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想い

努力の皮

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『それからは、微笑みの練習をしました。……昔の私は幾分要領が悪かったものですから、長い年月がかかりました。ですから今「この表情でなければならない」と強迫的な意識が頭の奥底にあるのかもしれませんね』


慕う相手に、自分に対して感情的であって欲しいと願う気持ちはセレーネにもよく分かる。けれど、エルゲンは感情が表に出ない体質なのだという。それならきっとエルゲンにとって、感情的になることはとても辛いことなのだ。それを知っていて、感情的になって欲しいとは言えない。もちろんレーヌはそのことを知らないだろうから、そんなことを言ってしまうのも仕方ないことだとは思うけれど。

「エルゲンが微笑んでくれると、私は安心するわ」
「……セレーネ」
「ほんとのことよ。あなたにも話した通り、確かに私はあなたのことを最初『誰にでも微笑む穏やかでつまらない人』だと思っていたけど、今は違うわ。あなたの微笑みが努力の末のものなら、愛しいと思うし、ずっと誰かの心に寄り添おうとしている……優しい人なんだって分かる。──……大丈夫、あなたは薄情者なんかじゃないわ」
「……っ」

エルゲンが息を呑む。

(ああ……、やっぱりエルゲンもレーヌ様の言いたかったことを、ちゃんと分かっていたのね)

レーヌは、言外にエルゲンのことを「薄情者」だと罵ったことになる。言葉にはしない。けれど実際、彼女が言ったのはそういうことだろう。「私が泣いているのに、どうしてあなたはそんな風に平然としていられるの。この薄情者!」と。言ってはいないけれど。言葉には言葉以上の意味が含まれている。エルゲンは彼女の言った言葉の意味をしっかりと把握してしまった。彼は今まで神官長として市井の人々や貴族達の悩みをそれこそ数えきれないほど聞いてきた。それ故に言葉への認識が重く、なにより向けられた感情に敏感なのだ。

「あなたはもうずっと、人のために、私のために色んなことを頑張ってきてくれたし、変えてきたんだもの。彼女の言葉に振り回されて、そして変わって、また誰かの言葉に振り回される。そしたらいずれ自分を見失って、あなたがあなたではなくなってしまうかもしれないわ」

それは嫌だった。彼が努力した結果紡いだ「微笑みを浮かべるエルゲンの皮」は、彼の努力によって出来たもの。それで十分だと思う。もちろん、人生を歩む上で、変わらなければならない時というものは必ず来るものだけれど、エルゲンの場合、ここじゃない。少なくとも、レーヌの感情に当てられた……たったそれだけの理由で、彼の長年の努力の皮を剥ぐなんて……とても残酷なことだ。とセレーネは思った。
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