婚約者が愛していたのは、私ではなく私のメイドだったみたいです。

古堂すいう

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恋人期間

愛なんて

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「分かってるよ、あなたが言いたいことは」

エドモンドは櫂を動かすのをやめて、水面に浮かぶ花筏をその手で掬った。

「何が分かるって言うのよ」
「愛がないって言いたいんだろう?」

(確かにその通りだけど、そんなに堂々と言わないで欲しいわ……!)

 ミレーユは白皙の美貌に朱を滲ませ、両手でブローチをいじくった。とろりとした紫色の宝石は、日差しをあびてきらりきらりと輝き、ミレーユの顔を明るく照らす。そんな彼女の表情を見て、エドモンドは柔らかく微笑んだ。

「愛なんてものはこれから芽生える」
「なんでそんなこと、自信満々に言えるのよ」
「少なくとも、あなたは俺のことが今特別嫌いというわけではないだろう?利用されたと分かっても、俺を許してくれたし、なによりこうして今一緒の舟に乗ってくれている」
「……」

 エドモンドの言う通り、ミレーユは目の前の男のことが嫌いなわけではなかった。見た目が好きだとか、彼の話し方、声が好ましいとか、そういった理由は多々あるけれど。一番の理由は、おそらくミレーユが一番情けないと感じている姿を彼の前で晒してしまったからだろう。アランの浮気を見てしまった直後の休憩室での醜態。なにより自分の見る目のなさが彼にはばれてしまっているのだ。今更取り繕ったとて、どうにもならない。だから彼と接することが楽に感じるのかもしれない。

 おそるおそるエドモンドの表情を伺うと、彼は水面に手を鎮めるのをやめて、ハンカチで手を濡らす水を拭った後で、ミレーユの小さな手を取った。

「俺の全てを信用して欲しいとは言わんさ。というか、あまり信用しないほうがいい。俺は今、あなたを公爵家の令嬢としか見れていないからな」
「うん」
「だが、俺はあなたの夫になりたいからと言って、媚びるような真似はしない。それは約束する。可愛いと思ったら可愛いと言うし、面白いと思ったら面白いという。可笑しいと思ったら、可笑しいとも言う」
「私に可笑しいとこなんて……たぶん、ないわ」
「そうか?俺は一度、あなたが舞踏会で出された水の中に果物を入れてから飲むところを見たことがあるが、あれは可笑しいと感じたぞ」
「……果実水が飲みたかったけど、なかったから仕方がなくそうしただけだもの」
「それにしたって、まさかライチを皮ごと入れるとは思わなかった」
「い、いつもとは種類の違うライチだと思ったんだもの!」

 ミレーユが、頬を膨らませて睨み上げると、エドモンドは「はははは」と心底可笑しそうに笑った。あまりに笑うので、ミレーユは両手いっぱいに池の水を掬って、櫂を持ち直したエドモンドの手にぴしゃりとかけた。

「……もう、なによ!恋人になりたいんだったら、とっとと恋人になりたいってもう一回頼めばいいじゃない」

ミレーユの言葉に、エドモンドは笑い声を潜めて、表情を鎮める。

「──……俺を、恋人にしてくれませんか。お嬢さん」

真摯な瞳で、まるで乞うように見つめられて。

 ミレーユは握られた方の手に力を込める。信じてもいいのか、分からなかった。彼は自分で言っている。少しの打算はあると。公爵家の持つ財産と人脈が欲しくないかと問われたら嘘になると。その上で、ミレーユと恋人になりたいと乞うている。それを受け入れることが、今のミレーユにとってどれだけ勇気のいることなのか、この男なら理解しているだろうに。それでも一歩踏み出して欲しいと、こんなにも真摯な瞳で言うのだから。

「……分かった。あなたを恋人にするわ……でも、今は仕方がなくよ。あなたが頼むから、そうするのよ」

エドモンドはその返事を聞いて、ほんの少し照れ臭そうに無精髭をなぞった。
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