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第51話 しばしのお別れ
しおりを挟む週明けから、佐山はエンジニアたちとの仕上げに入った。音の録音は終わっても、それで終わりじゃない。さらにその後は、映像班とも合流だ。
今日は一人でスタジオに行くのでややご機嫌斜め。
「じゃあ、俺、今日仕事で見送りできないけど、気を付けて帰ってね」
澪たちは帰国の途に就く。あっという間の十日だったな。仕事が忙しくてあまり構ってやらなかったけど、本人たちは楽しめたようで良かった。ま、子供じゃないから干渉しない方がいいか。
「お兄ちゃんがセレブの暮らしをしてるって良くわかったよ。夏にまた来たいなあ。今度はプールサイドでパーティーしよう」
空港までの道すがら、車の中で話は尽きない。妹は名残惜しそうだ。
「うちのプールサイドはそこまで大きくないよ。まあ、来たければ来れば。夏休みにはまだいると思うよ」
「ホントッ! でもお金ないかあ。ハワイで結婚式挙げたいから貯めなきゃ。ね、モッチー」
セレブの暮らしは間違いないが、期間限定のものだ。仕事が終われば日本の可愛いアパートに戻る。
「へえ、じゃあ、ご祝儀弾まないとな」
でも妹の結婚祝いは奮発してやろう。ハワイか。まだ行ったことないから、それも楽しみだ。
「うん。期待してるよー。佐山さんと来てね」
「もちろん。あ、おい、母さんたちに余計なこと言うなよ」
変にセレブ暮らしを強調されても誤解を生む。
「どうしようかな。写真見ただけで『自分たちも行きたいっ』って騒ぎそう」
それが目に見えてるから言ってるんだよ。
最後まで上機嫌で妹たちは帰っていった。いつもながらの傍若無人ぶりだったが、空港で望月さんから意外な話を聞いた。
「色々お世話になってすみませんでした」
「いやいや、望月さんが謝ることはないよ。わがままな妹だけどよろしく頼むね」
「澪ちゃんは、わざとなんだと思います」
「え?」
「私が家事とか全然ダメで不器用なものだから、わざと我が儘放題して私のダメさ加減を隠したんじゃないかと。いつもは美味しい料理を作ってくれるんです」
へえ。それは初耳だな。それにそんな気遣いするか? あいつが。
「相対的に、私の評価を上げたかったんだと思います。彼女は何も言いませんが」
確かに、妹の我がままを優しく受け止めてる望月さんの常識人的なところは好感が持てた。
でも澪って、僕の前では普通にあんなだしなあ。この話が本当なら、澪も可愛いとこあるじゃないかって思うけど。
「兄弟の仲もいいし、皆さんとても優しくて、つい甘えてしまいました」
にこやかに笑う望月さん。あの査定が厳しい澪が選んだ相手だから心配してなかったけど、いい人だな。あいつも本気で好きなんだろう。
「いや僕の方は、望月さんたちが楽しめたのなら何よりだよ」
「佐山さんとお兄さんは本当にいい関係ですね。お互いを信頼しあってて。私たちも見習っていきます」
なんだか照れくさい。手本にはなれないかもだけど、これほど人を好きになったことはないんだ。だからそう感じてくれたなら、素直に嬉しいな。
パンパンになったスーツケースと土産物でいっぱいの紙袋を持って出発ロビーへと二人は向かう。僕は澪が振り返るんじゃないかと思い、姿が見えなくなるまで見送った。
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