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愛を乞う

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「……セレーネ、それだけは出来ません」
「え?」

一瞬、エルゲンが何を言ったのかよく分からなかった。嗚咽の中に混じった声はか細く頼りなく、冬の凍てつく寒さの中、凍える小さな人を想起させる。

ふいに、セレーネは何かを思い出した。

頭の中は真っ白だ。驚愕したわけでも、まして気絶するほどの衝撃を物理的に受けたわけでもない。頭の中の白は、そういう味気のないものではなくて、もっと実感を伴うものだった。

そう、あれは冬の雪。凍てつく寒さ。そして一面が雪に覆われたその世界で、輝くその双眸。

『……寒い、お願いします。食べるものを』

「……っ!?」

何かが、脳内でパッと弾けた。その声音は、今エルゲンが発した声のように不安が滲み、か細く、そして今にも死に絶えてしまいそうな声音だった。

しかし全てを思い出すことが出来ず、セレーネは目を瞬かせる。するとエルゲンが抱き締める腕の力を緩め再び、真上から髪をさらりとおろしながら、セレーネの顔を覗き込んだ。

エルゲンと見つめあう。というより、エルゲンの瞳の中にいる自分と見つめ合うような錯覚を覚えた。

「……私はあなたから離れたくない」

熱を帯びた声音が降ってくる。甘い声の雨。頬に降り注ぐ縋るような口づけ。

「エ、エルゲ……ひゃうっ」

腰の辺りを撫でられる。意図したその仕草は、セレーネが何度も夢見たエルゲンとの甘い一夜の一幕である……はずだったのだが。

「だ、駄目よ……エルゲン、何して」
「私がずっとしたかったことを……許してください」

エルゲンの瞳には、ほの暗い闇がまるで夜の帳のように降りる。その瞳を見ていると、月明かりも何もない真黒の世界へ落ちてしまったかのような心地がした。性急な仕草ではない。けれど、彼は今までにないくらい世俗的な空気をその背後に纏っていた。

(まるで……エルゲンじゃないみたい)

そう思うけれど、目の前の人間は間違いなくエルゲンで、自分の願いを口にすることがさぞいけないことであるかのように、なにより、セレーネの望まないことをしている自分が嫌いで仕方がないかのように、指先を小刻みに震わせている。

(こんなに苦しい思いをさせたいわけじゃなかったのに……)

ただ、エルゲンは婚約破棄されて、財産没収をされた可哀想な令嬢を救っただけで、決してセレーネ自身を好きになったわけではないのだと、そう思っていた。

あの日、レーヌとエルゲンの2人が小さな子供と並んで歩く姿を見るまでは。

けれど、エルゲンのこんな反応を見てしまうと、どうにもその考えが、間違っていたような気がしてならない。
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