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選択

拒否

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「う……っ」
「ロメリア!」

心配の声が頭から降って来る。意識を取り戻して1日が経った。用意される食事は全て胃に優しく、身体にも良いもので、とても美味しい。美味しいのだが……何故か、身体が食べることを拒否してしまい、飲み込んだ食べ物を戻してしまう。

(どうして……?身体が生きることを拒否してるっていうの)

この世界に戻ってきた時、この運命に抗ってやろうと強く思ったわけじゃない。ただ、足が勝手に動いていた。この身体自身が導いたというのに、戻って来た途端に食べ物を拒否するなんて。

(……まさか、ここで私が死んでしまったほうが物語がスムーズに進むから……とか)

ゾクリと、悪寒が背中を駆け抜けた。

「ロメリア、待っていなさい。もっと何か口に入れられるものを探すから……」

ロメリアが食べ物を拒否すると分かってから、両親もまたやつれていく。このままでは……負の運命に呑まれる。直感で、そんなことを考えてしまった。

(それだけは、駄目。せめて、身体だけは……健康でいないと)

そうでないと、運命に抗うと決めた時に動けない。だけど。目の前に置かれた温かなスープに目を向ける。無理にでも何か胃に入れなければ、おそらく普通より早く自分の身体は弱るだろう。

「死」の概念がすぐ隣に座って、顔を覗き込んできている。そんな気がしてならなかった。

「……お父様……大丈夫。食べられるわ」
「駄目だよ、ロメリア。無理をしたら」

銀のスプーンを手にして、黄金色のスープを掬う。ほんの少しの量だ。これくらいなら味も何も感じない。ただ、熱いと感じる程度のはずだ。ゆっくりと口の中に流す。とはいえ、流すという感覚はあまりなく、ただ唇を濡らすといったような感覚だ。これなら吐くこともない。ただ、途方もない作業だ。それでも、何もしないよりはましだ。

抗いたい、と明確に思ったわけではない。ただ、ムカつく顔をした運命の顔面を、少しでもつまらなさそうにしてやりたかった。それだけだ。

結局、浅い一皿に入れられたスープを胃に流しこむのに、2時間。夜に出されたリゾットは3時間。水を飲むのにも時間がかかる。食べるのにも飲むのにも、相当な時間と労力がかかる。父公爵はその原因をやはり医者に求めたが「やはり精神的負荷である」としか答えなかった。

(その通りよ)

医者の見解には頷くしかなかった。しかし両親に何か辛いことでもあるのかと聞かれたって答えようがない。ロメリアは物語の人物で、後にガブリエルとマリエンヌにひどく嫉妬して、ひどいことをたくさんする役割を背負っている。いや、もっと端的に言えば、ガブリエルとマリエンヌの仲をより深くするための役割を負っているのだ。それが嫌で、嫌で堪らない。そしてその役割を放棄した時、物語の運命がどんな風に襲いかかってくるのか分からない。不安と絶望がせめぎ合って、身体が逃げようとして「死」を目指している。

(本当に頭が可笑しくなってしまったのだと……この2人をこれ以上やつれさせるわけにはいかない)

今も、ロメリアの手を握る父公爵は、自分に何か出来ることはないのかと必死に考えているのだろう。こんなにも思ってくれる人間にこれ以上酷な事は言えない。
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