愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

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始まりの前

愛する婚約者

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「ねえ、ガブリエル!このドレスはどう?可愛いでしょう?お父様が、昨日お母様とお揃いで買ってくれたドレスなの!」

  ロメリアは輝くような笑顔で、隣を歩くガブリエルに新しいドレスを見せる。2人が婚約してからすでに8年が経過していた。人形のように小さく愛らしかったロメリアは、その美貌に一層磨きがかかっていた。

小鳥の歌う庭で、ロメリアはミルクのように滑らかなシルクのドレスと、レースの傘を揺らし、ガブリエルの前でくるくるとドレスを広げて見せる。


 しかしガブリエルは特に反応を示すことはなく、無表情のままロメリアを見つめていた。ガブリエルは幼い頃からあまり喋る性質ではなかったけれど、ここ最近は特にそうだ。こうした庭の散策も、ロメリアが誘わなければ、彼は一切こちらに関心を寄せない。

 この世には美しいドレスも、宝石も、可愛い小鳥も、花も、音楽だってあるのに。綺麗なものがたくさんあって、面白いものだってたくさんあるのに。彼はどうしてこんなにもつまらなさそうな顔ばかりするのだろう。ロメリアは不思議で仕方がなかった。

「ガブリエルは、このドレス好きじゃないの?私のこと、可愛いって思わない?」

きゅるんとした愛らしい表情で問いかけてみるが、ガブリエルは首を左右に振る。

「私に、ドレスの良し悪しは分からない」

そう言ってただ、ガブリエルは足を止め、ロメリアの視線を受け止める。

彼の身長は、婚約者となったあの日から今までで、随分と伸びた。

 肩幅も大きくなり、背はすでにロメリアが見上げなければならないほど大きくなりつつある。表情はより涼やかになり、美貌に磨きがかかっている。しかし性格は一切変わらず、真面目なまま。強いて言えばより一層寡黙になった。

 それでもロメリアは、彼と過ごす時間が実はとても好きだった。なにせ、ロメリアは出会った頃からずっとガブリエルのことが好きだから。今まで、ロメリアのことを褒めなかった人間はいなかった。最初は物珍しさから彼に興味を惹かれたけれど、ロメリアは気づいていた。彼は寡黙で、不必要に褒めてきたりはしないけれど、実はとても素直で優しい人であることを。

今、この時も。ロメリアの歩く速度に歩調を合わせてくれているし、転ばないように手を引いてくれている。不器用な優しい人。口調は冷たく、その瞳には何の感情も見えないけれど。

それでもロメリアは、ガブリエルの優しさを感じ、そしてそんな彼のことが大好きになっていた。だからこうして、呼び出しては彼に「可愛い」と言ってもらうために様々なドレス姿を見せたり、時折彼の見たことのない表情が見たくて、いたずらをしたりしてみるのだけれど。

ガブリエルは、今まで一度もロメリアのことを「可愛い」と褒めたことはなかった。まして「美しい」だとか「愛している」とも言わない。

ロメリアはガブリエルが自分のことをどう思っているのか。何度考えても、さっぱり分からなかった。

「ふーんだ……別に、あなたに期待なんかしてないわ!」

そっぽを向くロメリアは、ガブリエルの手から自らの手を離す。しかし、彼から手を離した瞬間、ロメリアは小石につまずいてしまいそうになった。

「きゃっ!」
「……っ」

咄嗟に、ガブリエルの太い腕が腰に回されて、間一髪そのドレスの裾が地面の煤に汚されることはなかった。

「急に駆け出したりするな」
「……うん」

ガブリエルはすぐにロメリアの細い腰に回した腕を離した。

(そんなすぐに離さなくてもいいのに……)

と、思うもののそれを素直に口には出せないロメリアだった。

(……いつか、いつかはちゃんと素直になれるはずだわ)

───……そんなことを考えるロメリアに、しかし残酷な運命の時は刻一刻と近づいていた。
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