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愛を乞う

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「……セレーネ」
「な、なあに?」

絞り出すようなエルゲンの声音に、セレーネは焦った。心のどこかで「きっと彼のことだから、いつものように了承するんだろうな」とも考えていたのだ。期待半分、不安半分。それなので、まさかこんな良く分からない反応を返されるとは思わず、セレーネは困惑する。

「好きな人とはどなたのことですか」
「へ?」
「その方は私より……、私より、あなたのことを幸せにしようと考えておられますか」

ぎゅうぎゅうとまるでセレーネをぬいぐるみのように抱きしめるエルゲンはまるで、小さな子供のようだった。

(こんなエルゲン、初めてみたわ……)

衝撃に固まるセレーネの顔を、エルゲンは覗き込む。サラサラと絹糸のように細いエルゲンの髪がセレーネの顔に降りてくる。視線が交わって、セレーネは逃げ場を失った。

(好きな人なんて、考えてなかったわ。……どうしましょう)

適当な名前を言ってみるか?

セレーネは頭の中に社交界で出会った男の顔を1人1人思い浮べてみた。公爵子息、侯爵子息、伯爵子息、子爵子息、男爵子息……それはもう思いつけるだけの男達の顔を思い浮べてみたが、顔も思い出せなければ、名前すら思い出せない。

「……い、言えないわ」

セレーネは仕方なく、苦肉の策としてそう答えるしかなかった。目の前にあるエルゲンのいつも穏やかに凪いでいる瞳が一瞬見開かれると、瞬く星が走り、ふいにセレーネの頬に落ちてきた。

(え?)

セレーネは、今自分が見ているのは幻なのではないか、と頬をつねりたい気持ちになった。

「エルゲン……な、泣いて、いるの?」

紡ぎ出した言葉が、また空気に溶ける。目の前で瞬く星のように光り、セレーネの頬を落ちる涙。濡れた感触。現実だと脳が理解するのに数秒。エルゲンが涙を零している事実に驚愕するのに数秒。その間にも、また、瞬く涙の星屑がぽたぽたと降る。

ミレーユはどうしていいのか分からず、それでもエルゲンに泣き止んで欲しくて、固まっていた両手を持ち上げて、透き通るような白い頬を撫で、目元をそっと指先で拭った。

「エルゲン……」

エルゲンは何も答えない。ただ、泣いている自分に驚いているのかもしれなかった。長い睫毛から振り落ちる涙を自らの手でなぞり、困り顔を浮かべている。それなのに瞳からは意思に反して、次々に涙が零れている。ついには涙を拭うことを諦めて、ミレーユを殊更に強く抱きしめ「すみません」と何故か謝罪の言葉を口にした。

一体、どうして謝るのか。そう問いかけようと思うのに、涙を流すエルゲンの背中が僅かに震えていて、言葉を交わすより先に、セレーネは柔くその背を撫でた。
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