さんはオタク気質なのかな。でも、初版本を買ってくれたのは素直に嬉しい。
「まず鮎川零の写真に驚きました」
まずそこか。まあ、編集部の目論見通りってこと。
「こんな素敵な人が書く小説だから、きっとワクワクするんだって思いました。僕はまだ高校生でしたし」
前言撤回。ハードル上がってんじゃん……。
「そしたら、予想のはるか上だったんです。とにかくキャラにすっごく思い入れしちゃって、感動したり涙したり、相当興奮しましたよ」
「あ、そうなんだ。それは、嬉しいや」
僕のデビュー作、『ライオンと竪琴』には、二人の主人公がいる。両方とも男性だ。その時の編集部からも、キャラが生き生きしてるという評価をもらっていた。
二人の男性は、高校生の時に僕が好きだった先輩がモデル。この時から既に、実生活が小説に影響していた。
「それから鮎川零の新作が出るたびに購入してたんですが、なかなか出なかったので」
「すみません」
色々と理由があるが、ここは謝っておこう。
「それに著者近影が全部イラストになってて残念だったな」
ふっと鼻で笑う。そこ笑うとこなんか。
「けど、鮎川零に会えたと興奮していたのは最初のうちだけです。ファンタジーじゃなくて現実として、僕は鮎川真砂と出会った。トレーナーと会員の関係で。そう考えてあなたと接してきました」
ファンタジーと現実。確かにそんなこと言ってたな……。
「そしたら、一生懸命筋トレに取り組んでいる姿が可愛くて。そうそう、書店で会った時も。挙動不審で棚の前でうろうろして。僕は、どんどんあなたが好きになっていった」
治療済みの指は痛みももう消え、血もとまったみたい。それよりも心臓の方が心拍数がやばくなってる。
「僕はでも、九条さんや神崎さんと、そっちも知ってたんだよね? 外道な振舞いをして嫌になったんじゃないの?」
僕が二股かけてたの、穏やかじゃなかったはずだ。というより、嫌悪してたのでは。僕は再び舞原さんの表情を盗み見るように上目遣いをする。そこには、憐れむような優しい眼差しをした彼がいた。
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